そのじゅうきゅう
お袋が死んだ。第4帝紀430年、朱夏の月の13日。俺が14歳の、暑い夏の終わりだった……。
半年ほど前に流行病で倒れて以来、ずっとベッドで療養していたのだが、夏の暑さによって体力が尽きたらしい。
葬儀はしめやかに行われた。アリスは号泣し、俺も涙を隠せなかった。あの親父でさえ、泣いていた。俺は、生まれて初めて親父の涙を見たのだ。
無論、弔問(異世界でもこれでいいのか?)に来てくれた人もみな悲しんでいた。「人の価値は、葬式で泣いてくれる人の数で決まる」とは誰が言ったのだったか。前世で聞いたと思ったが。いずれにせよ、それを基準にするのであれば、お袋の人生は十分価値があったものであった……そう、自分を慰めるしかない。
葬儀は神殿で行われ、形式としては前世のキリスト教式に近かった。遺体は神殿の墓地の土葬され、とりあえず儀式としてはひと段落したこととなる。
……家が暗かった。流行病にかかった時からある程度覚悟していたつもりだったが、誰も彼もが、所詮は「つもり」でしかなかったようだ。
俺は、前世で親戚を何人か見送っていたからなのか、単に冷たい性格だったのか。それでも半刻ほど泣き腫らしたことで、自分を取り戻すことができた。アリスは子供部屋で泣いたまま寝てしまっていた。さっきまでは俺がアリスを抱えて慰めていたのだが、眠ってくれたことでその役目からも解放され、親父の様子を見に行くことができたのだ。
親父は今で呆けていた。もう涙は流していない。だが、その瞳に力はなく、体ではなく魂が泣き続けているのがはた目からも理解できた。……親父が、お袋をどれほど愛していたのか。今の親父を見て、それが理解できない奴はいないだろう。
だが、とにもかくにも俺たちは生きている。生きている以上、飯を食わなければいけない。お袋が死んだショックと葬儀で最後に飯を食ったのは昨日の朝食だけだ。そしてもうすでに夕飯の時間も終わっている。俺は厨房に立つと、適当に料理を作り始めた。……とはいっても、前世の一人暮らし時代に自炊してた程度の経験では、野菜炒めくらいしか作れないのだが。お袋が倒れて以来、アリスが花嫁修行だと言って家事を担当してたからなあ。
俺謹製微妙な味の野菜炒めを食べた後。やはり無意識下で腹が減っていたせいで余計に気落ちしていたのだろう。栄養を取って満たされたのか、アリスも落ち着き、風呂に向かった――一応この世界にも風呂はある。とは言え、大抵は公衆浴場だが。我が家は幸運にも、極めて小さい風呂がある。風呂釜で薪を燃やしてその熱で湯を沸かすのだ。いやこの文明でもあるんだな。いや古代ローマの公衆浴場にもボイラーってあった気が……。
実際には、水量が足りないため、お袋――今はアリスが魔法で浴槽に水を満たしている。これができたから我が家には風呂があるわけだ。尤も、魔力量の限界の関係上、めっちゃ小さいが。足伸ばせない。
話がずれた。そんなわけでアリスは風呂へ行き――最近ようやく一人で入れるようになった――今は俺と親父だけがぼう、としている。まあこうやってお袋の死に整理をつけるのも悪くはない。
と、親父が話しかけてきた。
「ウィル。そう言えばお前は来年15歳になるんだったな。どうするつもりだ?」
15歳と言えばこの世界では成人だ。すぐに結婚する奴もいる――お偉方の政略結婚や農村部の最貧民はもう2、3年早いこともあるらしい――が大抵は結婚にはまだ2、3年は先の話になる。そもそも相手いないし。
なので、親父は就職の話だと思うんだけど……
「やっぱり騎士になりたいな」
それは俺の正直な気持ち。もちろん、男として立身出世、成り上がりの夢もある。まあ王様みたいな一国一城のトップは難しいだろうけど、騎士になって、誰も文句が言えないほどの武勲が上げられれば、領主くらいなら狙えるかもしれないし。
けど、それとは別に、弱い民のためと信じて剣を振るう親父の姿にあこがれた、というのもあったのだ。……ホント、恥ずかしくって言えないけど。親父だけが特別なのかもしれないけど。でも、物語に語られるような、正義の騎士を体現したかのような親父は、俺の誇りだったのだ。
「……そうか。お前ならいい騎士になれるだろう。俺は修行を手伝うくらいしかしてやれることはないが、応援している。
……やはり、来年の春の馬上試合に出るのが最も近道、か。何、今のお前は、魔法抜きでも3回に1回は俺から一本取れるんだ。俺が騎士になった時より強いからな、問題ないだろうさ」
将来の夢という前向きな話になったからだろうか。それとも、割と近い未来の予定を建設的に考えたからだろうか。いずれにせよ、親父も何とか立ち直ってきたようだ。……表面的なものかもしれないが。
……母さん。安らかに。
昔のお風呂、と聞いてドラム缶風呂を真っ先に連想。木製の浴槽じゃあ焦げるじゃねえか、と考えて、古い風呂の形状をググりまくった。
結果、発想さえあれば、古代ローマクラスの技術でも、風呂沸かせるはず、という結論に。昭和あたりの風呂の外からまきを燃やして竹筒で息を吹きかけてお湯を沸かす、あのイメージ。




