6.学校へ行こう(2)
いつまでも私をじっと見ているので、彼に声をかけてみた。
「ゥア」
食べれば?と。
これくらいは理解してくれてもいいだろう。
「どうした? 先に牛乳を飲むか?」
うむ。それは飲みたい。
ブリオッシュを置いて、彼の側へと歩み寄る。
ローテーブルは短い足でも歩きやすい。
ただ、床と違って私の一歩ごとにデンッと鈍い音がする。
この身体は思ったより重い。
その重さを耳で実感するのも、ちょっと悲しい。
寝起きのせいなのか軽快さも欠ける。
デンッ、デンッ
音も自分の機嫌のように不貞腐れているように聞こえた。
しかし。
「ほんっとに可愛いなぁ、佐保は」
彼は肘をついて溜め息を漏らしそうなほどの顔で私を見ていた。
昨日から思っていたのだが。
彼は語彙が少ない。
ひたすら、可愛い、ばかりだ。
もう少し何とか違う表現をしてみようとは思わないのだろうか。
こう同じ”可愛い”ばかりでは、聞き飽きてしまう。
可愛い?、はいはい。
こんな反応にもなろうというものだ。
彼の言葉は聞き流し。
さあ、牛乳飲むか。
私は彼に向ってパカッと口を開けた。
「佐保―――っ」
喜んでないで牛乳を頂戴よ。
パクパクする。
催促である。
ついでに尻尾も動いた。
「ううっ、尻尾がメチャかわいい」
彼を無視して私は牛乳の入った容器を嘴で咥えた。
ひょいと首を持ち上げると、ぐびぐびと喉へ牛乳が流し込まれていく。
なんだ、簡単じゃないか。
「えらいぞ、佐保!」
彼は私が高校生だということを完全に忘れているらしい。
昨日からそうだったのだから今さらではあるが。
牛乳を飲む時も、ローテーブルを歩く時も、ブリオッシュを堪能する間も、彼は何度も可愛いを繰り返していた。
早く食べれば?
朝食を終えると彼は朝の支度をはじめた。
顔を洗って歯を磨いている。
開け放たれたドアの向こう、洗面所からそんな音が聞こえる。
制服に着替えて彼は学校へいく。
そして、私はここに残されるんだろう。
ぽてぽて
私は部屋の中を歩いた。
学校には行けない。
ペンギンだしな。
ダークな気分になりそうなので、歩いて気分の解消をはかる。
ぼんやりと部屋を歩いていると彼が奇妙なものを持って現れた。
小さな黄色いポンチョと、昨日見た黄色い蝶ネクタイ。
「さ、学校へ行こうな」
学校へ?
私が驚いている間に、彼は私の首に蝶ネクタイを付け、黄色いポンチョを被せた。
「ゥアッ、ゥアッ」
学校へ行くってどういうこと?
ペンギンだし、マズイよね?
「このネクタイとコートを着てれば、他の人には佐保は見えない。だから、大丈夫だよ」
この黄色いのが?
これ、相当に目立つ色だと思う。
警告色だよね?
もうちょっと普通の色がよかった、かな。
そんなことを思いながらも、学校へ行けることが嬉しかった。
嫌いじゃないけど、学校へ行きたいなんて思ったことは、なかったのに。




