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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第四章 子供の領分
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4/21 一つ愛想の向こう側

 こんこん、とノックが響いたのはちょうど場が落ち着き、ようやくエイヴァが床と友達になるのをやめた頃だった。数秒。はっと顔を上げたその他三人をしり目に、私は立ち上がって入室を促す。気配は先から察知していた。なので私に驚きはない。むしろエルとジルはいいとしてなぜおまえが驚いているんだエイヴァ。感知が苦手なわけもない万能型の太古の『魔』の分際で。油断大敵だぞ。


 ともかく、そうして入ってきたのは二人。予測にたがわぬその姿に、私はニコリと笑みを浮かべて礼をとる。


「……お久しぶりですわラルファイス殿下、イリーナ様」

「――ああ、シャーロット嬢、久しいな」

「ふふふ~、お会いできてうれしいですわ、シャーロット様」


 それは一組の男女である。朗らかな挨拶が日常を感じさせる。ああこの部屋は非日常だったんだなととても実感した。そんな実感はいらなかった。


 ――その少年の光をはじく銀の髪は母譲り。意志の強い紅の眸は父譲り。アルビノっぽい見た目だが繊細さよりもどこか野性的な力強さを感じさせる美貌を持つ彼は、ジルの兄君にして我がメイソード王国王太子、ラルファイス・メイソード様。


 そしてその傍らに立ちほわほわとほほ笑んでいる、栗色の髪と深緑の瞳を持ってやや浮世離れした雰囲気の美少女はイリーナ・ロメルンテ公爵令嬢。――ラルファイス殿下の婚約者である。


「ジルの従者にこちらだと聞いたんだ。祝いを言いに来たんだよ。――入学おめでとう、シャーロット嬢、エルシオ君! 相変わらずジルと仲がいいね」

「私からもお祝いしますわ。シャーロット様、エルシオ様。これからよろしくお願いいたしますね」


 はははっと快活に笑った王太子殿下、ほわわん、とほほ笑むイリーナ様。うむ、美しい。眼福である。こちらも自然と笑顔になるというものだ。


「ありがとうございます、殿下、イリーナ様」

「もったいないお言葉です。一日も早く殿下方のお役に立てるように努力します」

「シャーロット嬢もエルシオ君も、入学前からいろいろと規格外のようだけどね! 母上がとても楽しそうに君達の測定結果を吟味していたよ?」


 ねえジル? と笑うラルファイス殿下、ははっと乾いた笑みを張り付けたジル。何て楽しそうなんだラルファイス殿下。そして流れるようにジルの頭をなでなでなでなで、なで繰り回しているラルファイス殿下。諦めの様相を呈しているジル。ほわほわ笑って王子兄弟を眺めているイリーナ様。奇異なものを見たという表情を隠せなかったエル。のどかである。ちなみに私はそれを見守りながら、興味がないかのようにあくびをこぼしかけたエイヴァに局地的殺気をお見舞いした。涙目になっていた。自業自得である。


 そしてごく自然にジルの隣に座ったラルファイス殿下とイリーナ様に合わせ、あたかも初めからいたかのようにメリィが全員分の紅茶を淹れなおす現在。え? いつ出現した? さっき……いなかった、よね? うん、いなかった。……はず。というエルとジルの雄弁な視線。彼等はやっぱり仲がいい。ちなみにそれらを完璧に受け流すメリィはラルファイス殿下たちが入室したのと時を同じくして入室している。しかしエルたちはおろかラルファイス殿下たちも気づいていはいないだろう。私とエイヴァ以外には微塵もその存在を悟らせなかったのその手腕は見事であった。私の専属侍女が日に日に実力者になっていっている。褒めておくのが正しいんだろう。たぶん。何処を目指しているのかなんて聞いてはいけないんだろう。きっと。


 さて、そんなのどかさを醸し出すメンバーが加えられ、お茶を手に落ち着いたところでにこっと笑うラルファイス殿下。そして、投げられた問いは確信を帯びている。


「――彼が?」

「はい。殿下もやはりお聞き及びだったのですね。彼が『平民の天才』と言われた新入生ですわ。――名を、エイヴァと」


 にっこり笑い返して奴を紹介。なお、ジルではなく私が返したのは未だにジルはなでなで攻撃から抜け出せずにいるからだ。さながら愛玩動物のようであるがラルファイス殿下は只のブラコンである。少々羞恥心が足りないだけだ。


 そして先ほどの「おだまり」がいまだに有効なエイヴァはぺこりと頭を下げるにとどまった。無礼ではあるがお馬鹿さんが口を開くよりはマシである。ラルファイス殿下が彼の正体を知るには少々時期尚早だ。なぜならイリーナ様も傍らに居られるし、何よりラルファイス殿下は『王太子』であるからだ。エイヴァが『魔』と知らせれば危険の排除に傾く可能性の方が高い。必要ならばその情報開示の判断は国王かジルがするだろう。


 幸いにして大らかで朗らかでジルよりよほど純粋さを遺している殿下は緊張しなくていい、君にも期待しているよと優しく笑ってくださった。エイヴァはひきつり切った笑みをこぼしたのみだったが、ラルファイス殿下とイリーナ様には王族に萎縮している平民に見えた事だろう。


 まあエイヴァが見ていたのはラルファイス殿下の向こうで慈母の微笑みを浮かべた私だ。心なしかエイヴァの隣のエルの瞳がそっと逸らされたが、まあ問題ないだろう。沈黙は金。このままエイヴァには石像のように黙っていてもらおう。


「殿下、彼はまだこのような場には慣れていないのですもの、そのように問い詰めてはますます彼が困ってしまいますわ。……ご安心ください、彼には私も調きょ……いえ、いろいろとお教えいたしますから」


 ふふっと上品に笑った。私は、上品に、笑った。しかしラルファイス殿下とイリーナ様の反応はひどかった。


「……わーお、私はいま惨劇の予告を聞いた気がするよイリーナ」

「あらあら。虐めちゃだめなんですよ? シャーロット様」


 ぷにぷにとジルの頬をつつきながらちょっとだけ身を引いて言われても全く心に響かない。さり気にイリーナ様もほわほわと笑いながら便乗してつついている。されるがままのジルは悟りきった修行僧のような様相である。すでにジルにとっては現状が惨劇であるだろう。かわいそうに。弟が可愛いのはわかるがやめてあげてほしい。


「あら、何のことですの?」


 にこにこ。

 エイヴァ含め室内の男性陣は頬が引き攣っていたけれども私は笑った。イリーナ様? ほわほわ微笑んでいらしているからそこらの男よりよほど肝が据わった女傑だと思う。











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