4/28 和するからこそ異
「仕掛けましょうか」
「都合がいいですね」
「……うん、信じてる」
いつかの昼間、どこかの部屋。シンプルにけれど整った調度品に囲まれて、優雅に笑う、彼等。真昼の陽光に温められる室内で、悪魔のように悪辣な美しさを湛えていた。
✿✿✿
さて。やってきました、王都。いや、やって来たっていうかまあ屋敷から颯爽と出てきたんだけれども。
目立つ私の黒髪はいつもやるように魔術で誤魔化した。だって黒髪って平民の中にもいないんだよ。そしていくら裏口から出たとしてもランスリー邸の黒髪の少女は疑いようもなく=で「シャーロット・ランスリー」にしかならない。ばれるとちょっと面倒なことになるのは仕方がない。だって公爵令嬢だし。ここは王都だし。朗らかに図太くなにも気にしない順応力を持ったうちの領民さんとは違うのである。
そんなわけで今はエルと合わせて黄土色の髪。なお目の色も違う。これもエルと合わせて焦げ茶色。『紫の瞳の鬼』っていう通り『紫目=ランスリー』も固定式なのだ。なんという特徴的容姿。自己主張が強くて私に似合いすぎている。まあその自己主張を隠して私の必須アイテムお忍び用平民服を着こめば、……なんということでしょう。どこからどう見ても平民な姉弟の完成である。
――そう。姉弟だ。なぜなら街に繰り出すメンバーに当然のようにエルが含まれているからである。本日のイベント『エイヴァと街に行ってみよう、with王子』。参加者はランスリー姉弟にジルと勿論エイヴァである。大分『魔』と打ち解けてきたのか扱い方を判ってきたのが、笑顔で暴言を吐くようになったジルがエイヴァを王宮から引っ立て……エスコートして、広場で落ち合う予定なのだ。
え? 護衛? 表立ってはいないです。『影』さんたちがついてきてるくらいかな。メリィとアリィはとっても笑顔で送り出してくれたよ。
「変態の生息する学院内よりよほど安全でございます」
って断言したから、あの双子。それはもう朗らかだったよ。
「シャロンの、シャロンの悪影響がこんなところまで……もう止まらないんだね。加速していくのみなんだね」
そんなとても悲しそうな声で漏らしたエルもいたけれど、誰も同意しなかったていうか不思議そうに首をかしげてたっていう一幕までが昨夜のハイライト。
そんなエルは私の隣で平民服に身を包み、ここ数年の教育の賜物か貴族的空気をかなり薄めて黄昏ている。元気出せよ。もうあきらめる時間だろ。
「さあ、行くわよ?」
「…………」
「ん?」
平民服に身を包んだエル、質素な恰好でもさすがの眼福さ、美少年っぷりは健在。庇護欲をそそる儚げな美貌である。黄昏途方に暮れた表情がなおそれを煽るのだが、うむ、今回はなかなか引き摺っている。順応力が高く結構な性格をしているのでいつもであればとっくに割り切っていてもおかしくはないのだが。
……なんだ、どうした。あれか、突撃メイドさんの神業早着替えさせて連れ出したのが悪かったのか。あれは確かに一瞬にして剥かれて磨かれて飾られる、狂気のメイキングタイムだけれども、それは私たちの時間を無駄にしないために謎の進化を遂げた彼ら・彼女らの愛の結晶なんだよ。多分血のにじむような努力をしているのだからここは見事にドン引きした心を隠しきって微笑んでお礼を言うのが正解だ。
「……エル?」
「……つくづく、」
問おうとしたら語りだしたので、首をかしげる。
「つくづく、馴染んでるよね。僕より生粋の大貴族令嬢のはずだけど……僕より違和感ないよね。いや、不可解なほどに混ざって気付かれないっていうのは知ってたんだけど。知ってたんだけど……実際に見ると……。うん、僕に『街の歩き方』を教えてくれたくらいだもんね……」
遠い目だった。
……うん? ……そういえば、これまでエルと祭りで踊り狂ったことはあるけど、こんなふうに素面でお忍びで二人で街を歩くのは初めてかもしれない。『歩き方』を教えたときも座学で指導して後は実戦とばかりに市井に放りだしたし。少なくとも、『私=シャーロット・ランスリー』とばれていない土地では初めてだ。だって公爵領では完全に受け入れられている私たちは常に正体をカミングアウト。それでも大根をくれる領民の皆さんは寛容すぎる。その気にしない精神が好きだ。大根は風呂吹きにした。おいしかった。
まあともかくそんな感じなので、エルが完全に私が平民武装をしているところを見たことがなかったのは仕方がない。そして私が平民になじみ過ぎて逆に違和感を抱かれるというのも仕方がない。
だってシャーロット・ランスリーは確かに生粋の貴族だが、『私』の前世は絶賛庶民真っただ中の日本人。謙虚堅実が心の支えである小心者の島国出身。庶民に混じればその頃のくせが出ないはずもない。むしろ積極的に出す。郷に入っては郷に従え。朱に交われば赤くなるのである。