4/30 好奇心が悪いとは言わない
キャッキャと響く子供の声。ふふっと微笑むシスター。戸惑いながらも「ふはははっ」と声を上げ男子児童と同レベルで鬼ごっこを繰り広げる『魔』。
そんなほのぼのな光景の中私には二対の胡乱な視線が突き刺さっていた。
「シャーロー? 僕は少し詳しいお話が聞きたいなって」
「私も聞きたいですね。貴方はいったいいつの間に王都を掌握されたのです? いえ、ある程度把握はしていましたが、あんなにご高名だとは、ね?」
ふふっと嗤う二人の美少年―――おかしい、最近このような光景によく出会う気がする。
「まあ。言ったでしょう。私の『お知り合い』の方々も多い、と」
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エイヴァががっちりわきを固められて、歩いているというより連行されている様相を呈しつつ広場から歩き始めて、しばらく。
「なんだなんだ。今日は遊ぶのだろ? 離せ! 我はあっちに行ってみたい! シャー……」
「お黙り」
「黙ってくださいね、エイヴァ君」
「なぜ愚行ばかり繰り返すのですか黙りなさい」
「……ひどい。皆が我に酷い。エルシ……」
「お黙り喋れなくされたいのかしら」
「黙りましょうか、それとも黙らされたいですか?」
「学習能力のなさにあきれ果てます黙っていなさい」
「遮るな! なんだ、何がダメなのだジルファ……」
「それがダメなのよ馬鹿」
「今この場では必ず略称呼び、何度も言われたでしょう馬鹿って呼んじゃいますよ」
「有るまじきポンコツですねこの馬鹿」
不毛なやりとりを三十分ほど繰り返した。とても時間の無駄だった。いや、歩みは止めていないし、私の認識阻害の魔術は私たちの存在を薄くして認識されにくくする――つまり会話も認識されることはほとんどない。ので、妙な輩に目をつけられるということには陥らなかったのだが、だからといって油断していいわけではない。だからこそ愛称呼びだし私に至ってはさらに略しているのだ。その理由も含めて懇切丁寧にジルが説明しなかったはずはないのに、いったい何を聞いていたのだろうかこの『魔』は。聞いてみた。
「……危険……? 我とシャー……シャロ、がそろっていて危険などなかろう」
そういう認識だったので聞き流したようだ。それは真理であるが正しくはない。戦闘が起れば町や住民への被害を抑えきれるとも限らないし、王族や貴族としての評判が地に落ちるのも避けたい。そもそも面倒事に遭遇する前提で命の危険はないからまあいいやとかいう思考回路がだめだ。
「貴方だって、ここで暴れてそれでも平然と学院に通い続けられると思っているのかしら。まったく学ばないわね」
何度でも同じ失敗を繰り返す馬鹿がエイヴァであると見事に体現してくれなくていい。すごくいらない。つか、学べ。かつてそれをやらかしてお前は独りになったのではないのか。
仕方がないので三人寄ってたかってしこたま言い連ね、とにかくよく考えて発言をするように言い聞かせた。
「いい? 発言の前に考えるのよ。そして叫ばずに普通の声量で話すこと」
「それは今言っちゃ駄目かなってときには止めるから、聞いてね?」
「理由も説明します。物事には必ず相応の理由が――まあないこともありますが、たいていはあるものです。理解し、納得し、己のものにすれば次は同じことは繰り返さないでしょう。頭はいいのですから」
「かん、がえる……きく……? ……?」
「そんなところに疑問を呈されるとは予想を上回って来たわ。この三か月はひたすら黙って知識を積み上げたはずなのに」
「まずは実戦。実践だよ! エイヴァ君!」
「そうですね。ほら、足は止めない。日が暮れてしまいますよ?」
「う、うむ……? ああっ! あれ! あれは何……だ、ジルファ、ジル」
「ふむ、少し学習しましたね。そう、静かに。大声では驚かせてしまうでしょう? あれは花売りですが、今のところ花を購入する予定はありません。見るだけにしておくのですよ」
「そう、声を荒げない、これが大事。大声を出さなくても聞こえるのよ。だって近くにいるじゃない」
「だって、だって、初めて見たものは驚くであろう? その驚きを伝えたいであろう?」
「……そう……そうなの……驚きは噛みしめて、後で感想レポートにでもしてほしいわね……」
「いや、報告してくださっても構いませんが、落ち着きを持ちなさいと言っているのですよエイヴァ」
「なんと!? だって、だって、……あっ!」
「今度はなあに? 何が見えたのエイヴァ君」
「おおお、あれが噂に聞く『武器屋』か? そうであろう? シャロに叩き折られた我が愛剣の『核』があるやもしれぬ!」
「叩き、……なんて? いや、ちょ、ま、いつ拘束から抜けたのです!? 待ちなさい! これだから実力のある馬鹿は!」
「これだから知識しかない馬鹿は! エイヴァ! 止まりなさい!」
そうして私たちは武器屋へ道を逸れた。なお、ここまでが――前置きである。