4/16 必然的で不幸な事故
――去年。私が十一歳、ジルが……確かあの頃すでに十三歳。まだまだクラウシオ・タロラードとの腹の探り合いを繰り広げていた時分。
我がメイソード王国とも一応は国交のある、南の隣国……ヴァルキア帝国。まあ、色々と個性的で、武力面は侮れないがおつむは少々筋肉が脳に回っている我が武術師範をほうふつとさせるそんな国。
そんな国を、私とジルはそろって訪問しました、一年前のその時に。
なおその理由はオフレコと正式なものの二本立てがあったりする。正式なものはメイソード王国の情勢を気にする隣国から、魔術師としての交流を名目にランスリー家に探りを入れたいなあという身もふたもない感じのもの。そしてオフレコは、うん、多分ジルも知らないけど、情熱的なその国のお姫様が、ジルに一目ぼれしちゃったからだ。
いや、まあ仕方ない。お姫様の気持ちも分かる。ジルは確かに美少年だ、外見は。腹黒でストーカーで粘着質であろうとも、顔面は神に愛された美貌だ。そのキラキラしさは出会ったその時点からサングラスが欲しいほどに健在だった。
それが悪かったといったら悪かった。
……私とジルがヴァルキアに赴くことになる少し前に、第一王子殿下とともに、王妃様にくっついてジルは顔見せついでの社会見学的な諸国訪問をしていた。もちろんのこと彼らはヴァルキア帝国にも行った。王様・姫様に対面しないわけがなかった。外面狸な王子は見事姫のハートを射落とした。
必然的で不幸な事故である。
十歳前後など恋に恋しているようなもの。憬れる年ごろだ。そこに完璧なきらきら系王子様が現れて優しくされたら堕ちる。前世親友も言ってた。『貴方が男でなくてよかったわ、恋に恋する哀れな少女たちが取り返しがつかなくなりそうよ』って。あれ? 何か違うかもしれない。まあいいや。
でだ。
まあ普通に考えたらこの婚約、第二王子と隣国の姫という関係性で言えば悪い話でもなかった。一般的に考えるのであれば身分のつり合いはとれているし年齢的にも無理はない。ヴァルキアのお姫様は私と同年のはずである。
しかしヴァルキア帝国という国は好戦的だ。かつての戦争で対立した歴史もある。まあ我が父が活躍して伝説を打ち立てたあれこれだ。そしてこの姫がかの国の現皇帝の一人娘であることが非常に問題なのだ。あちらも帝位の継承権は男子にある為、現在は姫の叔父が継承権を持っている。だがジルは優秀だし、姫が皇帝の一人娘であることも事実。
つまり、面倒臭い継承問題に巻き込まれそうだし周りの勘繰りも増えるものだから王子ともども全力で丁重にお断り案件なのだ。ていうかなぜそこまで考えないのだヴァルキア帝国よと思うがかの国は姫を溺愛しているとともに我が国王曰く『脳筋』であらせられた。多分あまり大丈夫ではないのだろう、主に思考回路が。
そこで国王から私にヘルプコール。交わされた密約は東方の食材の提供と引き換えに姫の陥落、出来るよね? 確信を込めた視線だった。あの中年は私を何だと思っているのか。そして恋するいたいけな乙女を何だと思っているのか。
まあしかしヴァルキア貴族を掌握しておくのも悪くはないだろうと気が向いたので、責任もって私がジルとともに隣国に行った。そして件のお姫様と楽しくおしゃべりしてきた。
大変可愛らしいお嬢さんだった。ヴァルキア貴族は思考回路が残念だったが、姫はリンゴのように上気した頬がなんとも初々しいお方だった。妹ができた気分を味わえた。同い年の上身分の上では私の方が下であるにもかかわらず彼女は私を『お姉さま』と呼んでくれるのである。ジルの話は一言も出てこなかった。しかしそのまま私と彼女はものの三日で解りあい、なぜか晴れて円満にジルと姫との婚約話はめでたく消滅したのである。
いろいろとヴァルキア貴族とのやりとりもあったが結果は上々な訪問だった。