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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第三章 愛の化物
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3/27 毒に塗れた、(エイヴァ視点)


 白い白い世界だった。

 微笑む誰かが、傍に居る。その人物は小さな手をゆっくりと我に差し出した。

 躊躇いながらもその手を掴めば、勢いよく引き上げられる。

 ――瞬間耳元で、声が聞こえた気がした。


「――馬鹿だな。あの人に、お前が勝てるわけがない」



  ✿✿✿



 ふと、目を開けた。つかの間、気を失っていたらしい。

 目に入るのは荒れた大地だ。

 多分もとは平だったと思われるが原型は何もない。完膚なきまでにない。


 一部は燃え盛り、一部は凍り付き、一部は山ができ、一部はクレーターとなって底が見えないし多分この先百年は草木一本生えないだろう。生命に嫌われている感がひしひしとする。なぜなら禍々しいオーラが見える気がするからだ。


 しかし果たして此処はいったいどこだろうか。記憶が混濁している。

 いや、この場所を知っていてもこの惨状では誰しもそんなことを呆然と呟いたかもしれない。

 けれども、落ちてきたのは違う言葉だ。


「――もう、終わりなのね」


 終わってしまったのかと。

 まだだったのにと。

 少女(・・)は言う。


「見事な不毛の地だわ。有言実行ね」


 黒髪にアメジストの瞳を持った、美しい少女。不毛の大地に場違いに小綺麗な姿の彼女は、しかし凛々しく立っていた。

 地面に無様に転がっているのが、我だ。


 勝敗は決した。――我の、負けだ。


 生まれて初めて、負けた。全力を出し切って、負けたのだ。それなのに目の前の少女はまだまだ余力すらありそうで。どういうことなのだろう。十年と少しくらいしか多分生きていないと思うのだが実は我より長生きしている超生命体なのだろうか、


 ……いや、確か名前を、『シャーロット』といった人間のはず。多分。きっと。……おそらく。

 嘗て懸想した娘の名前も、この『遊び』の発端となった男の名前も覚えてなどいないのに、彼女の名前だけははっきりと覚えてしまった。


 それも、仕方ないだろう。

 なぜなら、我は、この少女に負けた。我以上に特別な少女。惨敗だ。強烈すぎる印象。我は能天気だが阿呆ではないのだ。

 それに、湧き上がってくるこの感覚は、確かに歓喜。久方ぶりの、身が震える様な。


 なぜ?


 だって終わりなのだ、これで。全てが終わる。わが名の意味する『永久』は、今こそ終焉を迎えられる。

 長い長い長い……気が狂うほどに長かった此の世、退屈な現世、孤独な時間の全てが。

 終わりだ。

 ――終わり、だ。

 どうして、喜ばずにいられよう。


 知らず笑みを浮かべていたら、少女はひどくさわやかな笑顔で、我を見下ろした。我は唇を歪めて、言葉を吐き出す。


「……我は、退屈だった、この世のすべてが」


 そうすれば、少女は答える。


「……そうでしょうね」


 長い長い時を、遠い遠い過去を、たった一人で、我は生きてきた。

 誰も届かぬ強さを持って。だから、対等な存在を求めた。己を凌駕する存在を求めた。

 ――それは、この少女も、また。


「だから、なあ? 退屈しのぎに人間どもで遊ぶことの、いったい何が悪かったのだ?」


 嗤う。今でもわからない。分る気もしない。

 彼女の黒髪が風にざわめいた。


「我は我の思う様、生きただけ……」


 ――ああ、そうだ。それの、いったい、何がいけなかったのか。

 ……考えることに、意味などない。どうでもいいとずいぶん昔に流した疑問だ。

 この退屈で孤独な世界に、せめて小さな喜びを。

 求めてはいけなかったというのなら。


「――殺せばいい、娘」


 我を殺せるのは、世界でただ一人この少女だけだろう。


「殺せ、シャーロット」


 驚くほどに穏やかな声が出た。

 ――なあ、与えてくれ。

 歓喜を。


 殺せ、なあ、殺してくれ。そうだろう、お前だけだろう? この孤独を理解して、我に手を下せるだろう?

 終わらせてくれ。

 永遠を。


 ああほら、少女は優しく、優しく。

 美しい笑顔で、笑って。



「嫌よ。寝言は寝て言ってくれるこの外道」



 毒を吐いた。









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