12.「ドラファの四十六億年(2)」
「神さまに殺されちゃったんだ……」
「そうじゃ。じゃが、皮肉なことに、死ぬ寸前、妾は〝きちんとした意識――人格〟を生まれて初めて得たのじゃ。と同時に、靄が晴れて、初めて意識がクリアになったのじゃ。実は、神の掛けた呪いを自力で解いて再び寿命を無くすことも出来たのじゃが、そうすると、嘗てのように自我を失い暴走してしまうので、やらなかったのじゃ」
僕の言葉に、ドラファは複雑な表情を浮かべる。
殺されたのは悲劇だけど、今のドラファになれたのは、そのおかげだったんだ。
「まぁそれはともかく。随分と御立腹だったようじゃのう、神よ? 創造神たる自分の意思とは無関係に生まれた妾が、折角創った宇宙を滅ぼしかねないほどの力を蓄えていたのじゃからのう。しかも、寿命が無く、永遠に存在出来る生物という、自然の摂理にも反していたのじゃから、始末が悪いことこの上なかったのじゃろうな」
「自分で良く分かっているではないか。この二千年で多少は賢くなったようだな」
「お陰様でのう」
ドラファが肩を竦める。
「とまぁ、他の生物ならば有り得んほどの力を持っていた妾は、寿命によって死んだ後も、完全に消滅してはおらず、意識を保っていたのじゃ。それどころか、世界に干渉する力すらも有していたからのう。そして、『どうすれば復活出来るか』を常に模索しておった」
それから千年経ったある日――つまり、今から千年前に、ドラファは千年間掛けて考えたある計画を実行することにした。
「まずは、異世界――の日本という国から、一万人の若い男女――男女それぞれ五千人ずつを異世界転移させたのじゃ」
彼女曰く、現状に満足しており、幸福を感じている者ほど、異世界転移に対して抗う力が強く、「この現実から逃避したい」と思っている、絶望している者ほど、抵抗力が弱く、異世界転移させやすいので、後者の一万人の若い男女を選んで、異世界転移させたとのことだ。
「あ、だから全部日本語だったんだ!」
僕は、ようやく合点がいった。
この異世界に住んでいる人たちは、ドラファによって千年前に、日本から異世界転移させられた人たちの子孫だったんだ!
「ちなみに、その際、西暦1998年当時の日本から異世界転移させたのじゃ」
「細かっ!」
「その当時、日本はあの異世界内で一番の自殺率だったからのう」
日本人でも、その当時のことをそこまで詳しく把握している人はそんなにいないだろうに、すごい!
「加えて、その人間たち全員の記憶と知識は消したのじゃ。異世界転移させやすいのは良いのじゃが、日本人は無宗教の者が多いので、そのままだと〝ドラゴン教〟を信仰してもらいにくいと思ってのう。ただし、妾のことはあくまで〝レジェンドドラゴン〟として扱い、神という呼称は使わないこととしたのじゃ。神として扱ってしまうと、妾ではなく、神が民衆の信仰による力を得てしまうからのう」
ああ、だから神とは呼ばれていなかったんだ。
「もう一つの理由は、近代の知識があると、銃などの近代兵器を作れてしまう可能性があり、そうすると、魔王とモンスターたちを銃器で殺してしまい、怖がってくれないかもしれなかったからじゃ。そういった理由でも、記憶と知識を消す必要があったのじゃ。と同時に、他者、または自分の顔を湖面や鏡などで見て何かを思い出すことが無いように、見た目も其方のいた世界の中世ヨーロッパのような、白人の見た目に変えたのじゃ。遺伝子レベルで。それにより、子孫もまたその容姿を受け継ぐこととなったのじゃ」
なるほど。転移者たちから受け継いだのは、言語だけってことだね。
「それにより、現代科学の知識のみならず、自分が絶望していたことも忘れて、精神が安定した状態で生きることが出来るようになったのじゃ。大陸のど真ん中、大自然に放り込まれた一万人の若い男女は、訳が分からないながらも、協力し合って、生き抜いていったのじゃ」
想像するとすごいね、その状況……ある意味極限状態だね……
「彼らにとって正にゼロからの出発じゃったが、千年後には、異世界の中世ヨーロッパと同じくらいの文明レベルになっておったのじゃ。また、この世界には魔力も存在することで、剣だけでなく、魔法も発達したのじゃ」
ドラファいわく、この千年間で、最初一万人だったこの世界の人口は、百倍――百万人にまで増えているらしい。
「千年前、人間たちを異世界転移させたと同時に魔王とモンスターたちを生み出したのは、妾じゃ。人間たちが魔王とモンスターたちを怖がり、救いを求めて、伝説のドラゴンである妾を信仰するように仕向けたのじゃ」
ん?
ってことは、この世界の人間もモンスターも、全部ドラファが関わっているってことだね。
「ドラゴン教が唯一の宗教であり、他の宗教が発生しそうになる度に、色々と裏から手をまわして、叩き潰したのじゃ。その結果、この千年間ずっと、ドラゴン教のみがこの世界の宗教として信仰されてきたのじゃ。実際、この大陸にある十ヶ国全てで信仰されておるからのう」
そこに、神が横から――というか、はるか上空から口を挟む。
「先刻、お主は、儂の怒りの原因はお主の常軌を逸する力と寿命が無いことだと言ったが、もう一つ付け加えておこう。何しろ今回こうしてわざわざ儂が姿を現したのは、そのためだからな。それは、お主がまるで儂のように――神のように、信仰されることで力を増す、というシステムを、千年掛けて構築したからだ」
僕は驚愕に目を見開く。
そんなことが出来るだなんて!
本当に神みたいだ!
神は静かな怒りと共に言葉を継ぐ。
「正に神への冒涜。許されざる蛮行だ。故に、お主を殺す。今度こそ、復活出来ぬよう、完全にな」
「!」
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