第8話 死亡フラグ?
一人称の戦闘描写って難しい。
僕と暗殺者は睨みあっていた。
さっきから助けを呼んでいるのに、どういう訳か誰も来てくれない。
外に逃げようにも、暗殺者は部屋に一つだけある窓を背にしていたし、僕が部屋に入るのに使った、やたらと重い扉は、その重みで完全に閉じてしまっていた。
外へ逃げようにも、扉を開けるには暗殺者に背を向けることになる。そんな隙を、あの暗殺者が見逃してくれるとは思えない。
僕は覚悟を決める。
いつ襲い掛かられてもいいように、身構えつつ、魔力察知を発動させて、暗殺者の魔力波形をつぶさに観察する。
魔術を使うとなれば、その威力や規模に関わらず、魔力波形に何らかの反応は出るので、それをいち早く察知することで、機先を制することも可能になる。
まぁ。だからと言って、僕には敵が動くのを悠長に待つ積もりなんて全くないんだけど。
僕は兵方術を使い、魔力弾を同時に20個ほど作り出した。
暗殺者は僕のことを所詮は子供、と侮っていたのだろう。
僕が兵方術を使いこなせることに驚いているようだ。
面布から覗く目が、少し動揺したように揺れるのを僕は見逃さなかった。
僕は作り出した魔力弾を自分の周囲へと、展開し、高速で旋回させる。
こうすれば、暗殺者も迂闊に僕へと近寄れないだろう。
魔力障壁を張り続けるより、遥かに魔力的な負担は少ないし、何より攻撃に転じやすい。
それにケットシーである僕の動体視力なら、魔力を介さない投擲武器、例えばスローイングナイフなんかを使われても、咄嗟に魔力弾で叩き落とせるだろう。
それこそ、相手が父や姉並みの化け物でもない限りそうそう後れは取らない。
・・・と、思う。
・・・多分。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
あーもー! ぶっちゃけ、自信ないし、めっちゃ怖いし、出来ればこのまま帰ってくれませんかねー?
あー、無理ですか。そうですか。
―――っていうか、何で誰も助けに来てくんないのー!?
侵入者ですよー! 暗殺者ですよー!
うー。あの黒づくめ、変な動き見せたら全弾ブチ込んでやるー!
僕は半泣きになりながらも、半ばヤケクソ気味に敵の様子を伺いつつ、土の精霊魔術を詠唱しにかかる。
僕の実力じゃ無詠唱とかまだ無理。
母フェリスぐらいになると、アゴをしゃくるだけで、闇の下位精霊が死に物狂いに敵へと突貫していったりするが。
それはともかく、僕が精霊魔術の詠唱に入った途端、それまで何の反応も見せなかった暗殺者がようやく行動を開始した。
魔力波形が大きく揺らぐ。
暗殺者の四肢へと魔力が集中して行くのが視える。
兵方術だ。
暗殺者が動くより先に、仕掛けたのは僕だった。
自分の周囲を旋回させていた魔力弾の内、6発を立て続けに放つ。
最初の3発は真っ直ぐに暗殺者を狙い、やや遅れて放った3発は、暗殺者の動きを見極めてから、軌道を操作出来るように、少し、低速で撃ち出した。
その間にも僕は詠唱を続けている。
暗殺者は、どういう訳か、まだ動かない。
僕の放った魔力弾が暗殺者へと直撃するかと思われた瞬間、暗殺者は自身の前面へと魔力障壁を張った。
僕の魔力弾をものともせず、こちらへと突っ込んで来る。
「チッ!」
僕は思わず、舌打ちを1つ。
最初に撃ち出した3発の魔力弾は障壁に阻まれ、一瞬だけ「ジッ」と、発光したかと思うと霧散する。
僕は3発の魔力弾を操作しつつ、兵方術を使って脚力を強化すると、迫る暗殺者から距離を取るかのように見せかけて、自ら暗殺者へと突っ込んで行った。
僕は、自分の周囲を旋回させていた魔力弾を全て撃ち出し、3つの魔力弾を暗殺者の背後へと回り込ませようとする。
―――が、3つの魔力弾は暗殺者の背後へと回り込むより先に、暗殺者が両手に籠めた魔力で迎撃、あっさりと相殺されてしまった。
でも、それで良い。後ろは取れなかったが、魔力弾はそもそも、牽制程度の意味しかない。
僕の本命は精霊魔術にある。
暗殺者の張った魔力障壁に、僕の放った残りの魔力弾が命中し、カッ! と、一瞬、眩しいまでの光を放ったかと思うと、魔力障壁ともども、掻き消されてしまう。
よし! これで魔力障壁はなくなった!
僕はようやく詠唱の終わった精霊魔術を解き放つ!
「地の精霊よ。我が意に従い、敵を穿つ石弾と化せ![ペトラ・ショット]!」
起唱言語と同時、僕の伸ばした掌の先へと、光が収縮し、石弾が形成されて行く!
その刹那の間。
僕の手があらぬ方へと逸らされた。
精霊魔術が発動すると同時、僕の頭ほどはあろうかという石弾は、僕の狙いとはまるで違う方向へと射出され、窓をブチ破り、どこかへと飛んで行く。
ゾワリと背筋を恐怖が走る。
僕はそのまま、腕を引かれ、ベットの上へと放り出された。
バフ。
というリネンの感触。
暗殺者に組み敷かれる。
激しく抵抗するものの、所詮は5歳児の腕力。兵方術を使っても、ビクともしない。
僕はフッと力を抜いた。
とはいえ、何も諦めてのことではない。
僕にトドメを差す瞬間、拘束が緩むと踏んだのだ。
イチかバチの賭けである。
とはいえ、暗殺者に身を委ねるのだ。
怖くないわけがない。
恐怖で目を瞑る僕に、すぐ上から、聞き覚えのある声が聞き捨てならんことを口走って来た。
「あーもー! ユノってば超カワイイ! 顔真っ赤にして『ウー』とか言うの超ツボ。
もーダメ。辛抱堪らん! お姉ちゃん、ユノと結婚するーッ!」
本ッ気で何なんだこの人ーーーーー!!!
悪フザケにもほどあるぞ!
暗殺者の正体は姉さんだった。
僕は姉さんの求愛を死に物狂いに跳ね除けると、ペチン。とその頬を平手で打った。
ハッ! と、ショックを受けたような顔をして姉さんが、ヨヨヨ。と崩折れる。
「ユノもそうやって大人になっていくのね。姉さん寂しい」
と、よく判らんことを口走る。
「姉さん!」
僕はコメカミをヒクつかせながら、唸るように声を上げる。
「一体、何の積もりなんですか?」
「えーっと、ここのところ弟成分が足りなくなって来たから補充しに」
「そういうのは、せめて僕の誕生日だけにして下さい!」
「うーん。それなんだけどねー。ちょっと誕生日出れそうにないのよねー」
「はい?」
「いや、今ね。ギルドの指名依頼入っちゃって、数年ばかりアクーラに戻れそうにないから・・・」
「それって、どんな依頼なんです?」
「うーん。詳しいことはギルドの規約で言えないんだけど、そもそも、まだ未確認だし、そんな危険な仕事じゃないから大丈夫よ?」
未確認な上に、危険じゃない依頼?
何だソレ?
そもそも未確認な段階で、姉さんみたいな高位の冒険者にギルドが直々に依頼してくるってどういう類の依頼だよ?
ヤバそうな匂いがプンプンしますよ? 姉さん?
ジッ見つめる僕に、姉さんが、つい。と目を逸らす。
「あ、えーっと。コレちょっと早いけど、誕生日プレゼントね」
そう言って渡されたのは、姉が愛用している大振りのミスリルダガーだった。
僕がずっと欲かったやつ。
「えっ? いいの?」
僕が「頂戴!」って何度言っても「思い出の品だから」と、くれなかったヤツだ。
「じゃ、ユノ。元気でね? わたし、父さんに挨拶にいかなきゃなんないから・・・」
父さんに挨拶だって!
いよいよオカシイ。
あんな犬猿の仲だったのに?
絶対なんかある!
そう確信した僕は姉を問い詰めようとしたものの、姉ははぐらかすばかりで全く要領を得ない。
そうこうしている内に、姉は僕をするりとかわすと、寂しそうな笑顔を浮かべ、僕の部屋を後にしてしまった。
僕は後を追わなければと、そう思うのに、どういう訳だか、体が動かなかった。