1.海へ行こう(1)
「なあ、佐保」
「ん?」
私はマイテーブルの上に置かれたタブレットから顔を上げた。
只今キタミの部屋でテストの前の追い込み中。
彼は私の先生役だ。
彼に勉強は必要ないらしい。
だが、先生である彼は、床に寝そべりスマホのレンズを私に向けている。
私に声をかけた後、話しが続かない。
また、私の姿を映す画面に気を取られているのだろう。
で、私はといえば。
ペンギンの姿で勉強をしている。
彼の買ってくれたマイテーブルはタブレットを操作するのに丁度いい高さだった。
その机に向かって勉強するペンギンの私の姿が非常に愛らしいのはよくわかるので、彼に話しの続きを催促したりはしない。
私は手でタブレットのページを進めた。
テストが近い。
だから、少しでも頭に詰め込んでおかねばならないのだ。
勉強するのにわざわざペンギン姿になっているのが、家主の希望というわけではない。
いくらペンギンが大好きな彼であっても、私にペンギン姿になることを強要したりはしない。
私がペンギン同調したいと言うのを待っている節はあるのだが。
指がなく書くことのできない、とても勉強には向いてなさそうなペンギン姿でなぜ勉強しているのかといえば。
ズバリ。
私よりこのペンギン疑似体の方が記憶力に優れているためである。
ペンギンでありながらこれは本物のペンギンではない。
キタミの作った疑似体と呼ばれるペンギンに似せた物だ。
私が覚えようとするよりも、このペンギン姿で見て聞いて覚える方が遥かに覚えやすく忘れにくい。
だから私が初めてペンギン同調した時に、忘れろ電波をガンガン出しているキタミのそばでも、私がキタミを忘れることはなかったのだ。
しかし、ペンギン同調が切れた時、私はものの数分できれいさっぱりキタミのことを忘れてしまった。
あの時のように、ペンギン姿で覚えたことも元の人間に戻ると忘れてしまうのでは意味がない。
だが、あの時とは違う。
今は大丈夫なのだ。
私がフレンド登録という書類にサインをしたことで、管理局により私はキタミの強力忘れろ電波の影響を受けない設定になった。
だから、私にとってキタミは普通の人と同じで、いても記憶に残らない人ではなくなったのだ。
それどころか、イケメンであるため目に残るインパクトは強い。
キタミをまた忘れるかもと心配だった私は、忘れなくなるとの説明を受けてすぐにサインに応じたのだが、そうして正解だった。
サインした時、キタミはとても喜んでいた。
私も嬉しい。
そしてペンギン同調時の記憶がしっかりと私の脳に反映されることは、ここ数日の勉強で実感している。
暗記物はこれで楽勝かと今からウハウハだ。
そんなこんなでキタミの家で、ペンギン同調でテスト勉強をしているのだが。
「佐保」
「何?」
「一緒に、海へ行かないか?」
海?




