その4(終)
私も甘菜も、机の上に置かれた残骸からは意図的に目を逸らしていた。ふと目に入ったサボテンはやはり膨れていて、何とも幸せそうに斜陽を浴びるその姿が例えようもなく腹立たしい。拳を抑えておかねば今すぐにでも叩き割ってしまいそうだった。
違う。この拳は私自身に向けるべきだ。私がこの最後のバレンタインを、幼馴染にも想い人にもなれないままで迎えて、中途半端な気持ちで手伝ったからこそのこの惨状なのだ。私以外誰も悪くない。
腹の底にある塊を取り除こうと大きくて長い溜め息を吐く。それから甘菜の顔色が知りたくて横目で窺うが、彼女もまたそっぽを向いているようだった。
静寂、沈黙。いつもなら耐えられなくなったどちらかが先に吹き出すのだが、今は全くもってそんな雰囲気ではなく、まるで水の中で息を止めているかの様な感覚が続いた。全ての感覚を切ってしまいたくて俯き、そして固く目を瞑る。
「……ねえ、橙果」
薄暗い声が聞こえた。
「橙果はさ、結局……その、誰に……渡そうとしてたの?」
「……」
そんな事、今訊かないでよ。こんな状況で言わなきゃいけないの?……一度でも口を開けば言いたくもない言葉が溢れ出てしまいそうだ。
頑なに返事をしないでいると、甘菜はしばらく待ってから大きく息を吸い、一拍置いてゆっくりと吐き出した。
「……ごめんね」
――何で。目を覚ました怒りが一気に渦を巻く。
「何で甘菜が謝るのよ!」
突然叫んだ私に驚いた様子の甘菜もお構いなしに、私は自分勝手にも自らへの怒りを荒んだ声に乗せてぶち撒けた。
「謝らなきゃいけないのは私なんだよ!きっと私が手伝いさえしなかったらこんな事にはならなかった!甘菜の本命チョコだって上手く作れてた筈なんだよ!」
「……」
「そもそも私はここにいるべきじゃなかったんだ!どう転んだって私は甘菜の邪魔にしかならなかったから!……それなのに私は、100%自分の為にここに来て、結果中途半端な気持ちで甘菜を妨害した!一番避けるべき結果を招いたんだよ……!」
「……橙果」
「だから謝らなきゃいけないのは私なんだ!甘菜がごめんなんて言う必要は微塵もない……」
「橙果!!」
肩を掴まれはっと我に返る。目が合った甘菜もまた、歯を食い縛って苦しそうな表情を見せていた。
「……私、オーブンの温度を間違えたんだ、わざと」
「……え?」
甘菜が何を言っているのか理解出来ない。突拍子もないその発言に私が追いついたのは、一旦自分の頭が冷え切った後であった。そして言葉の内容にもう一度驚く。
「そんな、何で……」
私が訊くと、甘菜は少し間を置いてから、小さな声ではっきりと言った。
「妬いてたんだ。誰かも分からない橙果のお相手さんに」
――それって、つまり――
「正直、軽ーく失敗すれば良いかなってぐらいの気持ちだったんだけどね、まさかここまで酷い事になるとは思ってなかったよ」
息が詰まる。体が熱くなる。駄目だと言い聞かせるのにも限界が来て、私は一つずつ、やがてぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。高校生にもなって情けない声で泣きじゃくる。
「えっ、ちょっと、橙果!?」
そして私は躊躇なく、若干引き気味に困惑している甘菜の胸へと飛び込んだ。
「それでも……それでも甘菜は謝らなくて良いよ……だって、だって……」
その「お相手さん」は甘菜自身なのだから。
「……後で一緒に食べよっか、これ」
「……うん」
甘菜が私の背中に手を回し、頭を撫でる。弾けたフォンダンショコラの甘い香りが私達を包み込んでいた。
バレンタインから2週間、1話の投稿からは3週間が経過しての投稿になりました。大幅に遅れまして誠に申し訳ございません。
百合要素もキッチン要素も殆どない詐欺まがいの物語でしたが、いかがでしたでしょうか。見切り発車(平常運行)で適当に仕上げたモノを楽しんで戴けたのなら非常に幸いです。
兎に角、この様な駄文を読んで戴き、誠に有難うございます。




