3.意思の疎通は難しい(2)
私はてってっと彼に向かって歩いた。
「ペン佐保?」
そばまで寄ると、私はその嘴を彼の太腿めがけて振り下ろした。
「うあっ」
僅かに肉を刺した感触。
しかしジーンズだからか穴はない。
さすがに頑丈な布地だ。
「何をするんだ!」
彼の声もさすがに険しい。
私はさっと後方へと跳んだ。
で。
転んだ。
「ペン佐保!」
ズデッと仰向け。
今なら変な呼び名も気にならない。
天井が遠いよ。
後方に華麗に飛び退る予定だったのだが、練習なしではさすがに天才の私にも無理だったらしい。
ああ無情。
「大丈夫か、ペン佐保? そんなにポッキーが食べたいなら……三本くらいなら、食べていいから。無茶するなよ」
彼は私の身体を起こした。
だから、そういう問題じゃないんだよ。
私はぺんっと彼の手を払うと、足を踏みだした。
「ペン佐保?」
部屋の中を歩いた。
無心。
そう、今の私に必要なのは無心。
ちょっとカッコ悪かったな、という照れではなく。
ポッキー三本だけかという怒りでもなく。
元に戻れないのではないかという不安でも、なく。
私に今必要なのは、無心になることだ。
ぽてぽて。
ぽてぽて。
「ペン佐保、ほら」
彼は箱から取り出した一本のポッキーを手に持って、私に見せた。
食べさせてやるから?
チッ。
ぽてぽて。
「ペン佐保ー、機嫌を直してくれよー」
だから、そういう問題じゃないんだって。
私は言葉を無視して歩いた。
「悪かったよ。本当に、身体に悪いんだぞ?」
ぽてぽて
「ペン佐保」
ぽてぽて
「佐保」
「ゥアッ!」
呼び捨てにするとは何事かっ!
全然、反省しとらんな、お前。
「何だ、名前が気に入らなかったのか。ペン佐保より、佐保の方がいいか。そうだよな」
「ゥアッ、ゥアッ」
馴れ馴れしく呼び捨てにするな!
と激しく抗議の声を上げたが。
理解はされなかった。
抗議の声は、佐保と呼んだら返事を返したということで、否定ではなく同意したと見なされたらしい。
「ほら、佐保。ポッキー食えよ」
彼には私の喜びも怒りも判断できないことに気がついた。
人というのは自分の見たいものだけを見、信じたいことだけを信じるものだ。
よく知らぬもの同士であればなおさらに。
笑顔でポッキーを差し出す彼のカン違いを正すのは、難しいだろう。
だが、まあ。
ペン佐保よりは、マシか。
そう自分を慰めるしかなかった。




