↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
108/200

守備と恋愛感情

第百七話 断った、そのあと


 杏に呼ばれたのは、翌朝だった。


「相手の城への連絡をお願いしたい」


 部屋には晴と千景がいた。


 窓際に、一人の女性が座っている。


 紗良という城主だった。


 統合後に晴の同盟へ入り、倉庫の整理や物資の受け渡しを手伝っていた。


 何度か顔を合わせている。


 会うたび、相手より先に挨拶をする人だった。


 今日は、俺が入ってきても顔を上げなかった。


「どこまで聞いている?」


 杏に尋ねられ、俺は答えた。


「繰り返し誘われていることと、担当を替えてほしいことだけ」


「じゃあ、連絡に必要なところを、ここで確認したい。紗良、それでいい?」


 紗良が頷いた。


 膝の上で、指を組み直していた。


     *


 相手は、同じ同盟の城主だった。


 名前は正臣。


 輸送の仕事で何度も紗良と組んでいた。


 意識統制の解除前から、話をすることは多かったという。


「嫌な人だとは思っていなかったんです」


 紗良は言った。


「一緒に食事をしたこともあります。仕事が終わったあとに」


 その一言を、釈明するように付け足したことが気になった。


 晴も気づいたらしかった。


 だが、口を挟まず続きを待った。


 解除のあと、誘い方が変わった。


 夜、城へ来てほしい。


 二人で過ごしたい。


 ほかの者には言わなくていい。


 最初は遠回しに断った。


 仕事がある。


 疲れている。


 すると、仕事がない日を聞かれた。


 休めば会えるかと聞かれた。


「だから、そういうつもりでは会えないと、書きました」


 紗良は一枚の書簡を出した。


 返事には、今は皆が不安定なのだから、考えすぎない方がいいとあった。


 自分も苦しい。


 会えば分かる。


 以前はあんなに笑ってくれたのに。


 晴の眉が動いた。


 千景が、机の下で彼女の腕に触れた。


「昨日、倉庫へ来たんです」


 紗良の声が小さくなった。


「当番ではなかったのに」


「何かされた?」


 杏が聞いた。


「帰ろうとしたら、入口に立たれて。話だけだからって」


 直接、身体に触れられたわけではない。


 それでも通れなかった。


 ほかの当番が来たことで、ようやく帰れた。


「もう、二人になるのが嫌です」


 晴が頷いた。


「分かった。同じ担当にはしない」


 紗良は、それでも安心した顔にならなかった。


「私が仕事を外れた方が、早いでしょうか」


「あなたが続けたいなら、続けてほしい」


 晴は今度はすぐに答えた。


「城へ来ないようにする連絡も、こっちで出す」


 紗良の肩が少し下がった。


 泣きはしなかった。


 代わりに、机の端に置かれていた茶を初めて飲んだ。


     *


 正臣との面会には、俺と千景が出た。


 晴は同席を望んだが、途中で、自分は怒りすぎるかもしれないと言った。


 任せる、と口にするまでに時間がかかった。


 正臣は疲れた顔をしていた。


 何日か、よく眠れていないらしい。


「大ごとにするつもりはなかった」


 最初の言葉が、それだった。


「俺だって、自分が急におかしくなって困っている。前は、こんなに頭から離れなかったわけじゃない」


 俺は頷いた。


 欲求が強まっていること自体は、ほかの相談でも聞いていた。


 眠れない者もいる。


 親しい相手を意識してしまい、仕事にならないという者もいる。


「その相談は別に聞ける」


 千景が言った。


「今は、断られたあとも接触を続けたことを確認している」


「嫌われているとは思わなかったんだ」


「会えないとは言われたでしょう」


「でも、前は――」


 そこで千景が書簡を置いた。


 紗良が、そういうつもりでは会えないと伝えた文面だった。


 正臣はそれを見た。


 見覚えがないとは言わなかった。


 俺は聞いた。


「倉庫の入口に立ったのは?」


「話を聞いてほしかった」


「通してほしいとは言われたか」


 返事が遅れた。


「……言われた」


「それで、すぐに退いたか」


 正臣は首を振った。


 千景が条件を伝えた。


 当面、紗良への直接の書簡を止める。


 城や担当場所を訪れない。


 業務上の用件は別の担当を通す。


 輸送の組み合わせも変更する。


「謝りたいんだが」


「謝罪を受け取りたいかは、こちらから確認する。直接会いに行かないで」


 正臣は不満そうだった。


 同時に、恥ずかしそうでもあった。


「俺だけ、罰を受けるのか」


 千景の指が止まった。


 俺は先に答えた。


「断った側が仕事を辞める形にはしない」


 正臣は何も言わなかった。


     *


 話は、その一件だけではなかった。


 互いに好意があり、二人で過ごす時間を取りたいという相談もあった。


 以前から一緒に暮らしていたのに、今は触れられたくないという人もいた。


 逆に、相手に求められなくなったことを、自分への拒絶だと受け止めて苦しむ人もいた。


 欲求の強さも、戻り方も揃っていなかった。


 晴は報告の数を聞き、椅子に深く座り直した。


「同盟って、こんなことまで決めるものなのかな」


「二人がどう付き合うかまでは、決められない」


 杏が答えた。


「でも、断ったあとに仕事へ来られなくなるなら、そこは私たちの問題」


 千景が頷いた。


 共同作業の組み合わせを変える。


 私的な誘いへの返答を、役職や物資の便宜と結びつけない。


 相談の中身を、本人の承知なく広めない。


 必要なことを書き出すと、また仕事が増えた。


 しかも、紙を出せば終わるものではなかった。


「うちに、全部話さなきゃいけないみたいにはしたくない」


 晴が言った。


「好きな人ができたからって、私の許可なんか要らないし」


「そこも書こう」


 杏が筆を取った。


 俺はその横で、南の戦況報告を読んでいた。


 守備は持ちこたえていた。


 灰橋からは、晴の同盟による過剰介入だという書簡が周辺へ送られている。


 返事を書かなければならない。


 だが、隣の部屋では、紗良が明日の仕事へ行けるかを確かめていた。


 どちらかが済むまで、もう片方を置いておくことはできなかった。


     *


 夜、晴が岩成に城門の守りを頼んでいた。


 敵が迫っているわけではない。


 相談に来た人が、帰りたくなるまで安心していられるようにしたいのだという。


 岩成は理由を聞き、静かに頷いた。


「承った」


 晴は礼を言い、こちらへ戻ってきた。


「URが出てよかった」


 ぽつりと言った。


 俺は城門を見た。


 大きな盾を持った武将が、灯りの下に立っていた。


「本当にな」


 机には、まだ未処理の書簡がある。


 戦争も終わっていない。


 正臣が約束を守るかも、明日から確かめていかなければならない。


 それでも、その夜、紗良は一人で帰る必要がなかった。


 迎えに来た友人と並んで門を出る時、彼女は岩成に会釈した。


 岩成は道を開け、二人が角を曲がるまで立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。