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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第三章 愛の化物
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3/46 投げ捨てた愛を今更拾い集める無様をそれでも掴む私と貴方(アレクシオ視点)


 国は祭りの喧騒に包まれている。国内五大祭りの一つ、焔の祭り。毎年の豊作を寿ぐことを名目に呑めや歌えの無礼講の三日間。シャロンの楽しみにしていたそれが、無事本日から開催されているのだ。古代の『魔』を相手取ることを判っていながら「祭りには間に合わせたいのよね」などと供述したのはもちろん規格外の公爵令嬢である。どうせ今頃は領民にごく自然に混じりこんで騒いでいるのだろう。あそこの領民は短期間でシャロンに毒されるという柔軟性を発揮した猛者ぞろいである。


 ともかく。


 そんな祭りの日であるが、先の事件で正直王宮はそれどころではなかった。事がそこそこ秘密裏に行われたことに乗じて、近隣諸国に弱みを握られないためにできる限り静かに処理をしようとしているだけで。だからもちろん国王である俺もとても忙しかった。ていうか現在進行形で忙しい。見事俺の鳩尾を抉った怒れる我が奥さんに絶賛監禁されている最中だったもの。まあ俺のわがままを許してくれたのもアリスなんだけど。


 まあつまり、簡単に言うと俺は、アリスと共謀して俺を執務室に監禁していた宰相の目を盗み、ここ――王宮の最北に位置する塔内に来ていた。アリスが俺についたのだからやってできないことはなかった。宰相よ無事アリスに誤魔化されてくれ。


 ――ここでは町の喧騒もいくらか遠い。それは王宮の中央らへんにある俺の執務室からも遠いということだ。移動に時間がかかっているし、道中人目はどうしてもある。どれだけ誤魔化しても長時間は無理だろう。ばれる前に帰らなければならないから多少は焦りもある。ある程度の時間であればアリスが何とかしてくれると約束したけどな。


『最後くらいは兄弟であってくださいな。喩えそれであなたのなけなしの勇気が砕け散っても』


 そう言ってアリスは俺を送り出したのだし。なんで砕け散るとかいうんだあいつは。


 ……そう、ここにあるのはめったに使われない貴人専用の牢だ。誰がいるかなんて言わずと知れている。それでも俺は足を踏み入れてのち、相手の顔を確認。人払いをして、用意された椅子に腰かけた。……とはいっても、あいつは格子を隔てた向こう側。ただ静かにベッドに腰かけている。


「……よう、クラウ」


 呼べば視線が交わった。宝石の様な紅色だ。


「……兄上。よく此方に来られましたね?」


 ゆったりと。クラウが問うから、はっと肩をすくめて俺は笑った。


「何言ってんだ、抜け出してきたにきまってんだろ。アリスの手引きだぜ」

「……アリス様が。……相変わらずですね」

「どういう意味だそれ」

「アリス様はお元気ですね」

「俺に腹パンかますくらいお元気だよ」


 軽口をたたく。まるで間に隔てる格子などないかのように。いや、アリスの拳は華奢でいっそはかなげなのに軽く女騎士くらいの勢いで急所を的確に抉ってくるものだからとても痛いのは事実なのでアリスは元気だよ。元気すぎるよ。高位貴族令嬢は華奢に見せて戦闘能力が高いというのが世の常識なのかと思っちまうくらいだ。


 いや、おいておこう。


「……お前は、……元気か、って聞くのはおかしいな」

「元気ではありますよ。牢の中ですが」


 くすくすと、クラウが笑う。俺は膝の上で頬杖をついてはぁ~あ、と大仰にため息を吐いた。


「だよなあ。ホント、こんなことになるとは思ってなかったよ」

「……昔はね」


 クラウがわずか、目を伏せる。俺も目を閉じて、それでも、と唱える。


「……俺は、今もお前が大事だよ」


 とても大事な家族だ。この愛ではお前は足りなくて、そしてお前に俺は切り捨てられた側なのだろうけど。

 でも、


「私も、兄上が大切であったことは変わりがないんですよ。それより優先するものが、あっただけで」


 クラウが言うそれも事実。俺も切り捨てていたんだ。俺にとってもクラウをどうしても一番には出来なかったから。クラウから与えられた愛に気づかなかった。……手を差し伸べて拒絶をされることを知っていたから、全部まとめてみないふりをきっとしていた。


 自分が馬鹿すぎて今になっても距離がつかめない。絶対アリスとかシャロンに馬鹿にされる。何あの容赦ねえ女性陣。ああもう、どんな言葉を昔は交わしていたんだっけ。もっと単純で簡単で何も考えていなかった。それが許されていた。


 もう今更遅いけど。でも、それでも。


 どうでもいい他愛ない戯言でよかったから、話をしたいと思うのは俺のエゴで。

 ああ糞、どうにもならないのに。判っていたけど、グシャリと髪を掻きながら、俺は。


「……お前は、後悔はしてねえのか」


 クラウの刑は決まっている。そしてそれをクラウも知っている。例えばクラウと『魔』の企みが成就していたとして、クラウが生き残る道はなくて、最初から死ぬ覚悟だったことなんてわかっている。

 わかっていても。


「お前は、死ぬよ」


 その沙汰を、下したのは俺だ。


「怖くねえのか。……怖くなかったのか」


 自分が死ぬことも、誰かの命を奪うことも。相手は魔物ではなく、敵でもなく、罪人でもなかったはずなのに。

 でも、クラウは笑っていた。


「……兄上が泣いているのは、久しぶりに見ました」

「泣いてねえよ」

「……泣きそう、ですよ」


 実際、俺の頬は濡れてもいない。歪んだ表情をしている自覚ぐらいはあったが、泣いてはいない。


 だってそんなの誰も許さないだろう。


 それに、私が怖いですかと、笑って尋ねたクラウの方が、俺には泣きそうに見えたんだ。







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