第三話 食事と考察
「ヨシトさま~、起きてなの」
「お腹すい、た」
もふもふたちが抱きついて、俺を優しくゆすっている。柔らかい感触が心地いい。あ、天国かな?
俺はそっと目を開けた。
空を覆う青葉の間からわずかな光が差し込み、鳥の囀りが聞こえてくる。
……ついでに体の芯にまで響くような怖い鳴き声も聞こえてくる。森の奥は光が入らず暗いままだ。
まったく天国じゃなかった。視界に例のアイコンメニューも見えるし。
突然、脳裏に昨日の記憶がよぎる。ステータスウィンドウの一部、人外の宣告。
やっぱり、夢じゃ……なかったのか。
頭が重くなって気がして、うつむいてしまう。
寝て覚めたらいつもの部屋を期待していた。
こんな得体のしれない欝蒼とした森なんかに居たくないし、怪しげな巨獣の死体なんて見たくない。魔神なんていう訳の分からないモノになんてなりたくもない。
目の前が真っ暗になり、頭の中がぐるぐる回ってうまく考えられなくなる。今まで意識しないようにしていた感情が溢れだしそうだった。
そんなとき、頬をなでる温かい感触がした。ぺろり、と。
それがなんなのかはすぐに分かった。
いつの間にか固く閉じていた目を、ゆっくりと開く。
肩に乗ったクロが必死に俺の頬をなめていた。その眼はいつになく潤んでいる。
抱きついている二匹の力が強くなった。耳をしゅんと下げたモエギとコガネの目にも涙がにじんでいる。
「あ……」
ゲームの中のペット。それだけの認識だった。それなりに付き合いは長かった。さまざまな場所での狩りや冒険、スパルタ育成だってしてきた。
こうして実際に触れるようになり、深く考えずにもふもふしていた。ゲームの印象が強すぎて、俺はまだどこかで命令を機械的にこなすペットだと思っていたのかもしれない。
しかし、そうじゃないんだな。
こうやって触れれば暖かく、俺が落ち込めば心配してくれる感情だって持っている。ちゃんと生きている存在だと実感してしまった。
こんなわけもわからない状況で、まだこの子たちも不安なのだろう。
ペットという設定がこの世界でも引き継がれているのならば、頼れるのは飼い主である俺だけのはずだ。
ならば、俺がこの子たちを不安にさせてどうする。
ふと、今までの不安や恐怖が嘘のように消えた。
ただ強引に、無理やり抑え込んだだけかもしれない。
だけど、それで良いと思えた。このマイエンジェル(もふもふ)たちを不安にさせないためならば、百年や千年だって抑え続けてやろうじゃないか。
なんたって、そう、俺はこの子たちの飼い主(育ての親)なのだから。
「みんな、ありがとう。
……そして、遅くなってごめんな。俺はもう大丈夫だから、みんなで食べよう」
俺はインベントリから三つの箱とお皿を取り出すと、投げ出されていた毛布の上に置く。ついでに水も出しておこう。飲み物作成用の素材だけど、これ単体でも飲むことができるはずだ。
三匹はまだ心配そうにこちらを見ていたが、順番になでて促すと納得した様子で毛布の周りに集まった。
三つの箱は卵で包むタイプのオムライス弁当で、蓋に使い捨てのスプーンが付いている。お皿のほうは猫用のフードボウルで、子猫用のウェットフードがたっぷりと入っていた。
エルフォーティアというゲームはとにかくリアル志向で、プレイ中に時間が経つとプレイヤーキャラやペットの空腹メーターが赤くなっていく。真っ赤になってしばらく経つとじわじわスタミナが減り、基礎能力とセンスに弱体補正がついてしまう。そのため、慣れたプレイヤーはそれなりの食糧をインベントリに常備している。
俺の場合はキャラとペットの分が必要になるため、常に大量の食糧を持ち歩いていた。これは料理スキル上げの副産物で、ざっと見た感じだとこのメンバーなら七、八年くらい賄える量がある。種類はそんなに多くないからメニューは偏るけどね。
「いただきますなの」
「いただき、ます」
「にゃう」
こうやって実物のモエギとコガネが食べる姿を見るのは初めてだ。ゲームでは食べ物をドラッグすれば食事が終わってしまうあっけないものだったからね。
スプーンを持って食べようとしたとき、どうしても気になったことがあったので声をかけた。
「ちょっと待ってね」
逆手に持ったスプーンを放してもらい、正しい握り方を教えてあげる。
人間の手より少し指が短くて肉球があるけれど、スプーンぐらいなら問題なく持てそうだ。
箸は……もし使う機会があるなら頑張ってもらうしかないかな。
俺は最低限の食事のマナーは大切だと思っている。俺もそこまで詳しいわけじゃないし、この世界がどうなってるのか知らないけれど、一緒に食べて不快にならない程度は必要だと思う。
この子たちが大きくなったときに困らないように、これから気を付けていこう。
「ほら、こう持って食べてごらん。最初は慣れないかもしれないけど、練習してみてね」
「「はい!」」
拙いながらも頑張って食べている。ええ子たちや!
それを眺めながら俺も食事を始めた。
ゲームで作った料理だから味に期待はしていなかったけれど、意外と美味い。前に連れて行かれた行列のできるお店にも負けてないんじゃないかな。高覚醒値な料理センス、恐るべし。
ライスは味が染みていて、鶏肉と飴色の玉ねぎが適度な噛みごたえ……あっ!
「みんなは、その……食べられないものとか大丈夫? 玉ねぎとか」
「大丈夫、だよ」
「いつもヨシトさまと同じ物を食べていたの。もーまんたいなの」
今更の俺の疑問に笑顔で答えてくれる。
大丈夫なのか、少しほっとした。
「そっか、それなら良かった。いっぱい食べて大きくなるんだよ」
「もう、ヨシトさまはいつもそれなの。ワタシはもう立派なれでぃーなの!」
「ヨシト様、心配症。でも、そこがいい」
「あはは、ごめんごめん」
でも俺は知っているぞ。買ったとき、君たちまだ五歳だったよね。四年前の話だから、まだ十歳にもなっていないはずだ。
小獣族の寿命は人間よりも短い。短命とはいってもそれは『エルフォーティア』の中の話で、人間の平均寿命が百歳、小獣族が六十歳ぐらいとなっている。寿命だけ見れば長生きだが、ほとんどが別の死因で亡くなるらしい。通称『村長クエスト』と呼ばれる共通魔法習得用のクエストで、魔力が寿命に関係してくるけど小獣族は魔力が低いから早死にするなど、長い愚痴を聞かされるのだ。
平均寿命から考えても、やっぱりモエギとコガネはまだ子供と呼べる年齢なんじゃないかな。
クロは子猫族というユーザー招致イベント限定で配られた特殊なタイプなので、よくわからないけれど。
ん? あれ? 何かが引っかかるような。
クロのレベルはカンストの『999』だ。カンストとはカウンターストップの略で、これ以上は上がらないマックスの状態をさす。
ペットの場合、レベルがカンストすると、全基礎能力がカンストになるようになっている。これはペットの覚えられるスキルが種族固有スキルのみとプレイヤーキャラと比べて圧倒的に少ないため、基礎能力がそのまま戦闘能力になるからだ。
そして、今のモエギとコガネのレベルは『857』である。まだ魔力はカンストしていないけれど、それでも初期小獣族の千倍以上の値だ。
この先レベルアップしていけば、さらに魔力が上がることだろう。
つまり、他と比べてちょっとばかり寿命が延びちゃうってこと?
えーと、何歳になったら大人になるんだろうね。
この物語は基本的にご都合主義のほのぼの(もふもふ)で進みます。
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