第1話 いつもの朝
カーテンが勢いよく開かれた。
まぶたの向こうまで差し込んできた春の光に、私はたまらず布団を頭まで引き上げる。
「ひなた。起きて」
聞き慣れた声が、頭の上から降ってきた。
「あと五分……」
「その五分を聞くのは、今日で三回目」
「じゃあ、あと一回だけ……」
「増やさないで」
今度は布団そのものを引っ張られた。抵抗して端をつかんだけれど、寝起きの力で勝てるはずもない。温かかった布団はあっさり奪われ、冷たい空気が寝間着の上から忍び込んでくる。
「寒い」
「もう四月も終わるのに?」
「朝はまだ寒いの」
「そう。だったら早く着替えて」
仕方なく目を開けると、ベッドの横に黒川玲奈が立っていた。
艶のある黒髪は、腰より少し上までまっすぐ伸びている。目にかからない位置で切りそろえられた前髪の下には、黒に近い深い紺色の瞳。少し切れ長の目元と整った顔立ちのせいで、黙っていると近寄りがたく見える。
私より六センチ背が高く、細身で姿勢もいい。乱れのない制服に、胸元の淡い青色のスカーフまで、鏡で測ったように左右対称だ。
これほど整った美少女なのに、私の前では呆れたり、怒ったり、寂しそうにしたりする。そのことを知っているせいか、私は玲奈を近寄りがたいと思ったことがなかった。
朝から何もかも整っている玲奈を見ていると、寝癖だらけの自分が余計にだらしなく思えてくる。
「玲奈、おはよう」
「遅い」
「でも、ちゃんと起きたよ?」
「私が起こしたからでしょ」
玲奈は呆れたように息をついた。
黒川玲奈は、家が隣の幼馴染だ。
幼稚園の頃から一緒にいて、小学校も中学校も同じ。高校まで同じ女子校へ進み、二年生になった今ではクラスも一緒だった。
付き合いが長すぎて、朝倉家の中を私より把握しているかもしれない。
お互いの家族も、玲奈が私の部屋にいることをいちいち気にしない。昔から、どちらかの家にいなければ、もう一方の家を探すことになっている。
今日だって、お母さんは玲奈を止めるどころか、私の部屋まで通したらしい。
「明美さんから、ひなたを起こしてって頼まれたの」
「お母さん、娘を起こす仕事まで玲奈に任せたんだ」
「何度起こしても起きなかったって」
「玲奈なら起こせると思ったんだね。信頼されてる」
「感心してる場合じゃない」
玲奈が壁の時計を指さした。
表示された時刻を見て、眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
「遅刻する!」
「だから、さっきからそう言ってるでしょ」
私はベッドから飛び降り、用意していた制服を抱えた。部屋に玲奈がいることを忘れ、その場で寝間着の裾へ手をかける。
「ひなた」
「なに?」
「私は外に出てるから、着替えたら呼んで」
玲奈は顔をそらし、逃げるように部屋を出ていった。
昔は同じ部屋で平気で着替えていたのに、最近は妙なところで細かい。
急いで制服に腕を通し、スカートをはく。
鏡の中には、明るい栗色の髪を肩の辺りまで伸ばした、寝起きの私が映っていた。軽く不ぞろいな前髪の下で、明るい茶色の目がまだ眠そうにしている。
毛先は普段から外へ跳ねやすく、今朝は右側だけが特に好き勝手な方向を向いていた。玲奈のように歩いているだけで振り返られる顔ではないけれど、「笑っていると話しかけやすい」と言われることは多い。
鏡に映る私は玲奈より少し背が低く、細すぎない健康的な体格をしている。運動も、それほど苦手ではない。
とりあえず髪を手ぐしで整えてみたけれど、頑固な寝癖は直らなかった。
「玲奈、できた!」
扉を開けると、玲奈は廊下の壁にもたれて待っていた。
私の姿を見るなり眉を寄せる。
「全然できてない」
「着替えたよ?」
「そういう意味じゃない。じっとして」
玲奈の指が、私の胸元へ伸びてくる。
曲がっていたスカーフを解き、手早く結び直す。顔が近い。玲奈の長い睫毛まで見えたけれど、これも昔から何度も繰り返してきたことだ。
「はい。次は髪」
続いて寝癖を押さえられる。
「痛い、痛い」
「動くからでしょ」
「もういいよ。走ったらまた崩れるし」
「ひなたがよくても、隣を歩く私が気になるの」
玲奈はそう言いながら、最後まで丁寧に毛先を整えた。
一階へ下りると、お母さんが袋に入れたパンを差し出した。
「はい、朝ごはん。玲奈ちゃん、今日もありがとうね」
「いえ。いつものことなので」
「私にも何か言うことは?」
「明日は自分で起きてね」
「お母さんまで玲奈側?」
「最初から玲奈ちゃん側よ」
味方が一人もいない。
私はパンを鞄へ押し込もうとして、なかなか入らずに首をかしげた。昨夜使ったノートや筆箱に交じって、読みかけの漫画と空になったお菓子の袋まで詰まっている。
「ひなた、ちょっと貸して」
見かねた玲奈は鞄から漫画と空のお菓子袋を抜き取り、空いた場所へパンを押し込んだ。
「はい」
「ありがとう。玲奈がいると便利だね」
「便利って言わないで」
私は鞄を受け取り、玲奈と一緒に玄関を飛び出した。
◇
四月も終わりに近づき、通学路の桜はほとんど葉桜へ変わっていた。
道の端には、散り残った花びらが風に集められている。
春の風が吹くたび、玲奈の長い黒髪が背中で揺れる。朝の光を受けた髪は、真っ黒というより、わずかに青く艶めいて見えた。
「玲奈、先に行ってもよかったのに」
「何度も行こうとした」
「でも待っててくれたんだ」
「一人で遅刻したくなかっただけ」
「玲奈なら私を置いていけば間に合ったと思うけど」
「うるさい。口を動かす前に足を動かして」
少し前を歩く玲奈の耳が、わずかに赤くなっている。
急いでいるせいだろうか。
私は小走りで隣へ追いついた。
「ねえ、玲奈」
「今度はなに?」
「パン、半分食べる?」
「いらない」
「おいしいよ?」
「走りながら食べないで」
怒られた。
それでも玲奈は速度を少し緩め、私がパンを食べ終わるまで隣を歩いてくれた。
校門をくぐったときには、始業まであと十分ほどしかなかった。
「間に合った!」
「誰のせいで走ったと思ってるの」
「玲奈のおかげだね」
「反省して」
そんな話をしながら教室へ入ると、先に来ていたクラスメイトたちが私たちを振り返った。
「ひなた、おはよう。今日もぎりぎりだね」
「寝坊?」
「うん。玲奈が起こしてくれなかったら危なかった」
「また黒川さんに起こしてもらったの?」
「いいなあ。私も黒川さんに起こされてみたい」
周りの視線が玲奈へ集まる。
玲奈は表情を変えず、自分の席へ鞄を置いた。
「おすすめしない。何度呼んでも起きないから」
「でも、起きるまで待ってくれるんでしょ?」
「仕方なく」
そう答えた玲奈は、本を取り出して席に着いた。
玲奈は静かにしているだけで目を引く。
私は玲奈のような美少女ではないけれど、よく笑うせいか、話しかけられることは多かった。
私の机の周りには、そのまま何人かが残った。
次の小テストの範囲や、連休中にどこへ出かけるか。話題は次々に変わり、気づけば私は輪の中心で笑っていた。
その中の一人が「今日の小テスト、自信ある?」と聞いた。
「小テスト?」
聞き返した瞬間、教室の空気が止まったような気がした。
「一時間目の英単語。昨日、先生が言ってたでしょ」
「来週じゃなかった?」
「今日だよ」
背中に冷たいものが流れた。
私は机の中から教科書を引っ張り出し、指定されたページを開く。知らない単語がたくさん並んでいた。正確には、見たことはあるけれど覚えていない単語だ。
「玲奈、助けて」
気づけば、玲奈の机の前で両手を合わせていた。
「昨日、範囲を教えたでしょ」
「聞いた記憶はあるんだけど」
「覚えてないなら、聞いてないのと同じよ」
玲奈はため息をつきながらも、本を閉じた。
「全部は無理だから、出そうなところだけ。まずこの五つを覚えて」
玲奈の指が、教科書の単語を順番に示す。
意味だけでなく、似た単語との違いや覚え方まで簡潔に説明してくれた。普段から勉強している人は、焦っているときにも頭の中が整っているらしい。
「ここまで、分かった?」
「たぶん」
「その返事は分かってないときの返事」
「じゃあ、もう一回お願いします」
「最初からそう言いなさい」
玲奈は始業のチャイムが鳴る直前まで、同じところを二度説明してくれた。
小テストが終わると、英語を担当する女性教師の指示で隣の席の人と答案を交換し、その場で採点することになった。
「七十二点」
胸を張るほどではないけれど、何も知らなかった朝の私からすれば大健闘だ。
「玲奈、見て。七十二点」
「そう」
玲奈の答案には、赤い丸が一列に並んでいた。端に書かれた数字は百点。
「玲奈は相変わらずだね」
「ひなたは詰めが甘い。ここ、さっき教えたのに間違えてる」
「でも赤点じゃなかったよ」
「目標が低すぎる」
そう言いながら、玲奈は私の答案の間違いに小さく印をつけた。あとで解き直せということらしい。
ちゃんと「ありがとう」と言うと、玲奈はわずかに目元を和らげた。
◇
昼休み、私は自分の弁当を持って玲奈の席へ向かった。
玲奈に「一緒に食べよう」と確認したことはない。幼稚園のころから、昼になれば隣に座るのが当たり前だった。
「今日の卵焼き、甘いやつ?」
「そうだけど」
「一つほしい」
「自分のおかずがあるでしょ」
「玲奈の家の卵焼きの方が好き」
「毎回そう言って取っていくよね」
文句を言いつつ、玲奈は卵焼きを一つ、私の弁当箱へ入れてくれた。
「代わりに唐揚げあげる」
「いらない」
「遠慮しなくていいよ」
「朝からパンしか食べてないひなたが食べなさい」
朝食の量まで把握されている。
向かいの席には、朝から私と話していたクラスメイトたちが集まった。連休の話の続きらしい。
「ひなた、駅前に新しいお店ができたんだって。連休にみんなで行かない? 買い物して、そのあと甘いもの食べようよ」
「行きたい。玲奈も行く?」
私が尋ねると、玲奈は箸を止めた。
「私はいい」
「予定あるの?」
「ないけど、人が多いところは疲れるから」
「そっか。じゃあ、お土産買ってくるね」
「好きにすれば」
返事が急に短くなった。
玲奈は卵焼きの残りを見つめたまま、こちらを見ようとしない。
さっきまでは普通だったのに。
私は玲奈の顔をのぞき込んだ。
「玲奈、機嫌悪い?」
「悪くない」
「本当に?」
「本当。みんなと出かければいいでしょ」
そう言うなら、そうなのだろう。
けれど玲奈がこういう顔をするときは、だいたい私が何かしたときだ。
何をしたのかは、いつもよく分からない。
それでも、玲奈の機嫌が悪いのは、たぶん私のせいなのだと思う。
私は少し考え、弁当箱に残っていた唐揚げを玲奈の方へ差し出した。
「はい」
「いらないって言ったでしょ」
「お詫び」
「何に対して?」
「分からないけど、たぶん何か」
玲奈は呆れたように私を見た。それから、ほんの少し迷って唐揚げを受け取る。
「……意味が分からない」
「でも食べるんだ」
「返すわよ」
「嘘。どうぞ」
玲奈が一口食べる。
「おいしい?」
「普通」
まだ少し不満そうだけれど、さっきよりは声が柔らかい。
私はそのまま玲奈の隣に座り、連休の予定と、帰りに寄りたい本屋の話を続けた。
◇
午後の体育は、校庭でのバレーボールだった。
運動は嫌いではない。特別上手なわけではないけれど、飛んできたボールを追いかけるくらいはできる。
一方で玲奈は、教室では何でもそつなくこなすのに、体育になると途端に動きが固くなる。
今日も、真正面から飛んできたボールを見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。
「玲奈、前!」
私が横から飛び込み、両腕でボールを受ける。
上がったボールは狙った方向から少しずれたけれど、同じチームの子がどうにか相手側へ返してくれた。
「玲奈、動かなきゃボールは取れないよ」
「分かってる。身体が動かなかっただけ」
「それを動けなかったって言うんじゃない?」
「うるさい」
玲奈は悔しそうに眉を寄せた。
次のボールも玲奈の近くへ飛んでくる。
「腕を出して!」
私が声をかけると、玲奈は今度こそ両腕で受けた。ぽん、と軽い音を立てたボールは、ほとんど真上へ飛ぶ。
「できた!」
「まだ続いてるから、前を見て」
喜んでいた私は、返ってきたボールを額で受けた。
痛くはなかったけれど、みんなに笑われた。玲奈まで口元に手を当てている。
「今、笑ったでしょ」
「前を見ていないからよ」
「玲奈が初めて取れたから、うれしかったのに」
「初めてじゃない」
「じゃあ、今日初めて」
「同じようなものに聞こえる」
玲奈の口調は冷たかったけれど、ほんの少しだけ楽しそうだった。
授業が終わるころには、玲奈はすっかり疲れ切っていた。長い黒髪も風に乱され、いつもの整った姿とは別人のようだ。
「もう走りたくない」
「ほとんど走ってなかったよ?」
「気持ちの上では走ったの」
そんな言い方があるのだろうか。
玲奈の髪に小さな葉が絡まっているのを見つけ、私は手を伸ばした。
「じっとして」
「なに?」
「葉っぱがついてる」
朝に寝癖を直された仕返しのような気持ちで、黒髪を指先ですくう。引っかからないように葉を外し、乱れた毛束を手ぐしで整えた。
「はい、できた」
顔を上げると、玲奈が黙って私を見ていた。
「まだついてる?」
「……ついてない」
「じゃあ、教室に戻ろう」
歩き出した私の後ろを、玲奈は少し遅れてついてきた。
◇
帰りのホームルームが終わると、昼休みに話していたクラスメイトの一人が私の机へやって来た。
「ひなた、これから駅前に寄らない? 昼に話してた新しいお店、今日からなんだって」
「今日?」
「うん。みんなで行こうって話してるの」
楽しそうな誘いに心が動いたけれど、私は先に玲奈の席を見た。
玲奈は帰り支度をしながら、こちらを気にしていないふりをしている。けれど鞄を閉じたあとも、席を立とうとはしなかった。
「ごめん。今日は玲奈と帰るから、また今度でもいい?」
「相変わらず仲がいいね。じゃあ、次は黒川さんも誘おうよ」
「うん。玲奈も一緒なら行く」
クラスメイトが去ったあと、玲奈のところへ向かう。
「お待たせ」
「私は別に、待ってないけど」
「じゃあ、ちょうど帰るところだった?」
「……そういうことにしておく」
玲奈は立ち上がり、私の隣へ並んだ。昼休みに少し硬くなった表情が、いつの間にか普段のものへ戻っていた。
帰り道、私は本屋へ寄りたいと玲奈に話した。
「小テストで七十二点だった人が、参考書を買うの?」
「漫画の新刊」
「やっぱり寄らない」
「待って。宿題もちゃんとやるから」
「朝倉家へ帰ったひなたの『ちゃんとやる』は信用できない」
「玲奈が見ててくれたらできるよ」
「どうして私が見ることになってるの?」
「今日もうちに来るでしょ?」
玲奈は一瞬だけ黙った。
「……ひなたが、一人で宿題をできそうにないから」
「うん。だからお願い」
「少しは否定しなさい」
呆れた声とは反対に、玲奈の足は自然と私の家の方へ向かっていた。
◇
家に着くと、私は制服のままベッドへ倒れ込んだ。
「疲れた……」
「何もしてないでしょ」
声に顔を上げる。
いつの間にか部屋へ入ってきた玲奈が、私のベッドの壁側に座って本を読んでいた。
「玲奈、いつ来たの?」
「ひなたがベッドに倒れる前」
「全然気づかなかった」
「知ってる」
玲奈は呆れながらページをめくる。
ベッド脇の棚には、玲奈が置いている充電器と参考書。机の引き出しには玲奈用の筆記具があり、洗面所には予備の歯ブラシまである。
私の部屋なのに、ところどころ玲奈の物が混ざっていた。
「玲奈、自分の部屋みたいに使うよね」
「昔から来てるんだから、今さらでしょ」
「それもそうか」
私は起き上がり、玲奈の隣へ移動した。
「少し詰めて」
「反対側が空いてるでしょ」
「こっちがいい」
玲奈は何か言いたそうな顔をしたけれど、結局、壁側へ少し寄った。
空いた場所へ横になり、玲奈の肩へ頭を預ける。
「重い」
「ちょっとだけ」
「宿題は?」
「あとでやる」
「そのまま寝るつもりでしょ」
「五分だけ」
「朝も同じことを言ってた」
「今日は体育もあったから、朝の五分より価値があるの」
「五分の価値は変わらない」
玲奈は本を閉じ、机の上を指さした。
「先に宿題。英語の間違いも直す」
「眠気が覚めてから」
「覚めるまで待っていたら夜になる」
そう言われ、私は渋々机へ向かった。
鞄から教科書とノートを取り出す。朝に玲奈が整理してくれたおかげで、今日はすぐに見つかった。
「玲奈、ここ分からない」
「まだ問題を読んだだけでしょ」
「読んでも分からなかった」
「一度、自分で考えて」
玲奈はベッドから動かず、本へ視線を戻した。
それでも私が唸っていると、しばらくして隣へ来る。椅子の横からノートをのぞき込み、間違っているところを指で示した。
「ここ。主語を見て」
「あ、本当だ」
「朝も言ったけど、ひなたは最後まで問題を読まないから間違えるの」
「玲奈がいれば途中まででも解けるよ」
「それでは意味がないでしょ」
「でも、玲奈は教えるの上手だね」
何気なく言うと、玲奈は言葉を止めた。
「……手を動かして」
「照れてる?」
「次に答えを聞いたら教えない」
「ごめんなさい」
それから三十分ほどかけて宿題を終わらせた。玲奈はすべての答えを教えてくれるわけではないけれど、私が自分で正解を見つけるまで、決して席を離れなかった。
「終わった!」
「最初から集中すれば、もっと早く終わるのに」
「玲奈のおかげです」
「明日は一人でやって」
「明日の玲奈にお願いする」
「今日のうちに断っておく」
そう言いながら、きっと明日も見てくれる。根拠はないけれど、昔からそうだった。
私は再びベッドへ倒れ込み、壁側に戻った玲奈の肩へ頭を預けた。
「今度こそ五分」
「好きにすれば」
玲奈の口調は冷たいのに、私の頭を押し返そうとはしなかった。
静かな部屋に、紙の擦れる音が響く。
目を閉じても、玲奈がページをめくる音が聞こえる。
いつの間にか、その音が止まった。
玲奈が動いた気配がしたけれど、眠気に負けて目を開けられない。頬にかかっていた髪を、細い指がそっと払ったような気がした。
すぐに、またページをめくる音が始まる。
それは昔から変わらない、私にとって一番落ち着く音だった。




