4/3 大人と子供と白と黒(ジルファイス視点)
兎にも角にもその歓迎会である。場は相応に煌びやかだった。『武』を誇る分、ややメイソード王国よりは威圧的で厳めしい装飾を好む印象を受けたが、それそのものは特に悪印象に繋がったわけではないし私の恋心の自覚にも全く関係ない。そしてその歓迎会の中身も、いたって普通だった。
まあいつものようにいつもの会話を繰り広げられただけだ。
それは例えば賛辞で。
「本当に殿下の才能は素晴らしい」
「――いいえ、私などはまだ勉強中の身ですよ」
例えば世辞。
「まだ学生とは思えませんわ、」
「日々皆に助けられております」
例えば牽制。
「見識が深くていらっしゃる。あちらの連合との取引はご存知かな」
「あの連合ですね。魔物の被害に悩まされていると、」
例えば誇示。
「魔術の造詣も深いですね。あの理論は―――」
「ええ、こちらの研究では違う結果も出ておりその整合性を――」
見栄と立場と阿りで笑う大人と謙遜と謝辞と賢しさを使い分けて笑う子供の顕現である。
なぜ笑う? 笑ってなければただの『口撃』だからだ。
上っ面の慇懃さで腹の裡を探り合う。煌びやかな光の下でなんという醜さ。貴族社会など吹っ飛んでしまえと吐き捨てたのは虚ろな瞳の国王陛下の独り言だったか、輝く笑顔の王妃殿下の悪態だったか。
とりあえず年端もいかない十代の子供に同レベルの舌戦を仕掛けるのは非常に大人げなく且情もないと思う。
まあ負けないが。むしろ私対シャロンの毒舌ティータイムの方がよほど手数が多く毒に致死性がある。どうしてそうなるんだろうねシャロン。
それはさておき。
そんな私とシャロンはメイソード王国では色々と色々なあれがそれでこれなので実感する機会が少ないが、こういった諸外国ではやはり慇懃無礼なだけでは終わらなかったりする。具体的に言うと『できた子供』であったがゆえに目をつけられることが多く、嫉妬の視線とか嫉妬の視線とか嫉妬の視線とかに晒されて嫌味を投げつられる。結構わりと、それなりに多いが別に気にしていなかったのは私とシャロンに共通事項だ。気にするのが面倒くさかったと言えばシャロンの義弟殿に胡乱な瞳で『その図太さは、尊敬します』とでもいわれるのだろうか。
ともかく、会話の中の賛辞や世辞や牽制や誇示などと混ざり合って大体四分の一くらいは嫌味がある。そして聞こえないようにしているつもりが聞こえているのか、聞かせているのかまでは頭の中身が分からないので知りはしないが、ともかくそう言った直接的でない陰口も存在する。それの内容は揶揄であったり少々不躾な視線であったりと様々だ。いや、かのヴァルキア帝国貴族の名誉のために言うのであれば彼らは勿論表面上は取り繕っていなかったわけではない。しかしそれでも垣間見えたのだからうかつである。友好を確かめるための外交であったはずなのだが、出る杭は打たれるというかあちらの方々は若干己の感情に正直すぎるきらいがあったようだ。
しかしヴァルキア貴族の頭が弱いことは正直どうでもよかった。
いや、思うところが全くないとは言わない。愉快ではないし普通に業腹である。なので会話に嫌味を織り交ぜられた時に機嫌が悪く且相手がそれをしても問題がないのであれば百倍にして叩き潰すこともある。あれはわが国の貴族が相手だったが、割と盛大に踏みつぶして後から爆笑する国王陛下に涙ながらに、
『お前、かわいそう、すごく可哀想だったから、やめてあげなさい』
と言われたことすらある。しかし窘めるならば爆笑してはいけないと思うし、全然かわいそうと思っていないことがあまりにも伝わって来た。そしてそんな父は右から左から母と宰相に耳を引っ張られて『貴方に似てしまったではないですか』と口々に言われていたから若かりし頃の父もどうせ似たような事をやらかしている。あと隠れて兄上も爆笑していたから同罪だ。『所詮王族一家は同じ穴の狢なのよ』と神妙な顔で言っていたシャロンもいたが全くその通りだと思うと同時にそう言えばシャロンにも王族の血は流れていたなと思い至って納得した。
しかしそんな経緯で私たち王族と大体シャロンにそういう輩は国内では駆逐されつつあるものの、国外ではそうはいかないというのは前述の通りだ。だからヴァルキア貴族はあれなのである。
未だに理解ができないのだが、あれはこちらを貶めたいのか傷つけたいのか、それとも盛大な報復を受ける事を狙う自傷癖でもあるのか。
まあつまり、きりがない上に他国ではあるので、問題がないレベルであれば放置の方向で対応しているのである。華麗なるスルーとシャロンは言っていた。正しく二人してどんな嫌味も陰口も視線もするすると受け流してシカトしてガン無視していた。
だが、しかし。
……たった一つだけ。流せないものもあるのだと、無視ができない言葉があったのだと、その歓迎会で私は思い知った。知ってしまった昼食会だった、その歓迎会は。
そしてだからこそ自覚もしてしまった。自分の思慕を。ああ冗談じゃない。
なぜならその言葉が聞こえてきた瞬間、それを理解した一瞬でちょっと自分でも意味が分からないくらい頭に血が上った。
そう、頭に血を上らせたのは、私。けれどその囁かれた『言葉』の矛先は、私ではない。
――シャロン。
『鬼の子』。
そう彼女を呼んだだれか。
揶揄だった。侮蔑だった。嘲弄さえ篭っていた。
よしヴァルキア帝国潰す。ぶっ潰す。そう決めた瞬間だった。