戦略
第百五十三話 桃園で、また会おう
王城の広場は、人で埋まっていた。
鎧を着た者もいる。
普段着のまま、荷を抱えて来た者もいる。
幼い苗木の鉢を、大事そうに運んでいる城主までいた。
兵や武将は決められた場所で休み、城主たちは到着の確認を済ませて食事を受け取る。
誰がどの同盟か、最初は旗を見なければ分からなかった。
しばらくすると、それも気にならなくなった。
「そっち、椀が足りないぞ」
「こっちにある!」
「辛い方は、あの鍋だって」
声が飛び交う。
王城を攻略した時とは違う理由で、皆が忙しくしていた。
*
正臣は、料理を配っていた。
奈緒が鍋の中を確かめ、彼へ頷く。
正臣が次の椀へよそう。
俺を見つけると、手を止めずに言った。
「早く食べておけ。あとで話すんだろ」
「お前たちは?」
「交代する」
横から、別の同盟の城主が入ってきた。
「ここ、代わるよ」
正臣が少し迷う。
奈緒が彼の袖を引いた。
「食べましょう」
今度は、素直に頷いた。
俺は二人へ席を譲り、別の卓へ向かった。
玄が肉を食べていた。
その隣には、以前の合コンで辛い料理の店を教えた城主がいる。
何かを食べ比べ、二人で水を飲んでいた。
「どうした」
俺が聞くと、玄が口元を押さえた。
「思ったより、辛い」
「好きなんだろ」
「好きなのと、平気なのは違う」
隣の城主が、涙目で頷いた。
*
少し離れた席では、巌がかつての敵と酒を飲んでいた。
以前の境界の話になり、双方とも自分の言い分を譲らない。
佐伯が間へ入った。
「その話は、当時の記録が残っています」
二人とも黙った。
しばらくして、別の料理の話を始めた。
俺は通り過ぎながら笑った。
すべてが仲よくなったわけではない。
忘れたくないことも、許していないこともある。
それでも同じ卓へ座り、次の話へ移れる。
今日は、それで十分だと思った。
*
晴は庭の入口で、人を迎えていた。
前に出るのが苦手な者にも、後ろの席があると伝えている。
武将のことを聞かれれば、巨嶽たちを紹介する。
子供のように目を輝かせる城主もいた。
俺が声をかけようとした時、晴は荷の中から一通の書簡を出した。
道を貸してくれた、あの城の人のものだった。
手早くしまい直す。
俺を見て、少しだけ頷いた。
ここへ来られなかった者たちもいる。
そのことを、今日の賑わいで忘れるつもりはなかった。
*
桃の木が並ぶ庭へ、少しずつ人が集まった。
入り切れない者は、隣の回廊や広場へ席を取った。
声が届くよう、何か所かに伝える役を置く。
参加するかどうかは、それぞれに任せた。
遠くから見ている者もいた。
食事を配る手を止めず、耳だけ向けている者もいた。
真砂が、その様子を確かめて戻ってきた。
「準備できました」
俺は頷いた。
掌が少し汗ばんでいた。
講演の時とは違った。
攻略の指示とも違う。
皆が、次の世界へ行く。
その前に、何を言えばいいのか。
紙は用意したのに、顔を上げると最初の一文が遠くなった。
律が隣へ来た。
「いつもの話でいいよ」
俺は息を吐いた。
*
「今日は、集まってくれてありがとう」
庭が静かになった。
遠くの声も、少しずつ小さくなる。
「この世界で、俺たちは何度も戦いました。助けてもらったこともあるし、間に合わなかったこともあります」
誰かが、目を伏せた。
俺は続けた。
「今ここへ来られなかった人もいます。その人たちのことを調べるのは、次の世界へ行ってからも続けます」
晴を見た。
彼女は、こちらを見ていた。
「第一・第二世界で何が待っているか、まだ分かりません。同じ場所へ移るとも限らない。今のように会えるまで、時間がかかるかもしれない」
俺は紙を置いた。
「だから、約束を一つずつ、持っていきたい」
*
律が口を開いた。
「困った時は、助けを求めてください。迷惑だと思って黙ったまま、一人で抱えないでほしいです」
その声を、回廊の担当者が遠くへ伝えた。
次に、玄が言った。
「助けを求められても、全部できるとは限らない。でも、できないなら、できないって返事をしよう。ほかに頼める相手がいれば、繋ぐ」
朔が続いた。
「今までの付き合いを、無理をさせる理由には使わない。新しい仲間ができても、責めない」
葉は、庭を見渡した。
「確かめていない話で、相手を敵にしない。聞ける相手なら、まず聞こう」
岳が短く言った。
「帰る道を残す。戦う時も、退く時も」
杏が、そのあとを受け取った。
「ここにいない人の名前も、忘れずに持っていこう。また会えた時に、ちゃんと呼べるように」
俺は六人を見た。
最初から一緒にいた顔。
別々の同盟を持ち、また同じ場所へ戻ってきた仲間。
その周りには、今の仲間たちがいる。
俺は最後に言った。
「同じ日に倒れるための誓いにはしません。誰かが倒れそうになったら、手を貸すための約束にしたい」
*
巌が杯を持ち上げた。
「できるところから、引き受けるぞ」
近くの者が頷いた。
瀬名も杯を上げる。
「次の世界でも、返事をします」
別の場所から、声が来た。
「道が分かったら知らせる!」
「料理の道具、持っていくからな!」
「また交換市をやろう!」
笑いが広がった。
晴が両手で杯を持った。
「また、会おうね」
その言葉が、一番遠くまで届いた気がした。
俺も杯を上げた。
「また会おう」
庭だけではなかった。
回廊で。
広場で。
料理の鍋のそばで。
それぞれの場所から、声が返ってきた。
*
花が、風で落ちた。
誰かの肩へ乗る。
隣の者が取ってやり、そのまま何か話して笑った。
誓いの文面に署名をする列は作らなかった。
誰が杯を上げたかも、数えなかった。
食べ物を分け、連絡先を確かめる。
次に会った時の話をする。
その時間が、庭のあちこちで続いた。
カイは肉の串を二本持っていた。
レンが一本を取る。
澪が、残った一本から一口食べた。
「おい」
カイが不満そうな声を出した。
「私の分、ないから」
「取りに行けよ」
「席、取ってたでしょう」
いつもの言い合いだった。
俺が近づくと、三人は一度だけこちらを見た。
レンが小さく頷く。
今は何も聞かなかった。
食べておけと、空いた皿を渡した。
*
宴が落ち着く頃、統合までの残り時間が表示された。
荷をまとめる者が増える。
武将と兵の待機場所を確かめる者もいる。
別の同盟の人と、名残惜しそうに話し続ける者もいた。
俺は律と、庭の端へ座った。
遠くで晴が手を振っている。
巌の声は、相変わらずよく通る。
千景と佐伯は、最後まで確認の紙を持っていた。
その二人へ、真砂が食事を運んでいた。
「最後の陣取りは、なかったね」
律が言った。
「ああ」
地図に、新しい絵は描かなかった。
最後の順位を巡って、兵を出すこともなかった。
代わりに、皆が同じ城へ来た。
違う旗の下から、鍋や食材や椅子を持って。
律が俺の肩へ寄りかかった。
「次も、皆で食べられるといいね」
「食べよう」
俺は答えた。
予定ではなく、約束として言った。
桃の枝の向こうで、王城の鐘が鳴った。
誰も武器を取らなかった。
出発の時刻を知らせる音だった。




