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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第四章 子供の領分
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4/25 例えばかつて、けれど今

 

 ――夢を見た。とても懐かしい、夢を、見た。

 私は道を歩いている。……『私』が、道を歩いている。舗装されたコンクリート道路、両わきに連なる家塀、遠くに見える高層ビル。歩く『私』は、黒髪に黒目。


 ああ。


 ああ、これは、――あの懐かしき日本の……つまりこれは前世の『私』である。名を刈宮鮮花。年のころは二十代。スーツを着用、髪は肩のあたりで切りそろえて、中学来の友人と歩いている。かの毒舌なる悪友である。彼女の痛烈な皮肉はいつでも切れ味が抜群だった。忘れたくても忘れられないレベルである。ともかく。そんな前世私たちの歩む道の人通りそこそこに多い。時間帯は、……ふむ、おそらくは朝だろう。


 それは何でもない日常。かつて、いつでもあった当然。ありふれすぎた風景。まあ全て前世のものではあるけれども。


 やがて、『私』は大通りに差し掛かると友人と別れ、人の群れの中を一人、泳ぐように歩きだす。ああなるほど、出社しようとしているのか。だって前世の『私』はしがないOL。いやまあ色々と大人しくはしていなかったし悪友には『貴方、一周回って実は馬鹿ね? 歩くはた迷惑がここにるわ』と言わしめた経歴があったりするがまあそれはそれ。OLを謳歌していたのは間違いではない。だからそうこれは、かつての私にとっては、『刈宮鮮花』にとっては日常の、毎朝の、出来事だったのである。


 ――まあ、けれど。

『日常』は、唐突に『非日常』へと姿を変えるものだろう。

 だって、歩みを止めない夢の『私』は、歩道橋に(・・・・)差し掛かる(・・・・・)


 ああ、そう。そうだ。これは、私が。前世の、『刈宮鮮花』が。

 死ぬときの。


 ――その時、『私』は。

 不意に激しい(・・・・・・)頭痛を覚えて(・・・・・・)


 それに気を取られた瞬間、気づけば目の前に迫った人影に押しつぶされるように転落し、私は、『刈宮鮮花』は―――――――――――世界からブラックアウトしたのだ。




 ✿✿✿




 目が覚めた。


 おはようございます、公爵令嬢花の十二歳シャーロット・ランスリーです。朝っぱらからいきなりあれだが、なんというか何とも何とも刺激的な夢を見て目が覚めた。

 なんだアレ。何が悲しくて自分が死ぬ夢なんぞを見なければならないのだろうか。私の神経はあまり繊細には出来ていないようだがこんな寝起きで気分爽快というほど倫理観を棄ててはいない。


 ……いや、妙にすっきりさっぱり眠気もなく目が覚めたのではあるけれども、寝覚めが悪い。なんなの、前世もちの弊害なの? 自称神を呪うべきだろうか。未だ私の泣かすリスト堂々の一位に燦然と輝いていらっしゃるかの人外はまあ何か月か前に盛大に泣きを見せたのだが正直足りないとは思っていたのである。よし、禿げろ。


 ともかく。一旦忘れよう。気になることもあるが、後だ。


 だってほら、最近学院に入学して環境が変わったし、ストレスかもしれない。ついに表に出てきたのだ。……いやまあどちらかというと私の周囲の方がストレス社会に圧死しようとしているけれど。


 すっぱりいうと入学から三か月がたっている。


 うん、筋肉達磨がクラス担任とかいう狂気の事態に陥り、一時はどうなる事かと思ったけれども、私とエルでディガ師匠を抑え込み、ジルが彼のクラス担任となってしまったノーウィム師匠を抑え込むという形に落ち着いた。エイヴァ? あれはやりすぎるので論外だ。学院が丸ごと更地になったらどうしてくれるつもりだ。ここは魔物しかいなかった王弟の別邸ではないのである。


 つまりある程度の対処可能な配置に彼らはなるべくして配置されていたのである。国王と宰相の暗躍が窺える。まあ変態二人は他学年や他クラスにも時折出没するので、そのたびに私たち……主に私が召喚されて物理的にお話をし、変態の変態による変態行為を抑え込むという事態もしばしばしばしば起こったんだけれども。


 いや本当はね、そんな目立ち方をするつもりはなく、優秀な女性徒として頭角を現していくつもりだったんだよ。でもね、無駄に能力の高い変態を一撃で沈めきれない古株教師陣の懇願の瞳がとっても痛い。無言。無言なの。何も言わないの、でもとても悲しそうな目で見てくるの。そしてあれらをこの学院に放り込んだのは私である。諦めた。


 それを繰り返していたところ最近は私の黒髪と家紋からとって『黒薔薇の君』とか『学院の救世女王』とか呼ばれているようだが私は何も気づかなかったことにした。深く考えたら負けなのである。


 ちなみに変態共を静かにさせる際に魔術はめったに使わない。授業中に変態が変態行動を起こした時くらいだ。なぜなら学院内では、授業以外で威力の高い魔術の行使は基本的に禁止されている。生活補助魔術くらいなら問題はないが。変態を黙らせるくらいの規模の魔術は大体殲滅魔術である。殺す気で行かないとあれらはただただ喜び悶え興奮しはいずり寄ってくるだけである。心底気持ち悪い。


「へへへへへへふへへへへへへへ美しい魔術ですのおほほほほほほ」


 とか言いながら足首を掴まれた私の気持ちがわかるだろうか。勿論無言で踏みつぶした。後にメリィにも血祭りにあげられていたようだが誰も同情などしなかった。


 つまりだ。魔術は使用することすら無意味だ。いや、高出力魔術の使用許可を特例で出すと学院長も国王も言ったが、そんなもの認めたらただでさえカオスの学院内が取り返しがつかないことになる気がしたので丁重に辞退した。だから私はたいていの場合において物理的に彼らとお話をしているのである。魔術がだめならば殴ればいいのだ。


 ……え? あれらは節度ある変態に進化したのではないかって、……進化はしている。だって己の受け持つ授業中にしか変態行為を晒していない。つまり警戒するのは彼らが出没する授業だけでいいのだ。四六時中気を張っていなければならなかった昔に比べれば大いなる進化と言わずしてなんというのであろうか。


 それに古株教師陣と相談し、変態に対抗しうる生徒の中の有志も交えて講習会も行っている。最近はその成果か少し私の出動要請が減った気がする。入学した当初は其の学院内平等が形骸化も甚だしすぎる身分第一主義と差別思考に苛ついたものだが、変態から身を守るという共通の目的と敵を得てみんながまとまり始めている。思わぬ僥倖である。決して狙ってはいない。






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