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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第四章 子供の領分
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4/8 『貴方の世界は、ちっぽけね』(ジルファイス視点)


 慈母のように笑う彼女を、どこか泣きたい気持ちで見返す。

 それは傷ついたままだった、幼い私なのだろう。自分で自分を愛しているから、そして大切な人間を愛し愛されているから、だからそれ以外のそしりは歯牙にもかけない。


 そんなに強く、私はなれない。


 哀しいことは悲しく、嫌なことは嫌だ。心無い言葉をかけられれば傷つく。それを自分すら自覚できない程に押し隠せたのは、私が素直な性格はしていないからだろう。

 私は賢しい子供だったのだ。


 けれど、それでも私は救われた。だってシャロンがいる。シャロンが笑う。


『貴方は私を愛している、そして私も、貴方を愛している。それでは不十分ですの?』


 満面の笑みで傲慢に、けれどそれが正しいかのように、彼女は瞳だけで問うてくる。その揺るぎない深い友愛。

 彼女は私の心の傷にすら、気づいていたのだろうか。


 ああ、救われるには、十分だ。

 彼女ほど私は強くはない。しかし彼女が私を思ってくれるから。その思いの重さが同等ではないとしても。


 だって私は、……大切な人間、ではなく。

 シャロンが、愛しいのだと。

 ――気づいた。


 泣きたいような気持で、自覚する。自覚した。この恋情を。どうしようもなく救われて、どうしようもなく浮き立って、そしてどうしようもなく悔しい。


 だって、まただ。また、救われた。


 数年前、初めてランスリー公爵邸をおとずれた時。彼女の媚びず慌てず毅然として優雅ながら私に一切の興味を抱かない対応に興味をひかれ、そしてその後の訓練試合を見学して、意味の分からない令嬢だと思った。


 あれは、私の世界の破壊だったのだ。


 彼女はあのころ、私とかかわるつもりなどなく、私の一方的な干渉ばかりだったけれど。

 言われた気がしたのだ。『貴方の世界は、ちっぽけね』と。


 自由で傲慢でどこまでもとんでもない公爵令嬢。

 シャーロット・ランスリー。


 凝り固まった貴族の社会で、傷ついた自分にも気づかずに、兄とのすれ違いにつかれ、自分の力に驕っていた、当時の私の世界を完膚なきまでに破壊した少女。

 救われた。何を悩んでいたのかと。未知のものに、憬れた。それが欲しいと思った。


 同様に、マーク・ビオルト侯爵の件でも、私は私の世界の狭さを知り、そして彼女は私を救ったのだ。あの人が苦手だった。けれど決して憎んではいなかった。幼いころから傍にいて導かれ護られてきた。それが彼の理想論であったとしてそれは事実だ。許せないけれど、今も、憎んでは、きっといない。


 だから、あの場で彼女が彼の心を折っても、断罪し陥れなかったことに安堵した。やり直しの機会を与えられたことにどこかで喜んだ。


 私だけでも、彼の矯正はきっとできた。その自負は揺らがない。

 けれど踏ん切りをつけるには私は彼に近すぎて、もっと時間がかかっただろう。あの時私はすでに、ビオルト侯爵の手の上にはいなかったのに。


 救われた。何度も。この時も。


 だから悔しいのだ。


 だって彼女の友愛は救われるには十分で、けれど私の想いはそれでは足りなくて。きっと、私が彼女を救いたくて。私が彼女を守りたくて。彼女を支える一端ではなく。

 私が、シャロンを。


 だって彼女を愛しているのだ。その隣が、欲しいのだ。私だけが彼女に救われるのではなく、私だって彼女を救いたい。

 それには足りない自分が、くやしかった。


 なんということだ、知らぬ間にここまで篭絡されていたとは。吃驚した。とても吃驚した。泣きたい気持ちが吹っ飛ぶくらいの驚愕だった。

 まあそんなとうの彼女は慈母の微笑みを再び嘲笑に変えて言い放つのだが。切り替えが早くて彼女らしい。常にない私の百面相は完全に無視。彼女らしい。


「つまり私が心揺らす要素は皆無ですし、むしろあれは都合がいいのですわ」


 とても楽しそうだった。ので、片眉を上げて反応を返す。切り替えの早さは大事だ。


「というと?」

「だって彼らは、私の事を鬼などとは思っていませんもの。『鬼』を前にしてあれほどの軽挙妄動などするわけがないでしょう」


 いたら、真正のお馬鹿さんとして賞賛してあげますわと紅茶を口に運ぶシャロン。


「……ええ、」

「ふふふ。『鬼の子』は『鬼』より怖いと、なぜ思わないのかしら」

「……あー……そうですね」


 不敵。それがよく似合うこの上ない悪人面を私に向けて。理解した。彼女の思惑。なるほどこれは、『温くない』。悪辣だ。なんという嗜虐主義。しかしまったく同じ表情を浮かべた自信が、私にはある。


「楽しみですわね?」

「ええ、楽しみですね」


 ふふふ、ははは。

 笑う私たちは、声をそろえて。


「「気づけば絶望するのでしょうねえ」」


 その時の私たちを見たものがいればいうのだろう、それは悪魔の会合だったと。

 もちろんその後、そんな形で恋心を自覚してしまったにもかかわらず、ヴァルキア貴族を捌ききった私にも、当然シャロンにもその思惑が見事内包されていたのは言うまでもない。とても楽しかった。


 可哀想に、いつだって、気づいた時には手遅れなのだ。

 私の恋慕がそうであるように。


 まあそんな恋しい彼女は今日も今日とて問題を起こし、当時の回想に遠い目をしていた私を叫ばせるのだが。


「殿下! シャーロット様が! 再度行われた魔力測定で前代未聞の結果をたたき出されてこのままでは他国まで動揺が!」


 開いた扉、叫んだ部下。何をしているんだいシャロン。死んだ目をしてすぐさま切り替えた私は慣れきっている。


「……会議をします!」


 自重を拾ってきていただきたいものだ悪友殿!











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