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精霊王


王都を発って七日――

森の中、霧が晴れるように視界が開けた瞬間だった。


目の前には、白銀の光に包まれた大樹と湖。

風が止まり、空気が違う。


まるで時間そのものが、そっと呼吸をやめたようだった。


「……神界に、少し似てる」


ぽつりと呟いたサテンに、誰も返す者はいなかった。

ただ、その場にいた誰もが同じ感覚を抱いていた。


まるで、神々の庭を覗いてしまったような、そんな錯覚。


そのとき――


奥の木陰から数人のエルフが姿を現した。

皆、顔に困惑を浮かべ、警戒しながらもどこか不安げな視線をサテンたちに向ける。


「……王国内にいるエルフたちを解放しに来た。

ほんの少しだけでいい、精霊王と面会させてほしい」


サテンがそう口にした、まさにその時だった。


「この私に会いたいという人間は――お前か?」


声が森の奥から響いてきた。

それは風のように軽やかで、どこか意地悪な余韻を含んでいた。


「妙な雰囲気のある奴だな。……エルフを解放するとは、いらぬことを!」


その声が怒気を孕んだ瞬間――


眼前にいたはずのエルフたち、そしてサテンが連れてきた元・奴隷のエルフたちが、一瞬にして姿を変えた。


石、葉、花びら、水……

すべての身体が、森の自然物へと戻るように分解されていく。


「っ……!? サナ、これは――」


「知らない……私、こんなの……初めて見た……」


サナもまた、完全に混乱していた。


そんな中、再び声が響く。


「後ろの人間二人――人質として預かろう。

何もせず帰るなら、無事に返す。だが、もし里に入るというのなら……その覚悟、見せてもらう」


声には悪意も殺意もない。だが、絶対的な支配者の余裕があった。


サテンはわずかに目を伏せ、そして答えた。


「……俺の目的は、中に入ること。

人質が安全であることを証明してくれるなら、俺は構わない。

何もしないのなら、俺もしない――ただ、エルフを連れてきた礼だと思ってくれ」


その瞬間、森がざわりと揺れた。

どこかで小さな木の実が落ち、空気に微細な精霊の光が舞った。


やがて現れたのは、白いローブに身を包んだエルフの女性だった。

年齢も性別すら曖昧なその容姿は、自然そのものが歩いているようだった。


「精霊王の命により――案内する。監視も兼ねてな」


その口調は無機質だったが、どこかで何かを測っている気配がある。


こうして、サテンとサナ、そして少数の騎士団員だけが、エルフの里の中心部へと通された。

森の奥深く。


そこに広がっていたのは、常識を裏切る光景だった。


巨大な大樹の根元には無数の“果実”が実っており、

その中には、目を閉じて静かに浮かぶエルフたちの姿が――。


「……エルフが、……果実に……?」


サナが呆然と呟いた。


「そうだ」


案内役のエルフが、表情を変えずに語り出す。


「この木――“始源の樹”から生まれるのが、我々エルフ。

ただし、“真のエルフ族”であるハイエルフは別だ。

彼らは生殖能力を持ち、血を継ぐ。だが私たち――この果実から生まれた者は、違う」


「……じゃあ、君たちは……」


「量産型。“スパイエルフ”と呼ばれている。

感情は抑制され、命令に忠実。記憶も精霊王に共有してる。

世界各地に放たれ、情報を集めるのが役目だ」


言葉の一つ一つが、サナに衝撃を与えていた。


「じゃあ……私の知ってるエルフたちは……みんな……」


「おそらく、“我々”だろう」



サテンは不思議に思っていた。

なぜここまで重大な情報を、自分たちに明かすのか。




「貴様は……何者だ?」


どこからともなく、再びあの声が響いた。


「人の姿をしているが、神とも違う。……だが、何かが違う。

我が本能が告げている。貴様は、世界に干渉すべき存在ではない……と」


その言葉に、サテンはわずかに微笑した。


「そうかもな。だが、今は干渉してるだろ? お前がエルフたちを閉じ込めたように、俺も俺のやり方で“開いて”いくさ」


風が揺れ、始源の樹がざわめいた。


精霊王は答えなかった。だがその沈黙は――容認に近かった。

エルフの里の大樹、その幹にそっと触れた瞬間だった。

サテンの意識がぐにゃりと捻じ曲がる。


次に目を開けたとき、そこは──


重力も音もない。

ただただ、白と黒の無限空間。


上も下もなく、地平は常にうごめき、まるで世界そのものが「呼吸」しているかのようだった。


「ようこそ、我が根源ルーツへ」


声が響いた。どこからともなく。だが、確かにそこに“意志”がある。


現れたのは、白い長衣をまとった一人の存在。

男女の区別はない。肌は白く、髪は緑がかった銀。

その目だけが、異様だった。

金と黒が螺旋を描き、まるで自然そのものが憎しみを持って凝視しているかのようだ。


「お前が……精霊王か」


「名乗るに値しない。自然とは名を持たぬもの。だが、ここでは便宜上、“精霊王”と呼ばれる。貴様は何者だ? 人間ではない。だが神でもない。……わからぬのだ、貴様の“輪郭”が」


「お前こそ……王って呼ぶには、ずいぶん神経質なやつだな」


にやりと笑ってサテンは手を広げた。


その瞬間──


風がうねり、光が裂けた。


精霊王が虚空を指先でなぞると、その軌跡から無数のつたと刃のような木片が飛び出し、サテンに殺到する。


「問答は不要。貴様が世界を揺るがす前に、“剪定”する」


「そうか……なら、遠慮なくやらせてもらう!」


サテンは身体を反転させ、旋回するように蹴り上げた。

その一撃だけで、迫り来る蔦の群れが爆ぜる。

だが──直後に空間が歪んだ。


足元がねじれ、逆さに現れた精霊王の腕が突き出される。


「森の息吹シルヴァ・ノート


瞬間、空間全体がサテンの身体を締めつけた。

何千、何万の枝葉が身体を絡め、意識を押し潰してくる。


「っぐ、あああっ……!」


肉体が裂けそうになる。だが、それでもサテンは叫んだ。


「甘いな……っ、俺を……“枠”に閉じ込められると思うなよ!!」


その言葉と同時に、身体が赤く脈動した。


神性でも魔力でもない。

ただ――世界に噛みつこうとする“意思の塊”。


サテンが右腕を振るうと、蔦ごと空間そのものが一線に切り裂かれた。


空間が悲鳴を上げる。

そしてその中心に立つサテンが、低く言い放つ。


「今の俺は、ただの人間じゃねぇ。……“壊す”ために在る存在だ」


精霊王は一歩後退したように見えた。


「なぜ、そこまでして……エルフを助ける?」


「助けたいからだ。……そんな理屈が必要なのか?」


「感情で動く者は、いずれ世界を乱す。だから我は調和を選んだ。

スパイエルフを送り出し、情報を集め、あらゆる異物を抑える。

“意思”とは破滅の種に過ぎん。貴様がその証だ」


「調和ってのは……都合のいい“支配”の言い換えだ。

自由を奪って、意志を封じて、何が世界の安定だ!」


サテンは地面を踏み砕く勢いで跳び上がった。


拳が風を裂き、精霊王の頬を掠める。


その瞬間、周囲が爆発した。

圧力と光の衝突が、空間の一部を“欠損”させる。


だが精霊王もまた無傷ではない。


頬にうっすらと血の筋。

その赤は、森にも草にも似つかわしくなかった。


「我にも……血が、流れているのか……?」


精霊王は呆然とその指先を見つめた。


サテンは着地し、ゆっくりと距離を詰めながら言った。


「お前もまた、“完璧”じゃない。

それでも、全てを閉じ込めようとするなら……俺は全部、壊すしかねぇ」


「貴様は、破壊の徒か……それとも、“始まり”の予兆か……」


「どっちでもいい。これは俺の意思だ」


精霊王の目がわずかに細まった。

直後、空間に再び裂け目が生まれ、木々の幹でできた無数の獣たちが現れる。


だが──そのすべてが、サテンの怒声とともに消し飛んだ。


「吠えろ、虚無より来たるもの(オーバーレイ)!!」


叫びとともに広がる漆黒の光。

それは精霊王の“自然”を呑み込み、無に還す。


最後に残ったのは、両者が正面から向き合う一点。


静寂。


時間が止まる。


そして精霊王が、ようやく口を開いた。


「……我はまだ、貴様を完全に理解できない。

だが……この一撃に、我が“認めた証”を込めよう」


次の瞬間、空間全体が緑と金に染まった。


木々の精、風の精、土、水、雷、火──

あらゆる精霊たちのエネルギーが精霊王の腕に集約されていく。


「精霊界究極術──《六精統律・終の閃華セフィロト・グレイス》!」


巨大な光がサテンに向けて放たれる。

全てを貫き、断ち、燃やし、凍てつかせ、打ち砕く。世界そのものを閉じる光――


サテンはそれを見据えながら、ただ一言、吐き捨てた。


「俺を……閉じ込めようなんて、百万年早ぇよ」


光が、闇に飲まれる。


世界が、ふたたび沈黙した。

あまりに静かだった。

誰もが言葉を失い、ただ精霊王の口から発せられた言葉を信じたくなかった。


現実世界

「……彼は、もうこの世には存在しない。

我が全霊力と空間支配をもって、時空の彼方──永遠に閉ざされた次元へ封じた。

サテンという存在は、二度と戻らぬ。……それが、自然界の秩序のためだ」


その言葉に、サナの顔が凍りついた。


「……嘘、でしょ……」


「そんな、こと……」


と、その瞬間──


空間が軋んだ。


まるで、見えない何かが次元の“壁”を拳で叩いているような……

深く、低く、世界の裏側から響く音。


風が逆巻き、空が揺らぐ。


「な、何……!?」


「空間が、裂ける……!」


精霊王が目を見開いた瞬間、

時空に黒い亀裂が走った。


そこから──聞き慣れた、あの声が響き渡る。


“精霊ごときが、神を封印だ?……随分と威勢のいいことを言うじゃねぇか”


ゴゴゴゴゴ……!!


異次元から現れたのは、光と闇の裂け目。

そこから一人、堂々とした足取りで現れた男が姿を現す。


サテンだった。


上半身には無数の傷痕が走っていたが、瞳はなおギラつき、口元には余裕の笑みすら浮かべていた。


「やれやれ、ずいぶん退屈だったぜ。こんな空間ごときで“神”を閉じ込めた気になるとはな」


精霊王が、絶句する。


「……不可能だ……あれは……閉じたはず……!」


サテンは手にしていた無骨な木の棒をひょいと持ち上げると、そのまま地面ではなく──次元の壁に突き刺した。


「こんなもんで十分だろ。

見せてやるよ、俺の力を」


声とともに、彼は叫んだ。


「Divine Dimensional Gate」――神の異次元ゲート!


突き刺された木の棒が、まるで神の楔のように時空をえぐる。

世界の“法則”そのものが軋み、裂け、空間がねじれる。


精霊王が一歩後ずさった。


「ば、馬鹿な……それは神話の時代の――!?」


「黙って見てろよ。

次は……“これ”だ」


サテンがゆっくりと手を掲げる。


周囲の空間が赤く染まり、風が荒れ狂う。


手にした木の棒が、光を帯び始める。


そして、彼は静かに告げた。


「Judgement of the Divine Wrath」――神の怒りの鉄槌!


振り下ろされたその一撃は、雷でも炎でもなかった。


ただ――


“絶対”という名の衝撃。


天地が震え、空間が悲鳴を上げ、

精霊王の身体は抵抗も虚しく宙に吹き飛ばされ、そのまま大樹の根元に叩きつけられた。


「ぐ、あああ……!!」


精霊王は呻き、地に伏す。


周囲の精霊たちが一斉に動揺する。


サテンは彼を見下ろし、つぶやいた。


「次元ごときに、俺を閉じ込めようなんて……百万年早ぇんだよ」


サナが叫ぶ。


「サテンっ!!」


その声に、サテンはいつものあの笑みを浮かべて振り返る。


「よォ、待たせたな」


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