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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第四章 子供の領分
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4/5 今と昔と期待と理想(ジルファイス視点)


 はっきり言って私は昔から『賢い』子供だった。大人の顔色を読んで期待された返答をすることもできたし、期待以上の答えを返す頭も実力もあった。それを自分で知っていた。謙遜するつもりはない。いや、昔は謙遜していたかもしれないがシャロンに出会って消えた。なぜなら清々しく上から己の才覚を誇る猫かぶり淑女の見本が彼女だからだ。


『私、普通ではありませんもの』


 そう微笑む彼女は自信に満ち溢れていた。


 ともかく。


 私は賢かったし、それを知っていた。だがまあそれでも五歳の子供だったので、実力を隠すことのメリットにまで気づかなかったのは仕方がない。『らしさ』や『隙』は使いようによっては便利だということも。私は一般からは足一歩くらいはみ出ているかもしれないが体全体で飛び出ているシャロンではないのだ。国王陛下は『箱入り息子が箱を破壊してくるツライ』と顔を覆っていたが、それでも私はシャロンよりはマシである。


 つまりお察しだろうがそれらを身をもって実践し私に結果を示した上でドヤ顔を披露したのもシャロンその人である。つくづく『普通』をどこかに投げ捨てている少女だと思う。


 まあそれはさておき、メイドと騎士の酷評から賢かった五歳の私がたどり着いた結論は、結局『できる』私のことが妬ましいし、それに及ばない自身や自身の身内から劣等感を抱いているが故のあの陰口なのだろうなあ、というものだった。あとは、『普通』と少々はずれているものが『なんとなく嫌』という心情もあるのだろう、と。


 正直この時点であんまり『子供らしく』はなかった。この考察を父王に言ってみた所、


『ああ、大体……そのようなものかもな。私が若い頃もそんなものだった』


 と同意を得た。ここで同意するのが父が父である由縁だと思う。ちなみにそんな父はその際微妙に笑いをこらえていたのだが何が面白かったのだろうか。五歳の子供が淡々と己の考察を語った事だろうか。だとすれば曲がりなりにも侮辱された幼児に対して我が父ながらなかなかの暴挙である。


 なお、あの後父は微笑んだ母に連れ去られ数日姿を見なかったから恐らく何かしらあったのかも知れない。私は賢かったので追求はしなかった。あとその噂話をしていた騎士とメイドもその後二度と姿を見なかった。勿論追求しなかった。


 まあつまり、そんな陰口は過去から現在までひそひそと続いている。だからもはや当たり前だ。目立つ立場でもあるのだからある程度は有名税でもある。


 考えてみるとこの辺り、我が兄である王太子・ラルファイスは立ち回りがうまかったというか人当たりが良かったのだろう。

 もちろんその評価は様々あるが、私のように『完璧すぎて気味が悪い』というものを兄が頂戴したという情報は少なくとも私の耳には入っていないのだから。


 まあ『完璧』な王子ではないのだ、兄は。


 だからと言ってできないわけではない。有能であることは疑いようもなく、魔術は私が勝っているのは否定しないが、剣の技量なら兄が上だろう。むしろその能力にこれといって欠点はない。顔立ちは父に似て男らしい美しさを持っているし、文武両道はあの元教育係のビオルト侯爵お墨付きだ。人当たりもよく優しい王子。


 けれど兄上は忌避されない。かつてのメイドも言っていた。『第二王子殿下より王太子殿下』だと。

 それはなぜか。

 私の顔立ちが母似であることを除いて、いったい何が違うのか。


 答えは簡単。はっきり言って性格だ。カリスマ性ともいうだろうか。分りやすく言うなら私は万事『そつがない』のだ。シャロン曰く『うさん臭くて腹が黒い』そうだが。お互い様であると激しく思うので熨斗をつけてお返ししたい。


 まあともかく。


 つまり、『そつがなくて胡散臭くて、腹が黒い』これが私だとして、……兄にはそういうところがあんまり、無い。ないのだ、この貴族社会の頂点に最も近い位置にいるあの人は。何でもできるが、どこかでドジを踏んだり、悪戯好きだったり。そして誠実だ。


 別に私が誠実ではないという意味ではない。断じてない。ただ兄には滲み出る人柄の良さがあり、それが人をどうしようもなく引き付ける。端的に言って、『人好きがする』という奴だ。天然純粋培養人っ誑し。それが兄だ。ちなみに養殖と天然が絶妙に混じりあった人っ誑しがシャロンだ。あれは兵器だ。


 そんな腹が黒くも人誑しな私の友人はこう評した。


『貴方と王太子殿下の関係性って、国王陛下とアリス様に似てますわよね。勿論ジルがアリス様ですわよ』と。


 明言するが私は兄に腹パンをかましたことはない。


 だが、まあ。正直父も人っ誑しだ。『賢王』といわれるほど有能で外面はいいが、案外やらかして母に制裁を受けている。しかし憎めないのが父だ。


 人を惹きつける父と、それを支える母。その関係性は確かに兄と私に当てはまるとは思った。だって『王』として人を引っ張るより、私は裏から情報を操作したり始末をつけたりする方が楽し……性に合っているのは自覚している。自覚させたのは家族とシャロンだ。


 ともあれ、そんな自分の性質もあり、私はこの先兄を支える立場になりたいし、支えられるとも思っている。王位継承権だとかの噂に惑わされる者もいるが、兄との仲は良好だ。一時期――そう、三、四年前には少々疎遠になりかけたこともあったような気もするが、多分気のせいだ。なぜなら現在かの兄はシャロンに執拗に構いに行っては武闘派なコミュニケーションを繰り返す私をすっかり微笑ましく見ている。一度彼女の拳を受けてみてはいかがか兄上。


 ……シャロンはその有能さを私を含めた王族にはあまり隠していない。王族と仲がいいことを周囲に勘繰られない程度に情報操作はするが、私たちは一応の信頼はされているのだろう。母に対する態度が一番優しく私に対する態度が一番酷いのはもはや覆せないが。それが彼女の『友情』だと開き直ればいいのだろうか。


 話がそれた。


 なんであれ、私は兄とは仲がいいが、周囲の評価は兄と私で違っており、それを私は自覚し納得している。私へのそれは『完璧すぎて気味が悪い』という聊かアレなものだというのも昔から理解しているし、それが諸外国ともなれば警戒も相まって表面化しやすいというのも身をもって知っているため今更だ。


 まあつまりはそのような経緯でもって、私は私に向けられる悪意には耐性がついているし、貴族社会がそういう場所であると理解している。


 そしてその悪意が、シャロンにも向くだろうことだって、知っていたのだ。



 ……知っていたのに。











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