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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第四章 子供の領分
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4/4 『完璧』と言われた子(ジルファイス視点)


『気味が悪い』、と言われたことがある。


 もちろん正面切ってではない。いや、胸倉を楚々として優雅な仕草でつかみ上げるという矛盾の中『ストーカーで訴えますわよ気色悪い』と笑顔のシャロンに吐き捨てられたことはあるがそれは別だ。

 貴族の会話は白々しく、その白々しさの中に嫌味を織り交ぜそれに飽き足らず陰口を囁かずにはいられない。今に至っては国内ではそれもほぼなくなったが、幼いころはその限りではなかった。


 つまり、国外に出れば今でも散らばっているそれらと同じもの。


 はっきり言おう、私は己の年齢から鑑みてあんまり普通ではないのだろうという自覚はある。兄上もその婚約者も実両親たる国王夫妻もまあ普通からは外れているし、何より規格外の権化でしかない少女が傍にいるため、あまり意識しないだけだ。なぜだろう、私の周囲は少々常識から外れたものが集まっているきらいがある。特にシャロン。しかしだからといって常識を見失ったつもりは私にはない。一般的な基準というものも分かっている。


 普通ならば大陸の端の小さな連合国の貿易事情など把握していないだろうし、新発見された魔術理論について意見を述べられるほど理解は深くはないのだろう。大体からして貴族当主や婦人ばかりの場に学院に進学したばかりの子供が紛れ込んで対等に話をしない。この国の皇女はシャロンと同年で私の一つ年下だが、私に熱烈な視線を投げつつも皇族席から動いていない。


 貴族なのだから、王族なのだから、出来て当り前と大人は表面では思う。

 しかし同時に己の子供と比べるだろう。身近な誰かと比較するだろう。

 そして感じるのだ、『出来過ぎている』『そつがなさすぎる』『完璧すぎる』。

『その完璧さが気味が悪い』と。


 失礼な。


 同様の現象はかのヴァルキア帝国の歓迎会でも勿論起こったわけだが、どうやらこの手の輩は私を見て子供らしくないと非常に強く思うらしい。甚だ遺憾である。ボロを出せばここぞとばかりにあげつらうくせに一体どうしてほしいのだろう。わがままな人たちだ。


 とても馬鹿馬鹿しいと思うのだ。必要ならば演技もするが、これでも私はメイソード王国の代表としてやってきているのだ。隠しすぎれば勘繰るくせに全く矛盾している。できることは出来ることとして素直に表現するのを子供らしいと思う懐の広さを大人として培ってはいかがだろうか。


 まあ思えば物心ついた時から自国の貴族にも影でそう言われていたことも知っていたので、いつも通りと言えばいつも通りなのだ。だから面倒臭いという感情は包み隠す。


 ……初めに『それ』を聞いたのは幾つだっただろう。五歳かそこらの、物心ついているかどうかの頃だったはずだ。――そう、それなりに探求心が旺盛だった私は、侍女や侍従の目を盗んで時折王城内を一人で歩くことがあった。大抵は発覚して捜索される前に自室に帰っていたため時間も距離も大したものではなかったが、五歳の子供には大冒険だった。


 まあそんな折に件の陰口を耳にしてしまったわけだが。


 あれは恐らく城付きのメイドと騎士だったのだろう。世間話から他愛ないうわさ話まで、ドア付近にいる私に気づくことなくよく話していた。その内容は本当に他愛なく、私が足を止めたのは私の知らない城下の暮らしの話も混じるそれに興味を覚えたからだ。だからまあ、悪気があったわけではない。そこに私の名前が飛び出てくるなどとは思いもしなかったのだ。


 思わなかったから、純粋に、驚いた。そのあけすけさに。……確か、そう、


『――そういえばさ、あたし今日見ちゃったー、王子様』

『は? ……ああ、王太子殿下?』

『違う違う、第二王子殿下よ! あのきれーな顔なさってる』

『あー。第二王子殿下な。何、王子付きじゃないだろお前』

『あたしがそんなもんになれるわけないじゃない! 魔術の練習をなさってるところを見ちゃったのよー、あのあたりに用事があったから』

『そういや魔力測定の数値がとんでもなかったって話?』

『そうそう! 勉強を始めてすぐなのにあたしなんかより全然デキるって感じだったの! ホントに五歳? うっそでしょって思っちゃうわよね』

『文武両道だって噂なのに魔術もかよ。王子の剣術指南の奴が王子の才能ありすぎてげんなりしてたって』

『あー分かるー。きれーだしかわいーし、すっごーいて思うけど、子供っぽくはないわよねー、第二王子様って』

『おい、言葉が過ぎんぞ。……俺等しかいねえか。まあ、優秀だけど出来すぎって感じ? ビオルト侯爵様の自慢すげえよな』

『天才っていうのよね。凡人には判んないわ。なんでも簡単にできちゃうんでしょうね。綺麗で可愛くて王子で頭よくて文武両道魔術の天才! 愛想もよくって笑顔でさー、完璧』

『だよなー。ついてけねえわ。王太子殿下よりもって言われてんの知ってる?』

『知ってる。まあでも……第二王子殿下じゃなくって王太子殿下って思うのよねあたしは』

『まじ? 俺も。だってさあ、』

『そうなのよね、だって……なんていうか、――ちょっと気味が悪いのよね、子供なのにあそこまでできるって』


 ――『気味が悪いのよね』。


 私は会話のそこで踵を返して自室に戻った。戻るまでは、何も考えなかった。

 何も考えられなかったんじゃない、『考えなかった』のだ。


 純粋に疑問だった。例えば子供らしさとか。それが『必要』であると思えなかったから。幼き日の私には教育係であったビオルト侯爵の影響が少々強かったことは認めよう。それを踏まえて私の立場でその『らしさ』と言う名の『隙』がなぜ必要なのか理解できなかった。


 出来ればできるほどいい。できるならばやる。出来なければならない。出来るんだからやれ。


 そう言って聞かせたのは、大人だ。


 私に『完璧』であれと求めたのも、大人だ。そうじゃないのか。そうであるならばなぜ、それを『大人』が否定する? 理解できなかった。理解できなかったから、



 ――ああ、あれは失望、だったのだろうか。










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