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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第三章 愛の化物
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3/48 彼女の最愛(アレクシオ視点)


「……クラウ、シオ?」


 先ほどまでテンポが良かったのに突然冷えた声を出されれば思わず引き攣ってしまっても仕方がないと思うし、シャロンはいったい何をやらかしたわけ? そりゃクラウの計画に水を差したどころではない張本人だけどシャロンは。


 クラウは俺に、いえ、と首を振る。


「……あの令嬢には、色々と言われましたから。計算の上だったのかもしれませんが……」


 声音は元に戻っていたが、少し苦いものが混じっているのはそうとう何か言われたのか。言われたんだろう、あれは容赦がないし。本当に容赦がないし。そして計算づくで腹が真っ黒だ。でも正直俺とあいつはそういう点がしっかり似ている同類なので何とも言えない。


「あー……うん。あいつはな……」


 濁した。濁すしかなかった。だって同意しても否定してもただのブーメランだ。


「それで、今は『祭り』ですか」

「……楽しみにしてたんだと」

「そして後始末はしないと?」

「『魔』を叩いたんだからそれくらいはやれってよ? まあ情報は全部もらったし」


 すげえクラウがシャロンを抉ってくるけどどんだけクラウを挑発したんだあいつ。そしてなんで俺があいつを擁護してんだろう。

 いや、まあ陰の功労者はあいつだし。同類の自覚もあるし。事前準備と戦闘関連の計画・実行は完全にシャロン任せだし。『魔』の責任持つってジル経由で聞いたし。あっれ思ったよりあいつ仕事でけえな。……うん。後始末くれえやるわ。くっそ忙しいけど。


 俺は内心乾ききった笑い声をあげた。うん、実質この国の救世主様だもんなシャロン。性格悪い救世主だけど。

 クラウに相槌を打ちながらぐるっと回ってシャロンのおかしさを再認識した。遠い目になっていたと思う。


 うん、だから、


「……それほど軽いものだったのか」


 そんなクラウの言葉に、一瞬だけ反応が遅れたんだ。遅れて、だからクラウが俺の返答を待たずに続けて、


「綺麗ごとをね、並べていたんです。あんな子供が、いくら頭が回っても、失う辛さなど判らないでしょうに。判ってほしいわけもなかったのですが。……正論ばかり、自分が正しさの塊のように、……」


 ああつまりそれは彼女が幸せで、愛されているということなのでしょうね、と。


 どうしようもなく苦いものを飲み下すかのように吐き捨てられたそれ。それに、無意識にひゅっと咽喉が鳴った。

 どうしようもなくゆがんだ顔がそこにあって、そんな顔をしてそんな科白を吐くクラウを信じられなかった。そこに滲む羨望だとか嫉妬だとかそんなものが意外だったわけじゃない。


 だってまさか。お前、気づいていないなんて。


「……クラウシオ」


 まだ続けようとしていた言葉をかき消すように呼べば、目を見開くクラウ。


「兄上……?」


 でも俺は立ち上がり、俺たちを隔てる格子を掴んでどうにも収まらない震え声で。


「お前……、お前、それを、あいつに。シャロンに言ったのか」


 何もわかっていないなんて。

 お前が、あいつに、言ったのか。言ってしまったのか。


「……それであれば、どうだと?」

「言ったのか、あいつに……」


 何もわかっていないなんて。綺麗ごとだなんて。あの子供が。あの、少女が。


「馬鹿野郎……あいつは何でも知ってんだよ、クラウ」

「は……?」

「いいか、あいつは、シャロンは。『ランスリー』だ。『シャーロット・ランスリー』なんだ……」

「それが、……」


 は、とクラウが止まる。目がゆっくり、見開かれる。


 俺にはクラウの心の傷も分からねえし俺だってクラウの気持ちを踏みにじってきた。踏み込んではいけない領域がきっとそこにはあって他人には理解しがたい。それは同じ経験をした人間であっても受けた心の衝撃は同一じゃない。


 それでも。


「失い方も思考も感情も経験も愛情表現も傷の深さも。人それぞれだ。俺に何を言う権利もない。シャロンは規格外だし、痛みを想像しろなんて言わねえよ。あいつがお前の邪魔をしたことなんてわかってる。お前がアイシャの為なら何を厭わないことだって聞いたけど。それでもあいつはたった十二歳の糞餓鬼だ」


 あの天邪鬼の少女は、まだ。


「……なあクラウ。あんまり餓鬼を虐めてやるなよ……」

「……」


 正論は痛い。そんなことは判っているし、どうせシャロンはえげつなくて容赦のない煽り方と追い詰め方をしたに違いない。でも、どれだけ生意気でも大人びていても子供なんだ。

 踏み込んではいけない領域。俺にも悟らせなかったあいつ。怖気がするほどの強さ。何処までもどこまでも進んでいく。それが弱みになんてならない。


 ああ俺はやっぱバカだ。あいつの寄る辺は何処にあるんだろう、なんて。


 寄る辺がなかったんじゃない。失くしたんだ。



 だってあいつの最愛は、もういない。



「……シャロンは何でも知ってるんだよ、クラウ。だからあいつの仕返しは、えげつないんだぜ」


 ランスリー公爵夫妻が不意に病に倒れて帰らなくなった、その真実だってあいつは知っているんだ。









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