4/1 花が咲いたから、(ジルファイス視点)
私には美しくとんでもない友人がいる。……ああ、『とんでもなく美しい友人』ではなく『美しくとんでもない友人』だ。
規格外が過ぎていてまったくつかみどころがないかと思えば恐らく芯はしっかりしているのだろう友人の名前はシャーロット。シャーロット・ランスリーという名の公爵令嬢だ。
正式な社交界デビューはまだだが、既に『黒薔薇の君』と二つ名を囁かれている彼女は正しく美しい。とんでもない魔力を保持している上に魔力を含まない純粋な戦闘能力までも異様に高いとかいうおかしさを誇るだけではなく知識欲の権化であり狡猾で策士で且つ人誑し……であることを綺麗に猫かぶりの内側に覆い隠す令嬢だが、その外見が絶世の美少女であることは誰も否定できはしないだろう。
私より年下であるにもかかわらず国王である我が父を翻弄し、黒服の『影』なる者共を手足として使い、諸事情によりがったがたになった領地経営をその辣腕で建て直したがそれを世間には悟らせないランスリー公爵家の影の支配者。
それが私の美しくとんでもない友人である。
彼女と私が友人関係を築くまでにはこれまた紆余曲折があったのだが、まあそれは置いておこう。
それよりも私は数日前入ってきた報告に頭を悩ませている。いや、悩んだところで今更どうこうできる事態でもないのだが、深いため息を禁じ得ない。いつだったかそんなにため息ばかりでは幸せが逃げるとどこぞの公爵令嬢に忠告を賜ったが、私のため息の原因はほぼほぼ当の公爵令嬢である。
つまり、我が美しくとんでもない友人であるシャロンがやらかしたらしいという報告を私はつい先日、部下から受けたわけだ。
何をしているんだシャロン。
なぜそんな報告を受けたかというと彼女がやらかした場所が場所だったからだ。彼女はその義弟ともども今年度より学院に通うことになっている。それに伴い魔力測定を受けることが国民の義務となっているのだが、その魔力測定会場が今回の舞台だ。就学年齢になるに伴い魔力測定をするのは国民の義務という通り、貴族も平民も同様だ。しかしさすがに貴族と平民で場所は分かれているし、貴族の子女が集まる方の会場は厳しい警備も置かれている。そう、おかれているはずなのに謎の根性でそこに押し入った賊がいたらしいのが今回の悲劇だ。
結果としてその賊、シャロンが叩き潰したらしい。
それはそれは華麗に立ち回り脅える令嬢たちを守り固まる令息たちを魅了したらしい。
その場に居合わせた彼女の義弟は悟りきった瞳で薄く笑っていたらしい。
何をしているんだシャロン。
平民の魔力測定会場でも異例の天才児が現れたとか何とかいう騒ぎがあって興奮気味に報告してこようとした部下が途中でシャロンの事件を知って沈静化した挙句至極冷静にその事実のみ報告して去ってくということまであった。かわいそうに。方々に影響を与えているというのに当の本人は絶対どこ吹く風だ。
割と最近まで必要以上に目立ちたくないという理由でその実力を詐称ぎりぎりで隠しきっていたのではなかっただろうか。ぜひその努力を続けてほしかったしエルシオは悟りを開くくらいならその境地に私もいっしょに連れて行って欲しかった。私だけ常識に取り残されたらこの精神に受ける負担は誰と共感すればいいんだ。国王陛下か。丸投げすればいいのか。だがしかしあの人も割とおかしな感性をしているからきっと駄目だ。世知辛い。
シャロンには近々茶会という名の尋問を実行することを決めた。
あの時報告をしてきた部下はとても申し訳なさそうに気づかわしげな眼をしていたが別に彼の所為じゃないからそんな顔をしないでほしかった。かわいそうに。そんな目で見られる私も可哀想だったが。悲しい目で下がらせてしまったくらいだ。
ともあれ私は深くソファに身を沈める。
まったくこれでまた彼女の注目度は跳ね上がったし、近づこうとする輩も増えたことだろう。なによりあのシャロンが公衆の面前でそれをやらかしたということは、今後は実力をいかんなく発揮していくというわけで、つまりはやらかす確率が注目度以上に跳ね上がったということだ。何を狙っているんだいシャロン。
それは彼女のしりぬぐいというか後始末に私が振り回されると理解して猶の所業なのだろう、なんてことだ。クラウシオ・タロラードの騒動は骨が折れた。まだ尾を引いているくらいだ。彼女は私を何だと思っているのだろうか。
シャロンに苦言を呈したところで『同じ穴の狢でしょうに』と鼻で笑われる気しかしないが。反省しようか悪友殿。しかし言われるのだ、『それでも、そんな私が大好きでしょう、悪友殿下』と。
ああ、好きだとも。彼女以上の友人などいないと思っているし、彼女もそう思っていてほしい。異常に交友関係の広い彼女の所為で願望系だが。
というか、私は。非常に残念なお知らせなのだが、どうやら私は、認めたくない、認めたくなかったが、まあどうしようもないので認めた。うん、つまり私は、その『麗しの』公爵令嬢を恋愛感情として好ましいと思っているようなので、もう少し踏み込んだ感情を持ってほしいものなのだけれど。