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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第四章 子供の領分
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4/6 『鬼』と呼ばれた子(ジルファイス視点)


 良くも悪くも彼女も『普通』ではない。昔から、『普通ではありえなかった』。


 私が初めて『気味が悪い』と言われていることを関知し、その考察を終えた頃。六歳になったある日、聞いた噂。


『化け物』と呼ばれた少女がいた。


 それがシャロンだった。なんと、自分以外にも大概に言われている子供がいる。大人ってデリカシーがないなあと思ったのが最初だった気がする。


 まあそんな少々冷めた反応をした私だが噂は耳に入ってくるし、興味がなかったわけではない。だからその噂をかき集めつなげた結果が『ランスリー公爵令嬢』だったというわけだ。膨大な魔力量を示した少女。それは幼女であったその時点で父親であるランスリー公爵を凌駕していたという。


 時の筆頭公爵家当主アドルフ・ランスリー。

 その彼が選んだ伴侶であるルイーズ・ランスリー公爵夫人。


 美男美女であった今は亡き彼ら二人の良いところをすべて引き継いで生まれたのが彼女、シャーロット・ランスリーではあるが、いささか良いところばかり引き継ぎすぎてもいたのだろう。今現在はいいとこどりどころか何か超反応でも起こしたのかという人間逸脱ぶりを発揮している上に溌剌とそれを行使しているがまあそれはいい。


 この国、メイソード王国は今でこそ平和だがかつては戦争に加担したこともある。私の父である現国王陛下の前王……私にとっての祖父は好戦的な王だったと聞く。そしてその当時、まだ十代だった『アドルフ・ランスリー』は戦争の英雄だった。


 『ランスリー公爵家』の名に恥じない多大な功績。圧倒的な魔術で敵を殲滅した姿は敵にとってはトラウマそのものだったろうし、味方にも英雄ともてはやされもしたが恐怖を与えなかったわけではないだろう。


 『ランスリー公爵家』は、特別だ。その名だけで諸国も無下にできない。シャロンが好き勝手出来ている四分の一くらいはこれが理由だ。残りは彼女自身のあれこれが原因だが、一応四半分くらいはその家柄の権威もある。彼女自身が大分おかしいからかなりオプション扱いだがそれは確かだ。


 ともかく。他の追随を許さないアメジストの瞳の戦場の英雄が『ランスリー家』だ。国防への貢献は測りしれない。それがその血筋を細らせ、今やただ一人しか直系が残っていなくとも盤石の権威が揺るがないほどに。


 そのランスリー家の待望の子供でありアドルフ・ランスリー公を凌ぐ魔力量を保有するのが彼女、シャーロット・ランスリー公爵令嬢なのだ。


 『特別』は、そもそも『異常』だ。その中でもシャロンは頭一つ以上抜けているという事実がある。彼女も認めている。『私、普通じゃありませんもの』と。清々しい笑顔でどやっていたがもう少し何か柔らかい感じに包めないだろうか。無理だろうか。


 ……そんな歴代のランスリー家の中でも飛びぬけた力を持つ少女。……そのあまりの膨大な魔力量を幼少期は御しきれず、魔道具での抑制が必要だった程の。


 彼女は大人に、期待された。大切にされた。護られた。

 そして同じくらいに畏怖された。

 彼女を指して『化け物』と誰かが呼んだ。


 身勝手なものである。その経緯を認識した時非常にその境遇に共感した。期待したくせにそれを望んだくせに同じ口でそれを恐れるとは何事か。シャロンが魔力も少ない凡人であれば失望を向けたのだろうに。……いや、その評価は正直間違ってないくらいに彼女は逸脱した実力を持つ『戦闘凶』だと私にカミングアウト済みだが、それは実際彼女と私が親しいから知っているのであって何も知らない余人が無責任に垂れ流していい評価ではない。


 ――かつて、ランスリー公爵夫妻が娘をほとんど家から出さなかったのは、娘の以前の性格もあるだろうし、その魔力コントロールに不安があったことももちろんあるだろう。けれど多分に、娘にむけられる周囲の目から護る為でも恐らくあった。


 愛でございます、と語ったのはやっぱりシャロン付きの侍女殿だった。


 そのかいあってか今のシャロンがシャロンだからか。紆余曲折を経て現在。メイソード王国では彼女を『化け物』と呼ぶものは大体消滅しました。何をしたんだいシャロン、そう半目になりたいが、そもそも外に出てきた一番最初が私との初対面でもあるあの茶会で極度の震えで即気絶(アレ)だった。現在の彼女は言わずもがな。外面は我が父以上の完璧さだし魔力コントロールも仕上げてきて今や期待の星として燦然と輝くばかりだ。悪魔もかくやの鬼畜腹黒を綺麗に隠した彼女は只の人誑しな天才魔術美少女なのだ。妬み嫉みはまあ、なくなりはしないだろうが表出はしない。


 ……国内では。


 ――そう、それで済んでいるのは国内の話なのであって、国外ではそうもいかないのは仕方がない。彼女の、個人ではどうだか知らないというか知っているけれど深く考えてはいけない放浪経歴は置いておくとして、公式として他国貴族と接触したのはヴァルキア帝国の訪問が初めてであったのだ。


 ……そして彼女の父親、アドルフ・ランスリー公は戦争の英雄だった。その戦争の相手には、ヴァルキア帝国も、含まれていた。だからこそ、

 諸外国では『ランスリー』は今でもこう呼ばれる。『紫の瞳の鬼』と。


 美しい黒髪にアメジストの瞳を持つ少女。正真正銘ランスリーのたった一人の直系息女。戦争の英雄アドルフ・ランスリー公の一人娘。

 何年の時が流れても忘れられないほどの戦果を挙げた『紫の瞳の鬼』の子供。


 『鬼の子』。


 そう呼んだ大人。そう呼ばれた彼女。背景も理由もわかっている。そういう社会だと知っている。私自身慣れている。もっとひどい陰口だって投げられてきた。私も彼女も。その異常性から遠ざけられ畏れられ蔑まれたことだってある。過剰な崇拝や盲目に辟易したこともある。良くも悪くも、日常茶飯事だったのだから。


 ―――それでも嫌だ、と思った。

 彼女に対するその言葉だけは。


 なぜだろうなんて、その瞬間には考える余裕もなかったけれど、

 彼女を知らないくせに、彼女は強いけれど、そんなこともわかってはいないくせに。

 彼女の、何を、知っている。


 シャロンは外面に覆い隠した本性は決して素晴らしい淑女ではなくて、完璧な少女ではなくて、美しくとんでもない私の友人。



 ……彼女はきっと愛しているから。

 己の両親を愛して誇って、そして、

 そう、もう戻らない彼女のそれを、侮辱するのは、私が、許せなかったのだ。








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