256:未来はこの子の手の中
九月十三日 日曜日
艦治とまなみが全世界から各国の要人を招き、盛大に披露宴を行ってからちょうど一年。
「もうすぐ、もうすぐだね」
「早かったような、あっという間だったような」
結婚の儀を執り行い、その後に三日間の披露宴を行った去年とは違い、今日の鳳翔はとても静かだ。
「いっ……、早く出たいみたい」
「何も両親の結婚記念日を狙って出て来なくても良いのにね」
「とっても良い子だと思うけど?」
皇宮内の寝室。キングサイズのベッドの上で、艦治がまなみを背中側から包み込むように抱き締めて座っている。
まなみは昨晩から周期的な弱いお腹の痛みを感じ、ナミの診断により陣痛が始まった事が確認された。
艦治はすぐに全ての公務をキャンセルし、まなみに付きっきりになっている。
まなみに対し、真美と治佳が付き添いが必要かと聞かれたが、艦治がいるから大丈夫と断りを入れている。
両家両親は今、鳳翔内に建てられた井尻家にてそわそわとしながらその時を待っている。
「んんんっ!?」
「息を止めないで、ゆっくり深呼吸しようか」
「ふぅぅぅぅぅ」
ナギがいた元の世界において、自分のクローンの子宮で胎児を育て、時期が来たら帝王切開して取り上げるというクローン代理出産や、自分自身の胎内で育てて、時期が来たら帝王切開して取り上げ、治療用ポッドで傷を塞ぐという出産方法など、いくつか選択肢が用意されていた。
まなみはその中から、人類が古来から繰り返して来た一番原始的な方法、普通分娩を選択した。
自分の力でお腹の中の子を、この世界へと産み落としたいと望んだからだ。
ただし、ナミが分娩時の痛みを可能な限り和らげる、いわゆる無痛分娩という方法を勧めたので、タイミングが来れば寝室から移動して、分娩室へ向かう予定だ。
まなみも苦痛耐性スキルと苦痛抑制スキルをインストールしているが、全ての痛みを無効化させる訳ではないので、外部からの投薬が必要となる。
「んんんふぅぅぅぅぅ」
「陣痛の感覚が五分を切ってるね、昨晩から数えて六時間か。
そろそろ移動する頃合いかも。
でもその前に、水分と栄養を補給しておいた方が良いね」
艦治が亜空間収納から、以前輝がまなみへとプレゼントした、ストンポールのマスター手作りの軽食を取り出していく。
「何食べる?」
「パンよりご飯の気分かな……」
「じゃあはい、これ。
中身はシャケだって」
ラップの包みを剥がして、艦治がまなみに手渡した。
ストンポールは喫茶店なので、軽食全てがパンかと思いきや、ちゃんとおにぎりまで用意してくれていた。
おにぎりにかぶりつくまなみの様子を見ながら、艦治がコップにお茶を注いで手渡す。
「日本時間で午前六時半かぁ、かんち寝れてないよねぇ?」
「全然大丈夫だよ」
陣痛が来てから分娩に至るまで、人にもよるが初産の場合はだいたい十二~十五時間ほど掛かる。経産婦であれば六時間~八時間だが、場合によっては二十四時間以上掛かる事もある。
分娩間近の妊婦は、痛みに耐えながらも体力を回復させる為に睡眠を取る、という男性には想像する事が出来ない経験をする。
陣痛の感覚が五分刻みになると、ほぼほぼ分娩間近と言って良い。
まなみの場合、初産にしてはかなり順調なペースとなる。
「食べ終わってからで良いから、ナミが子宮口を確認させてほしいって」
「うん、分かった。でももうちょっと食べてからね」
追加でおにぎりを二個お腹に入れた後、まなみがナミの寝室への入室を許可した。
ナミがベッドサイドから、まなみが着ているマタニティワンピースの中を覗き込む。
「子宮口全開です。
破水する前に分娩室へ移動された方がよろしいかと」
「おっけ分かった。まだトイレ行っても大丈夫?」
「はい、いきまないよう気を付けて下さい」
艦治とナミの手を借りながら、まなみはベッドから降りて、寝室内のトイレへと向かう。
艦治はトイレの前まで、ナミはトイレの中まで付き添って、用を足した後、ようやくまなみが分娩室へ向かう事となった。
いつもであれば、寝室から分娩室へワープゲートで一瞬で移動出来るのだが、寝室の近くに分娩室を用意したので、せっかくだから自分で移動したいとまなみが希望していた。
「ごめん、やっぱ歩くのは辛いかも」
「じゃあこれに座って」
艦治があらかじめ用意していた車椅子に、まなみがナミに支えられ、ゆっくりと腰掛けた。
「じゃあ動くよ」
艦治が車椅子を押して寝室を出ると、廊下には無数のナギ型ヒューマノイドとナミ型ヒューマノイドが壁を背に立っていた。
「あんた達よくよく見ておきなさいよ、ご先祖様のお勤めを」
全てのナギ型ヒューマノイドとナミ型ヒューマノイドが未来から遠隔操作されており、二代目皇王陛下の誕生という歴史的瞬間に立ち会おうとしている。
もちろん事前に艦治とまなみの許可を取ってある。
エイプリルフールの時は特例であり、現在は事前に許可のない未来からの遠隔操作は禁止事項と定められている。
「さすがに分娩室には入れないからね?」
「えぇ? 私は別に良いけど」
「いや絶対止めて。僕が嫌だから」
「だって、諦めてね。
ぐっ!? ふぅぅぅぅぅぅ」
分娩室の自動ドアが開き、艦治とまなみ、そしてナミが入って行くのを、全てのヒューマノイドが最敬礼で見送った。
その三十分後、艦治とまなみ待望の長男が、無事この世に産み落とされた。
「この子があの時の黒ずくめの男とはねぇ」
「不思議だよねぇ」
「人類初の宇宙船生まれか、新たな力とか備わるのかな?」
「初めての新大陸生まれはいつになるんだろう」
「そっちは当分先になりそうだね」
出産後の諸々の処置を終えて、まなみと長男が艦治の待つ寝室へと戻って来た。
まなみはベッドで、長男は浮遊式ベビーベッドで横になっている。
「ちぃさいおてて」
「この子にこの世界の未来が託される訳か」
「しっかり育ててあげないとねぇ」
艦治とまなみは、クローンの身体に脳細胞を移植して、脳が元気である限り生き続けられるというナギとナミの提案を断った。
終わりがあるからこそ、美しい。
終わりがあるからこそ、愛おしい。
終わりがあるからこそ、より良い未来を創造出来る。
艦治もまなみも、天寿を全うするという選択をした。
ナギもナミも悲しんだが、子供達を支えてほしいとお願いされると、素直に従った。
「おっと、みんなが二人の顔を見たいって騒いでるって」
艦治にナギから電脳通話が入った。
昨夜からナギ以外からの電脳通話を全て遮断していたので、ナギへ状況を確認した誰かが長男の誕生を知ったのだろう。
「うーん、もうちょっとだけ三人でいたいな」
「そうだね、もうちょっとだけね」
そう言って、二人は唇を重ねたのだった。




