4/32 どこから勝敗を求めたか
「エイヴァ君の好奇心が旺盛すぎる……」
温厚なエルが孤児院にようやくたどり着いた時に吐き捨てた言葉である。
……あのあと。私たちの間隙をすり抜け、どこかしらへ突撃しては私の知り合いに的確に遭遇し、
「ハゲゲゲゲゲゲ……髪!」
だとか、
「ママママイ・レディ・シャロ様ッ! ほほほ本日は御機嫌麗しくあらせらせますでしょうかああああああ!?」
だとか、
「我ら一同! シャロ様の配下となるべく! 精進しております!」
だとか。各種取り揃えた声掛けをいただいた。エルとジルからの胡乱な視線がどんどんと強くなっていった。そして孤児院で私たちを出迎えた微笑むシスターと群がる子供の発言はこうだった。
「まあまあ! お待ちしておりましたシャロ様! その節はどうもお世話になりまして……本日はお運びありがとうございます!」
「お姉ちゃん。お姉ちゃん! 僕、ちゃんと覚えたよ!」
「僕も!」
「あたしも!」
「「「「『アホな役人を追い帰す五つの方法』!」」」」
「あとね、あとね、」
「「「「「『アホな大人をだまくらかす十五の方法』!」」」」」
えらいでしょー、と胸を張る子供たちはとてつもなく愛らしかったが、死んだ魚にムチ打たれたかのような瞳をしたエルとジルの視線が刃物のようだった。
とりあえず私はシスターに会釈し子どもたちに満面の笑みを向ける。
「よし! これからも精進するんだ!」
「「「イエッサー!」」」
キャッキャと子供たちは楽しそうだったが、ちがう、そうじゃない。と、エルとジルの氷のような声が背後から聞こえたかと思うと私は今度こそ拘束され、イマココである。
まず、と切り出したのはジルである。
「私たちには認識阻害がかかっているのでは? 彼等には正確に『シャロ』が認識で来ていたようでしたが?」
「この術、存在感を限りなく薄くして対象への興味を失わせるものなのです。だから大抵は気づかれないし印象にも残らない。でも見えなくなっているわけではないの。だから街のアレは――あれだけ大胆に騒げば『シャロ』には気づくでしょう。私、王都では大抵この姿と『シャロ』という名前で動いていましたもの。そして今はこちらから自己紹介したでしょう? その時指向性を持たせたのよ」
「なるほど。それは後で詳しく聞きましょう。とても興味深い」
「じゃあね、あの町の人たちはなあに? 知り合いが多いのは聞いてたよ? でもね、脅え方が尋常じゃなかったよ? 『シャロ』はいったい彼らの毛根にどんな恐ろしいことをしたの? それに対して奥さんたちは皆好意的だったのには僕は戦慄したよ?」
「ちょっと毛根の寿命カウントダウンをしてみただけよ。そして女性は強かなのよ。そこが可愛いでしょう」
「……残酷だね」
「残酷ですね。可愛さの定義は置いておきましょう。以前の町の情勢などから鑑みて、恐らく彼らは以前無法者に近い存在でそれを矯正したのが貴方なのでしょう。それは構いません。むしろ感謝しましょう。天下の王都で知らぬ間に何をされているのかという憤りとその他一体どのような所業が眠っているのか考えるのも恐ろしいですが、その辺りはきっと父上が把握されているのでしょうね、さすがに。……父は知っているのでしょう、ねえシャロ?」
「……そうね、大体報告していますわ?」
「大体。不安が残るなあ。言い切ってほしかったなあ」
「正直なのよ、私」
「正直者は報告が大体とか確信犯的に曖昧になることはありませんよ。ありのままを報告してこその正直者です。そして彼ら店主や町民はいいとして、どうして刑務所の囚人が刑務中に小さな窓からあなたの存在をかぎつけて敬礼をするのです? 彼らに何をしました? 洗脳ですか?」
「あれは王都に蔓延っていたアホです。ちょっとお喋りをしてあげたらああなりましたわ? お利口さんになりましたでしょう?」
「お利口さん。『お喋り』って物理かなあ? 後あの様子だと信望者の間違いじゃないかな? よろしくない意味ではランクアップしてるよね」
「のちのち便利なお兄さんになる予定よ。エル、頑張って活用しましょうね」
「まさかの巻き込み宣言。何を頑張らせるつもりなのシャロ。何も知らなかったころに戻りたい」
「まあ……アホで便利なお兄さんはもういっぱいいるわよ? 今度挨拶しましょうね」
「……ジル、この話もうやめませんか? 僕お腹痛いです」
「この王都に住まうアホな父兄のなんと多いことか。私は涙を禁じ得ません。そしてどうして彼らは悉くシャロに教育され下僕と化しているのか。せめて父に忠誠を誓っていただきたかったですね……」
「遠い目をやめましょうジル。現実逃避には僕も連れて行ってほしいですジル」
エルとジルはこうしてやつれた様そうで癒しを求め、私への追求を断念したのである。私の完全勝利であった。