第9話 ネコ、イヌと出会う。
姉さんのことは気になるが、今の僕じゃ、どうしようもない。
そもそも、姉さんほどの冒険者が覚悟を決めて臨むような案件に、僕みたいな未熟者がどの面下げて首を突っ込めるというのだ。
姉の力になれるとすれば、それこそ父カフドか僕の母フェリスぐらいのものだろう。
僕は力を付けなければならない。
無力なままだと、今みたいにずっと、何かある度に『蚊帳の外』にされ続けることになる。
そんなのはイヤだ。
前世での僕なら、それも仕方ないかと思っただろう。
もちろん、初めからそうだった訳じゃない。
小此木亮太だって、ユノぐらいの年頃には、世界はもっと輝いて見えていたし、何だって出来ると信じていた。
でも、成長するに従い、自分は『特別』なんてものじゃなく、どこにでもいる『普通』の人間だってことに気付いた。
それは、多くの人がそうだろう。
でも、だからって、絶望してた訳じゃない。
こんなもんだろうって、テキトーに折り合いをつけて、現実を受け入れたフリをしていただけだ。
多分、25歳の小此木亮太の中にいた5歳の小此木亮太は絶望に打ちひしがれていただろうけど。
だけど、こっちの世界には、僕がとっくに諦めてた『特別』がある。
それは、言ってみれば、僕の目の前に新たな可能性のトビラが開いたようなものだ。
とはいえ、僕はまだ、その入り口に立ったに過ぎない。
マッハで走り続けている姉さんとは、違うのだ。
あんな、命を燃料にして動くジェットエンジンを搭載してるみたいな生き方、僕には出来そうもない。
人間やっぱり分相応だよなー。
―――って、ありゃ? なんか、独白内容と結論が正反対なような???
今『僕、ガンバルよ姉さん!』って感じじゃなかったけ?
ま、いっかー。どうせいい加減が信条のケットシーだものー。
なるようにしか、なんないって。
それに僕は僕で、したいことが山積みなのだ。
姉さんが抱え込んだ厄介ごとに構ってる間なんてないのである。
よし。セリーナが待ってる。さっさと支度して、ギルド登録だ。
僕とセリーナは町へと続く道を連れ立って歩いていた。
セリーナが僕を抱えて走らないのは、僕が断固拒否したからだ。
僕は一応、武装している。
紫紺のウィザードハットに紫紺のマントコート、腰に吊るしているのは姉さんから貰ったミスリルダガーである。
ハットとコートは母さんのお下がりだ。
結局、姉のブッ飛び装備の中に、白昼堂々と身に付けて、町を歩けるようなものなんて、無かったのである。
正直、夜でもゴメン被りたい。
それに、よくよく考えたら、精霊魔術師として母さんは、一日の長がある。
いや、一日では済まないが。
それは、ともかく。
とりあえず、母さんには、ギルドに登録することを報告し、許しも得た。
で、装備のことを相談したら、お下がりをくれたのだ。
その間、一緒にいたセリーナは直立不動で、使い慣れない敬語を使って、終始汗を掻いていたが。
「ユノの母ちゃん、チョー怖いのな。そして黒い」
とか、後でこっそり僕に耳打ちしてきた。
うん。よく判んないな。
確かに母さんって、黒髪黒目だけど、見た目は可憐な少女ちっくだよ?
実際、18歳ぐらいにしか見えないし。
それでも、なにか感じるものがあったのだろう。
女同士に通じる何かかもしれない。
ちなみにセリーナは濃緑色の布鎧の上に、革製の部分鎧を装着しており、左手首には金属製の丸盾、腰にはメイスを吊るしていた。
ちなみに町内での武装は特に咎められていない。
僕は町へと向かう道すがら、セリーナに聞いてみた。
「そう言えば、セリーナさんって、兵方術とか使えたりするんですか?」
「んー? 使えるよー? 身体強化だけだけど。どうして?」
「身体強化ですか・・・。テュレオスの加護持ちで、さらに身体強化って、もはやちょっと賢いオークですね」
無言で両方のほっぺたを抓り上げられた。
そんなアホな会話を繰り広げつつ、歩くことしばし、僕らは町のギルド前広場に辿り着いていた。
ギルドの建物は町でも群を抜いて立派だった。
正直、洗練度合で言えば、そのまんま城塞である僕ん家なんか比べ物にならない。
建物のイメージで言えば、明治時代に建てられた、赤レンガ造りの洋館と言った風情がある。
まぁ、表装材は赤レンガじゃなく、もう少し柔らかい風合いのテラコッタみたいな材質だったが。
それは多分、アクーラの景観を大事にしてくれたからだろうと、好意的に解釈しておく。
この世界ディ・ファールにおいて、ギルドの力は大国を凌ぐ。
その証拠という訳でもないが、ギルドの敷地内は、いわゆる治外法権扱いで、アクーラの領法どころか、ジグルディア帝国の刑法ですら適用されない。
それは、冒険者ギルド創設時の理念と関係し、それがゆえ、冒険者ギルドは超法規的組織なのである。
どこの国にも与せず、どこの国にも侵されるを良しとしない、そういう組織なのだ。
世界中に支部を持つギルドが、各国に与える影響は途轍もなく、新たに開拓された町によるギルド支部の誘致合戦が行われるほどだ。
ギルド支部があるというのは、一流とまでは行かないが、それなりに発展しているということの象徴であり、経済の波及効果も大きい。
血の気の多い冒険者が多く出入りすることで治安が悪くなる危険もあるが、それ以上に、ギルドは雇用の受け皿ともなるし、ギルドカードによる身元保証や銀行的な役割も果たしている。
何より、モンスターによる被害が激減するお陰で、新たな土地を開拓するのも容易になり、その結果、食糧生産が安定すれば、税収が増え、周辺の村や町をつなぐ道路の整備などの、インフラを整えることも出来る。
もちろん冒険者が落とす金も魅力的だ。酒場や宿屋、娼館、鍛冶屋や魔道具店、治療院など、冒険者の需要が増えれば、それこそ自然に町が発展していく。
僕からすれば銀行業にまで手を伸ばしてるところが危ういなー。って思わなくもない。
あんまり調子に乗って、中世ヨーロッパのテンプル騎士団みたく、大陸中の不興を買って、見限られなきゃいいけどねー。
まー、こっちは唯一絶対神とかいない、多神教だから大丈夫か?
ギルド前広場には、冒険者を見越した、簡単な食事が出来る屋台が出ている。
僕らはそこで、お昼代わりに、手に持ったまま食べられる、シーフードの串焼きやら、肉まんの生地みたいなパンを二つに割って、そこに炒めた野菜やらスパイシーな肉を挟んだ、フーリオと呼ばれるサンドウィッチみたいなのを買い込んで、広場にあるベンチで食べていた。
セリーナはリコがまだ来ていないことにイライラしていて、どこか八つ当たり気味に、串焼きを齧りとると、親の仇でも食い千切るかのような表情で咀嚼して飲み下す。
もー、セリーナ。んな顔してご飯食って、オイシイか?
それだったら、サンダル齧ってんのと変わんないだろ?
「おーい!」
と、こちらを呼ぶリコの声がしたのは、そんな時だった。
「遅い! リコ! 何やってたのよ!? リヴィ、あんたも走りなさいよね! チンタラ歩くな!」
セリーナが癇癪を爆発させ、ベンチから立ち上がると、リコとその後に続く少女へと叫び声を上げた。
「セリーナ。無茶言うなよ。こっちにはこっちの都合があるんだ。そんなケンカ腰じゃ、幾らなんでも怒るぞ?」
「あははー。ゴメンねー。セリーナちゃん。これでも急いで来たんだよ?」
リコはさすがにちょっとムッとして、リヴィと呼ばれた少女はニコニコ笑顔でそう答えた。
「ユノ君。済まない。セリーナが迷惑かけたね。僕の力が及ばず、申し訳ない」
「そんなことないですよ。リコさんが謝ることは何一つないです。セリーナさんがこういう人だってことが、今回のことで良く判りましたから」
「そう言って貰えると助かるよ。セリーナはあんなだけど、根はイイヤツなんだ。嫌ってやらないでくれ」
「それで、そちらの方が―――」
「リヴィニエーラだよ。リヴィって呼んでね? ユノ君でいいのよね? あなたって、聞いてた通り、ネコな人なんだねー?」
「あ、はい。リヴィさんはイヌな人なんですか?」
「うん、そうだよ。わたし、自分以外の獣人って初めてだから、ちょっと感動する」
「僕も母さん以外の獣人に会うのは初めてですよ」
そうなのだ。リヴィことリヴィニエーラはクーシー族だった。
「何よアンタたち、見つめ合って?」
セリーナが冷やかすようにそう言って、
「まさか、お尻とか嗅ぎ合ったりしないでしょうね?」
鼻の頭にシワを寄せて、セリーナがそう続けた。
するかアホ。
ガチの犬猫じゃねーんだぞ? 獣人バカにしてんのか?
母さんに言いつけてやる。
とか、内心でそう思う僕だった。
ギルド登録せず。
次回、繰り越しに。
あーうー。まるで進まん。




