3/26 それでも永遠に恋うている(エイヴァ視点)
崇められていた。讃えられていた。『神様』と。それを好意と何時からはき違えたのだろう。
……娘に伝えた、『傍にいろ』という願望。戸惑い、惑乱し、そして最後に返ってきたのは明確な拒絶。
娘だけではない。その親も、村人も、町主も。
なぜ? わからない。……我にはわからなかった。
ただ、拒否されて、恐れられて、人は顔を歪ませ、娘を隠した。『神』と呼んだくせに。縋ったくせに。讃えたくせに。我の威を借りて他を威圧しものを奪ったことがあるのを知っている。それなのに。
化け物でも見たかのように手のひらを返した。
彼らは何を恐れたのだろう。今まで捧げられた祈りや崇拝は、何だったのだろう。我に、彼らは何を見た?
わからなかった。意味が解らなかった。
『娘まで人でないものにするつもりか』と。『生贄でも求めているのか』と。
我はそれがひどく気に障って。……不愉快、だったのだ。
だって下らない。どう拡大解釈をしたらそうなる。ただ我は『娘が欲しい』と言っただけ。それ以外は何も言ってなどいない。
なのに。なのに!
だから、壊した。だから、消した。
そして更なる恐怖と拒絶の感情が返ってきた。
なぜいけないのかもわからない。
何度繰り返しても、返ってくるのは拒絶と恐怖。それは回数を重ねるごとに増大していく気さえした。
なぜ? 尋ねても、答えをくれるものなどすでにいない。
我は、一人だった。
……ああ、そうだ。昔と何も変わらない。
我は、孤独だったのだ。
人間は弱い、弱い生き物。ただ指の一振りで潰えてしまう儚い命。何度も何度も、何度も何度も。求めて拒まれて煩わしく思い振り払った。
――最後には興味など、潰えてしまうほどに。彼らは我に恐怖した。憎悪した。我は『神』ではなく『魔』たるものであったようだ。
だがそれももう、いい。もういい。
期待などしない。どうでもいい。所詮この世界に、我と対等なものなどいない。我を恐れぬものなどいないのだ。
誰もかれもが恐怖を込めて、我を見る。
世界を巡った。国を覆した。人を殺した。
長い長い長い長い長い――腐るほど長く、眠るより長く感じた時間。思い返そうとすれば気が遠くなる。
長すぎる。いったいいつから始まったのかももはや曖昧でわからない。
ただ狂うほどに、世界の色は褪せた。
なあ、我は、この世に、厭いてしまった。
我がなぜ生まれ落ちたのか。それは必然か、偶然か。どうでもいいと流した疑問が浮上する。誰にも何も与えられはしない、誰もそばにはいない。
ただ、一人だ。
嘗ていた寄り添おうとしたものはその実こびへつらい、利用し、愉悦をにじませた。知っている。知っているのだ、その強欲も。
ああ、だから逆に遊んでやったのだ。紅い紅い死の華は、ひどく美しい。
この心を何と呼ぼう。
快楽を求めた。厭いてしまったこの世界に、絶望しながらそれでも、我は生きていたから。
せめて刹那の喜びを。
愚かで弱い人間。それで遊ぶことが、唯一愉悦を感じられた。
――それは『怨み』であったろうか。
ずっと、ずっと、そうして暗い悦びに唇を歪めて。そんな『遊び』を続けるうちに、我は一人の男に出会う。
喪失の狂気に、盲目的になった愚か者だった。聞けば人間としては、それなりに地位のある人物であるらしい。
――『復讐』がしたいと男は言った。
『それも面白い』と我は嗤った。
今度はどんな風に弄ぼうか。どんな風に壊してみようか。今度は少し時間をかけて、国ひとつ滅ぼしてみようか。
刹那を少しでも、長く。だって我の命には果てがない。そう、思って。
――けれども、ここで我は出会った。
それを『運命』と呼んでもいいのだろうか。
ひどく美しい少女。
黒髪にアメジストの瞳。我とは正反対の色彩を持ちながら、炯々とした闘志と歓喜を表した少女。
『遊び』の邪魔者。障害物。ただそれだけで、存外力を持っているようだから暇つぶしくらいにはなるかと、我の下へ招待しただけだった。
それが、どうだろう。
躊躇いのない破壊。その力。意志。笑みに宿った本能。
始まった戦闘に、自然と我も笑っていた。
我が氷を出せば炎を。刃には刃を。空間を歪めれば更なる力でねじ伏せる。
ぞくりと背を這うのは喜びだ。
「「あはははははははははははっ!」」
笑い声だけが、響いた。
これは歓喜。力に力をもって争えることへの、悦び。
これは狂気。持て余した巨大な秘めたるものの解放。
生まれて初めて傷を負い、産まれて初めて治癒を行い、産まれて初めて全力を出した。
この心を何と呼ぼう。
我は―――