第41話 Vertrauen +Gift =Liebe
グーテが騎士団に入る気になったこと、寄宿舎での一件を団長に報告した。
良くやった、と微笑みを返されただけ。なぜグーテを寄宿舎に入れたのかは分からず仕舞いだ。
「もう少ししたら教えてやる」
自分の問いに返ってきたのはそれだけで、何かを考え、理由があってのことだということは理解できた。
部屋着を着ているレーベンはベッドに腰を掛け、折れた方の右手の指先でアクセサリー部分を持っていた。なぜか震えてしまう左手でルストのネックレスに新しいチェーンを目を凝らしながら通していく。
「利き手じゃないから、やりにくいな」
思わず自分の口からそんな言葉が漏れてしまう。
なぜ、自分がこんなことを。いや、チェーンを付けてやろうか、と言ったのは自分だ。
チェーンがアクセサリーの穴に通っていく。
「はあ、できた……ルスト、あとは自分で付けろ」
横でうつ伏せになっていたルストは「あんがと」と言ってネックレスを受け取り、首に掛ける。
尻尾、揺らしすぎじゃないか?
千切れるぞ。
そうだ、千切れるといえば……。
「新しいチェーンも悪くないな」
レーベンはチェーンを軽く引っ張ってみる。
前のより幾分頑丈そうだ。
寄宿舎帰りに装飾店に寄って良かった。獣鬼討伐特別部隊のエンブレムを見て、嫌な顔をしながらもしっかりいい物を売ってくれた店主に感謝したい。
手を離すとルストも自分でネックレスのチェーンをつまむ。
「ほんまや」
まじまじと見ているようだった。
「……なんやろ。チェーン変えただけやのに、レーベンから貰ったみたいや」
ルストはネックレスを団服の中に仕舞っていく。
店で自分に合いそうなチェーンを選んでくれ、と言ってきたのはルストだった。
「古いのはどうしたんだ?」
「ちゃんとちっこい箱に入れといたで」
「大事だもんな」
ずりずりと腕を使ってベッドを揺らしながら横まで来たルストは上体を起こす。
ベッドが揺れると同時に軋む音が部屋に響く。
「レーベンは俺から欲しいものとかないん?」
「……ないな」
「物欲がないんか」
そもそもルストからもらう物なんていらない。
「お前からはたくさんもう貰っている」
そう貰っているのだ。
「強いていえば~、とかないん?」
何があるだろうか。
頭に浮かんだのはいつもルストが美味そうに食べている串付きの肉だった。
「肉、かな?」
「肉?」
「ああ、お前がいつも食べているやつ。あれたまに食べると美味いんだよ」
「じゃあ、あとで食堂行ったらたんまり食べようや」
皿いっぱいこんもり乗せて、と身振りで量を見せてくる。
「そんなにはいらないな」
自分は一本二本、食べられればそれでいいのだ。
「なんや、つまらん。肉をたらふく食べるレーベン見てみたかったのに。残念やな」
あらかさまにルストは耳を垂らし、尻尾がパタパタと小さく揺れる。
「……しょうがないな」
五本くらいは食べられるだろうか。いや、もっといけるか?
「食べてやるよ」
「ほんま!? 一緒のもん食って、それがレーベンの血肉になるんや、と思うと嬉しいわあ」
「……やっぱ食べない」
「なんやって!?」
「はは、嘘だよ」
なんや~、とベッドに倒れたルストは寝返りを打つ。手元にルストの尻尾。惹かれるように左手が伸びていき触れてしまう。
ふわふわで気持ちがいい。
「レーベン、ほんまありがと」
「……なにが」
「色々や」
「そうか。それなら、俺もお前に感謝しているよ。色々と」
「ほんま?」
ああ、と返すとルストの尻尾が大きく揺れる。
撫でる手を止め尻尾の動きを目で追ってしまう。
早く止まらないだろうか。
「なんや、俺らいいバディやないか。あの世でもバディやし」
「……そうだな。バディとしてこれからの長い時間、お前と一緒にいるんだもんな」
「そうやで」
ルストの尻尾の動きが止まる。
「嬉しいやろ?」
レーベンは「まあまあだな」といいながら撫でるのを再開した。
それから数ヶ月後。
騎士団の廊下は日が差し込んでいた。歩く度に自分達の影が薄く跡を付いてくる。
「次の任務なんやろうな~」
「さあな」
歩きながらレーベンは、片手で肩を抑えつつ、片方ずつ回していく。
骨折した腕は、無事にくっつき調子を取り戻していた。
「そういや、王国騎士団、王様に怒られたらしいで」
白い歯を見せてニヤニヤ笑うルストは窓から見える雲一つない青空のようだ。
「ネットさんと昨日、肉食べに行ってたな。その時に聞いたのか?」
「そうなんよ。上の連中、困っとるらしいで。肉が美味くて美味くて堪らんかったわ」
帰って来た時は「美味かった~」しか言っていなかったのに、そんな話があったとは。
ネットさんもそんなことをルストに話していいのだろうか。
レーベンは苦笑しつつも尻尾を振るルストの姿に「そうか」と伝える。
廊下の奥から歩いて来る数人の獣人と人間。
どこかで……、と頭の中の記憶を呼び起こす。
「あいつら寄宿舎の」
「ほんまや」
向こうもこちらに気づいたのか、獣人達は小さく頭を下げて通り過ぎていく。
「出て来たんだな」
「ヴィントも出て来とるし、今は寄宿舎に誰もおらんのちゃう?」
「どうだか」
ふと、団長の言葉を思い出す。
——もう少ししたら教えてやる。
「そういうことか」
「なにがや?」
「いや、グーテを寄宿舎に放り込んで俺達にわざわざ足を運ばせるような手間を取った理由が分かっただけだ」
「今頃なん?」
え、とルストに驚いた表情をされてしまう。
「は!?」
お前、分かってたのか?
「……真面目やのに、やっぱ馬鹿やな」
はっ、とルストに鼻で笑われてしまう。
「こんの、やろ」
こいつのこういう所、本当に……。
レーベンは大きくため息をつき、肩の力を抜く。
「お、なんや。怒らんのか」
「……自分の鈍さを認めているからな」
「はー、成長しとる」
団長室の前で足を止め、ノックをする。「入れ」という声。扉を開ければ団長と副団長の他に別のバディがもう一組いるようだ。
「……グーテ?」
剣術を再びバディと学び、ふくよかだったグーテの体は引き締まっていた。
この間よりさらに痩せたんじゃないか?
グーテが驚いた様子で「え? え?」と団長とこちらを交互に見てくる。
そんなグーテの代わりにペコリと頭を下げた人物がいた。
無造作に下ろしたブロンド。グーテのバディ、フリッシュだ。
入団したてだが剣の腕はいいらしい。この間、ノイとグラウがフリッシュのことを褒めていた。
だが、相変わらず目つきが悪いな。
ふう、と息を漏らす団長は座っている椅子を軋ませる。
「次の任務の話なんだが」
団長の言葉にルストと顔を見合わせる。
まさか、そのまさかなのだろうか。ルストが眉毛が上がり肩を竦ませて小さく息をつく。
「お前達に頼みたいんだ」
やっぱりな、とレーベンは小さく頷く。
きっとややこしい任務に違いないのだろう。他のバディも一緒なのだ。しかも新人。
これはきっと教育も兼ねてだ。
「獣鬼になった獣人がいるらしい。避難はどうやら済んではいる。グーテとフリッシュは初討伐だ。レーベン、ルスト、二人を頼んだぞ」
再びルストと目を合わせる。ニヤリ、と笑みを浮かべ頷くルスト。
仕方がない。やるか。
団長へと視線を戻し返事をする。
「「はい」」
ルストと重なった声にレーベンはふっ、と口元を緩めた。




