ヒロインだからってハッピーエンドとは限らない
……そんな私の悩みとは裏腹に、レニー様は男爵令嬢のとりまきをやめた。あっさりと。しかも、とりまき仲間だった第二王子とも距離を置いたらしく。出世は諦めたんだろうか。
キーティング家は伯爵位で、恵まれた領地をお持ちだぞと母親に教えられました。商会も持ってて、かなり儲けてらっしゃるらしく!
だから第二王子の側近にならなくても全然平気っぽい。どの世界でも金は正義なんだと納得する。
でもイケメンと恋愛したいなーって言ったら、結婚して子供産んでから好きなだけイケメンの恋人を取っ替え引っ替えしなさい、と言われた! 母よ! そんなふしだらなことを娘に教えるなんて!
レニー様は他のとりまき仲間に戻って来いと声をかけられても断っているとか。男爵令嬢に直接言われてもそっけないらしく。
恋が冷めたのだと噂されている。……となると、私との恋愛は可能なのかなー、なんて思ったりして。期待しちゃったりもして。
私としては気遣いのできる優しいイケメンと結婚したいので、レニー様はあり。全然あり。友人たちはヒロインのとりまきをしていたことがネックみたいで、微妙だと言われてしまった。もっと良い人がって言われる。顔についてももっと上がいる! って言う。イケメンでもオレ様は嫌だなー。
考え方は人それぞれなので、友人の意見を否定したりはしない。否定的な意見も私のことを思ってくれてるんだと思うからそのまま受け止める。
貴族社会だから、フレネミーだらけなんじゃないかと警戒したけど、そんなこともなく。
友人に恵まれてるのは幸福だって祖母が言ってた。
「ローザ?」
今日はレニー様に誘われてガーデンパーティーに参加。レニー様ってば私の横に立ち、日傘をずっと持ってくれている。
愛称で呼ばれちゃう仲にもなって、婚約生活順風満帆ですわ。
「申し訳ありません、少し、疲れたようです」
デイドレスだけどコルセットしてるから暑くって。苦しいし暑いし。汗かくとお化粧崩れちゃうじゃないですか、やだなー。今も昔も? 夏のデートは大変。いやマジ、額の汗を拭きたい。
「あちらの日陰で少し休もう」
レニー様に案内されて、パーティー会場の端に用意された椅子に腰掛ける。
……あ、ここ、風が通って気持ちいい。丁度良い感じに樹の枝で日差しが遮られてる。さすがイケメン! 素晴らしい配慮!
「飲み物をもらってくる。少し待っててくれ」
レニー様は私の侍女に目配せをして、飲み物を取りに行った。
更に飲み物までー!
至れり尽くせりですね! イケメ(以下略)
……そう、婚約してからというもの、レニー様は一時が万事こんな感じで、私にとても気を配ってくれる。突然雨が降り出せば傘を差してくれる。自分が濡れても。そういうのに弱いんですよねー、私。
チョロいなって思うけど、大切にされてるって思うときゅんとしちゃう。
「ローザ」
声のしたほうを向くと、友人のシャーリーだった。
「貴女も招待されていたのね」
「キーティング様は?」
「飲み物を取りに行ってらっしゃるわ」
シャーリーは私の隣の席に座ると、レースの扇子を広げた。
「キーティング様、本気なのね」
なにに本気なのかと聞き返すと、シャーリーはコロコロと笑う。
「いやだわ、貴女のことよ、ローザ」
「私?」
そうよと答えてシャーリーは目を細めた。
「ポーリン様を諦めて、ローザを大切にするって話よ」
ポーリン様とはヒロインの名前。
ポーリン・ド・パパバシリオ。男爵令嬢。庶子らしい。見た目極上。とりまき勢も極上。言いづらいのに妙な勢いがある家名だ。
「ローザのことをとても大切になさってるものね」
「そうなの、謎でしょう?」
「何故謎なのよ。報われない恋よりも、身近にあった真実の愛に目覚めたって言われてるわよー。下がっていた株も上がったらしいし」
婚約者のいる身でありながら、ヒロインばかりにかまけている第二王子。心象は良くないようだ。当然といえば当然か。悪役令嬢は大抵良いトコのお嬢様で、そんなお家のお嬢様差し置いてねぇ、なにやっちゃってんの、って思うだろう。でもあまーい考えの人は若さ故とか言っちゃいそー。変なフラグ立つからそういうの言わないほうがいいぞ!
「ロザリンド様!」
いきなり大声で名前を呼ばれて私もシャーリーもびっくりして、声の主を見た。
噂していたポーリン様ご降臨!
可愛いな、至近距離で見ても本当に!
「レニーを解放してください!」
おっとー、お約束のセリフ来ましたね!
こんなアホな言葉を本当に口にするとは。うぅん、さすが異世界転生もの。
ところでこれはヒロインがざまぁされる奴でしょうか、悪役令嬢がざまぁされる奴でしょうか? その辺気になるところですねー。
「……解放とは、どういう意味でしょう?」
とりあえず、対決しちゃおっかな!
「そのままの意味です! レニーは貴女と婚約してから私たちと一緒にいるのを止めたの。貴女がそうさせてるんでしょう?」
おぉー、これもまた鉄板。お約束のセリフの連続にニヤニヤしちゃいそうになる! やだー、面白いなぁ、このシチュエーション!
「私からお願いしたことなどありません。レニー様がそうおっしゃっていたのですか?」
「貴女に気を遣ってるんだもの、そんなこと言うわけないわ!」
じゃあ私の所為じゃないと思われ。
「では、私の所為ではありませんね」
「認めないの?!」
むしろなにを?!
「私たちにレニーを返して!」
どういう理屈なのコレ?
「パパバシリオ様にとってレニー様はなんなのでしょう?」
答え知ってるけど聞いちゃうぞー。
お友達とか言うんでしょ?
「お友達よ!」
はいキタ! 思ったとおりの回答ありがとーございまーす!
「友人関係とは、婚約者を上回る関係性なのですか?」
煽っちゃう! 楽しいから煽っちゃうよ!
「そんなことはないわ! 貴女が私たちとレニーが一緒にいることを認めないからだわ!」
おぉっと、話が振り出しに戻ったぞ。
分かってたけど。
テンプレートでもあって、それになぞって言わないといけないお約束にでもなってるのかと勘繰りたくなりますなー。
「パパバシリオ嬢!」
……あ、レニー様登場。顔色が悪いわー。
「レニー!」
ポーリン様嬉しそうー。自分の味方になってくれるって信じて疑ってない顔ですねー。ところでその自信どっから来るの?
「パパバシリオ嬢、ローザになにを言ったんだ?」
怒ってる。レニー様ってば怒ってらっしゃる。
ポーリン様もそれに気づいたらしく、分かりやすく目が泳いだ。おかしなこと言ってる自覚あったのかー。あの不思議キャラは作り物ってことかー。強かだなー。
「前にも言ったとおり、私はパパバシリオ嬢たちとこれまでのようには付き合えない」
「ロザリンド様が嫌がるからでしょう?!」
「だから、この前も言ったけれど、ローザはそんなことを望んだりはしない。自分の意思で君たちと距離を置いてる。ローザとの仲を邪魔しないで欲しい」
おぉー、おおぉー、レニー様ってばはっきり言うタイプなんだ! しかもこの言い分だと、ポーリン様のことをもうなんとも思ってない様子?
「私が! 私がレニーの想いに応えなかったから?!」
お……おぉ……こっちも負けてないな……。
それにしてもヒロイン、なんでここまでレニー様にこだわるんだろう?
「とりまきたち、親に怒られて領地に連れ戻されているみたい」
私の疑問を読んだかのように、シャーリーが隣でぽそりと呟いた。驚く私を見てにんまりと微笑む。
さすがの情報通……。
なるほど、とりまきが減ったからレニー様を取り返そうってことかー。えー、それ自分のためだよね……。
「確かに以前は君に憧れたこともあったけれど、今はもうなんとも思っていない。今はローザで頭がいっぱいなんだ!」
なんですとー!
聞き間違いでなければ私の愛称もローザですー!
「私のことかしら?」
一応念のため、シャーリーに聞く。
「婚約者の名前がロザリンドで、愛称がローザで、別人の恋人がいてローザって名前だったらどうかしてるわよ」
「そうよね」
あからさまにショックを受けた顔のポーリン様は、あろうことか私を指差した。
コラ、お母さんに人を指差しちゃ駄目って教わってないのか? そうじゃなくとも令嬢としてさっきからずっとあかん感じなのに。
オーディエンスすごいんだけどなー。
「目がおかしくなったんじゃないの?!」
だいぶ酷い。
事実でも言っていいことと悪いことがあるぞ!
「私が君に関心がなくなったのは、そういうところだ! 上っ面ばかりで人のことを判断する。私も見た目で君にひかれたから人のことを言えないが、ローザと出会って気づいたんだ」
え、私と出会って気づいた? なにを?
そんなふうに言われると急に不安になるよね。
「ローザはいつも穏やかに微笑んでいて、誰に対しても優しい。誰かだけに優しいんじゃないんだ」
それはさ、この世界の人たちが皆美形で、見ているだけで私の心が癒されて、大概のことはどうでもいいって思っちゃうからで、決して私の性根が清いわけではないのですよー。……というのが真実なんだけど言えないからなー。
うん、こんな時は笑って誤魔化すのがベストだよねー。
「私がすることなすことに感謝してくれる。心からそう言ってくれているのが分かるんだ。嬉しくてローザになんでもしたくなる」
「……あれ、ローザのこと?」
シャーリーに聞かれた。
「そのはずなんだけれど、少し自信がなくなってきたわ」
イケメンが甲斐甲斐しく色々してくれるもんだから嬉しくて。心から感激はしましたねー。
「もう私にもローザにも関わらないでくれ」
「酷い!」
そう言って泣いて去って行ったポーリン様。
「平民って皆あのように強かなのかしら?」
「彼女引き取られてから十年は経過しているらしいから、どうかしら」
ヒロイン専売特許の鬼強メンタルかぁ。
「ローザ」
顔色の悪いレニー様が何故か私の前に跪いた。
それを見てシャーリーは私の手にそっと触れ、その場を去った。
「すまない。私の所為で不快な思いをさせて」
「不快な思いだなんてそんな……」
むしろ楽しんでました。煽りもしました。ゴメンなさい。
レニー様は真剣に言い返してたし、本当に嫌だったんだろうなぁ。
「レニー様こそ、大変な思いをなさっていたのですね」
色々と心中お察しした!
「ただ、あのように思っていてくださっていたことを知れたのは、嬉しいです」
そんなつもりなかったけど、喜んでくれてたんなら私としても嬉しい。
レニー様の耳が赤くなる。顔が赤くなるのもいいけど、耳が赤くなるほうが可愛いよね! イケメンの恥ずかしがる姿とかご馳走様ですー!
「先程の言葉は、嘘ではなくて……その……本当にそう思っていて……」
「はい」
んんん、可愛い。
カッコかわよ。
もにゃもにゃしだしたレニー様を立ち上がらせて隣に座らせる。
「私がパパバシリオ嬢に惹かれていたのは事実なんだけれど、ローザと婚約してから、なんて言うか……自分に向き合えるようになったんだ」
「向き合う、ですか?」
レニー様は小さく頷いた。
「それまでは自分の容姿も、なにもかもに不満を持っていたんだ。でもローザと接するうちに、駄目な自分を受け入れることができるようになって、もっと頑張ろうと思えるようになった。以前は頑張らなきゃって思って、正直辛かった」
そう言って視線を落とすレニー様の表情は暗くて、辛かったのが見ているこちらにも伝わってくる。
頭とか撫でたいけど、それは男子の繊細なプライド刺激しちゃいそうだからぐっと我慢。
イケメンに見惚れてにやにやしていた記憶しかない私としては、なんだかこそばゆくて仕方ない。
……が、私イケメン見れて幸せ! イケメン自分受け入れて幸せ! WIN-WIN! スバラシー!
「レニー様のお心がポーリン様におありなのかとずっと不安に思っておりました」
「ない! むしろ思い出したくない!」
分かります、黒歴史って奴ですよね。
後々まで苦しめられるんだよねー、アレ……。
「……ずっと気になっていることがあるんだ」
「なんでしょう?」
不安そうに私の顔を覗き込む。
ちょっと犬っぽいね。犬属性持ちも歓迎ですよ!
「私なんかでローザは満足してくれるんだろうかと……もっと見目の良い者も、頭の良い者も、いるだろう? 私はこのとおり平凡だ。生家の事業が上手くいっているから、君に一生不自由はさせないと思う。けれどそれだけだ」
え、充分じゃ?
レニー様よりもイケメンな人は世の中にいっぱいいるし、頭の良い人も、家柄の良い人も、お金を持ってる人も、性格の良い人もいるんだと思う。
でもほら、相性ってあるじゃないですか。この人といると何故かホッとするとか、自然体でいられるとか、そういう言語化しづらい奴。
卑下してるけど、レニー様ってば商才が天才的だってこの前うちのおかーさまが言ってたし、仕事のできる男の人カッコいいと思うな!
「私はレニー様のお顔が好きですし、レニー様は気遣いもできるお優しいかたですし、身分も釣り合っております。政略結婚ですのにお互いに好意を抱いていて、これ以上の幸福はないと思うのですけれど……」
「ローザ……」
なんかレニー様感動してるっぽい。
目が潤んでるイケメン、新しい扉開きそう。
「あ」
「え?」
大事なこと、忘れていた。
「あの、レニー様」
「……なんだ?」
ごくり、とレニー様の咽喉が鳴った。
「私、魔法でもかからない限りポーリン様のように美しくも愛らしくもなれそうにないのですが、大丈夫でしょうか……」
慣れてくるとありがたみって薄れちゃうじゃないですか? 今は自分を見てくれるってことで私に好感抱いてても、それが当たり前になったらね、不倫一直線かなって。
「全然大丈夫だ。むしろそれ以上可愛くなったら気が気じゃなくなりそうだから、そのままでいて欲しい」
凄い! なんて優しい肯定の言葉!!
これだけで惚れるでしょ!
「ローザ……正直に答えて欲しい」
「なんでしょうか?」
常に正直に答えてるんだけどな。
「私を見て時折赤面するが、あれは私にその、見惚れていると思っていいのか?」
「はい(即答)」
おおっ、という歓声がして、見たらなんか観客できてた。ぅわ、恥ずかし。ってこんなとこでやってるの自分たちだしなぁ、いやでもちょっと遠慮して欲しい。我らめっちゃ思春期で、多感な年頃なんで。
「レニー様は素敵です。ずっと見ていたいぐらいです」
真っ赤な顔を両手で隠すレニー様にきゅんきゅんする。
んんん!
か わ い い !
「レニー様?」
しばらく待っていたんだけど、顔を隠して体感五分ぐらい経過した気がする。
声をかけると、肩が反応してぴくりと動いた。
そっと手を離したものの、まだ顔は赤いし、目は潤んでいる。やば。かわいすぎ。
あれだ、うちの嫁がかわいすぎるんだが、ってこれだ。
「ローザが好きすぎて辛い」
私の禁断の扉は開かれた──……。
ポーリン嬢は結局のところ誰のものにもならなかった。なれなかった、が正しい。
第二王子たちはあの後もレニー様を取り戻そうとした。開き直った?レニー様からいかに私が素晴らしいかを逆に熱弁されているうちに、なんかこう、羨ましくなっちゃったらしい(シャーリー曰く)。
追いかけるのもよかったけど、自分も愛されたいって思ったみたい。でもポーリン嬢は自分を自分をの人だから無理だと。
急に悟りの境地達したな、って思ったけど、散々人に言われても駄目だったのに、ある時チベットスナギツネ降りてきたみたいにすんってなるのあるー。
そんな訳でレニー様は王家から感謝されたらしい。側近たちにも。
よく分からんけど、これぞほんとの若気の至りって奴なんじゃ?
レニー様同様に彼らの黒歴史として刻まれるに違いない。
シャーリーはなんだかんだ言ってた癖に、婚約が解消されてフリーになった第二王子の側近と婚約して、きゃっきゃうふふな毎日を過ごしている。
彼女曰く、ポーリン様に感謝! だそうで、なかなかに強かな友人である。
レニー様とあの後無事に婚約を継続し、今日が結婚式だったりする。
うっうっ、と泣いてる人物を皆がひいた目で見てる。
結婚式に泣く人物といえば花嫁の父が鉄板なのに、何故かレニー様が泣いてる。なぜだ。
でもレニー様が泣いてる顔を見るのが好きという、Sっ気がある私としてはきゅんとしちゃうんだけれど。
いや、本当に今日を迎えられてよかった。
禁断の扉を開くきっかけになったレニー様と結婚できなかったらどうしようかと内心思っていた。
言えないじゃない? あなたの泣いてる顔を見ると興奮するようになってしまったから、責任取って結婚してくれ、なんて。
真っ青な空を見上げて思う。
前世の記憶よ、ありがとう。
私に世界がどれだけ美しい(用法誤り)かを教えてくれて。
神様! 私にイケメンを与えてくれてありがとう!!