特異点修復者シリーズ (刑事編)出向 #8
8: 男達
「そうか、、、これから裏切りのシーンになるって言う方向だけ決めて、後は台本なしのアドリブ展開だったのか、、。道理で、突然の闖入者にも驚かなかった筈だ。」
「ええ、ウチの監督は時々そういう仕掛けをやるんですよ。俳優さんの方もそれを判ってるから、」
事件発生当初の警官達より、少し遅れて現場にやって来た二人組の刑事の内、香坂と名乗った男の質問にカメラマンが受け答えしている。
もう一人の若い刑事は、鑑識の人間に煙たがられながら現場をうろつき回っていた。
この現場へ最初にやって来た警官と刑事は、本格的な聞き込みを彼らに託し、引き続き初動対応の為の各方面への連絡や業務にあたっているようだった。
どうやらそれも丹治の内々の指示らしい。丹治は香坂の手腕を買っていたのだ。
監督は波止場に止めてあるトレーラーハウスに引き込んだままだ。
現場の責任者は監督だが、事件の一番の目撃者はこのカメラマンだ。
聴取は彼だけで事足りる。
それにどの道、この事件は機構のものになるのは目に見えていたから、署に帰ってから丹治にそれなりの事を報告できれば十分だと香坂は考えていた。
警察として犯人を掴まえる為の非常配備はひいてはいるが、特異点がらみではそれも二つの理由で無駄に終わるかも知れない。
犯人の登場の仕方を見る限り男は特異点からの帰還者である可能性が高い。
見つけ次第射殺できるならまだしも、特異点で力を得た人間を警察が掴まえる事は難しいだろう。
二つ目はこうしている間にも、この事件の捜査の実権は機構に移りつつあるということだ。
「で、男の方は、どの時点で、そのつまりだな。その犯人が、自分が出くわしたのが映画の撮影現場だってことに気がついたと思う?」
「二人を撃ち殺した直後のような気がしますね。普通、一般人は遠くからこういう光景を見てるからすぐに撮影だなってわかりますよね。でも犯人はちょうど映画のフレームのどまん中に飛び出しちゃた訳で、しかも迫真の演技の真っ最中でしょ。何をどう取り違えたのか知らないけど銃をぶっぱなした。」
「馬鹿げた話だが、奴はヤクと現金を横取りしようとしたんだな。」
「・・・でしょうね。で、撃ち殺した後の周りの人間の反応が、自分の予想と違ったんだろうな。多分その時点で奴は自分の間違いに気がついたと思いますよ。」
「周りは本物のギャング団やマフィアの人間じゃなく只の俳優さんたちだからな。想像はつくよ。で奴はその後どうしたんだ?」
「カメラの方を見て何か叫んでました。僕がカメラのスィッチを切って逃げ出したから、当然カメラは回ってませんけどね。きっと英雄気取りだったんじゃないですか、素振りがそんな感じでしたから。」
「あんたそれを撮ってたら、一躍有名になったかもしれんよ。」
「まさかでしょ。特異点がらみの事は、みんな闇の中に葬り去られる。知ってますよ、それくらい。監督がナーバスになってるのは目の前で起きた殺人の事もあるけれど、実はそっちの方が大きいんじゃないかな。」
「いくら機構でも、その程度の関わりで、一般人をとっちめたりしないと思うがな。第一、あんたらは被害者だ。」
「ウチの監督、昔、特異点がらみのセミドキュメントを撮るつもりで、動き回っていたんですよ。でもそれがすぐにばれて凄い圧力がかかった。」
「なる程、、、。」
『カメラマンさん、あんたもその計画に深く関わっていたわけだ、だから事前に特異点に関する知識がそれなりにあった。犯人が何もない空間からぽっかり現れでても、その事自体にはあまり驚かなかったわけだ。実際、碇ではとんでもない事がひっきりなしで何度も起こるし。』
香坂刑事がそう言葉を続けようとした時、現場に黒塗りの車が三台滑り込んできた。
「噂をすればなんとやらだな。俺達の出番もここまでのようだ。」
香坂刑事は事情を薄々知って動いている鑑識の人間達に撤収の合図を送った。
同じ警察の仲間達だった、二度手間は取らせたくない。
「最後に、俺からのアドバイス、いいかね、」
「是非、、警察と機構が対立関係にあるなんて、、なんとなく安心しましたよ。」
「こうやって事件を目の前でかっさらわれて行くんだ、あたり前だろ。さあアドバイスだ。犯人が突然、出現したのには本当に吃驚しましたって言うんだ。今でもワケが解らないとね。特異点のトの字も出さないことだ。奴らはそれもあんたの嘘だって見破ってるけれど、それで許してくれる。特異点は巨大な公然の秘密、、機構はそれが判っている人間には牙をむかない。監督さんにもそう伝えてくれ。俺は、監督の撮った(夜霧の悪徳警官)が好きなんだよ。これからも長く映画を取り続けてほしいんだよ。」
闇の中の自由落下中に、自分の身体がベルトの位置で捻れた。
吐き気がして脂汗がでる。
そして身体が上半身と下半身に別れて引きちぎれようとする寸前に、伸びたゴムが元に戻るみたいにブルンと元の体型に戻った。
勿論、それは感覚上の出来事に過ぎない。
気がついた時、護は受け身も取れないままに地面に尻餅をつく形で、ストンと特異点内部に出現していた。
無様だったが、実に安全な侵入を果たしたことになる。
今度やる時は絶対に格好良く進入してやると、護は妙な感想を抱いていた。
尻に付いた土埃を払いながら立ち上がり、護は周囲の様子を注意深く観察した。
いつものように特異点内部はもう日が暮れていた。
考えてみると、自分はまだ日が高い内部世界を見たことがない。
一番明るい時でも夕暮れ時だ。
これとは逆に、いつも明るい内部世界を持つリペイヤーもいるのだろうかと、護はふと考えた。
遠くにドラム缶で薪をしている数人の人影が見えた。
移動中のデバイスから見るいつもの連中だ。
デバイスに乗っている時は、一瞬しかその姿が認められないが、今日はじっくりと彼らの顔が拝める。
特異点内部の自分と夾雑物以外の人間。
興味津々だった。
勿論、その正体は多くのリペイヤー達がそう思っているように、ハイパーナノロボット達が作り上げた擬生命体なのだろうが、それでもハイパーナノロボットが護という人間の意識に感応して作り上げた人間がどんなものなのか、好奇心が刺激されないわけがない。
彼らは鈍感なのか、あるいはそうチューニングされているのか、護の近づく足音が聞こえる程の距離になっても、それに反応する様子はなかった。
とうとう護はドラム缶の火に当たりにいく格好をして、彼らの輪の中に入った。
そしてさりげなく彼らの顔を覗き込んだ。
彼らはとてもよく出来た案山子だった。
ぼろ切れの顔面にはマジックで書かれた皺と縫いつけられたボタンの目があった。
よく見るとドラム缶の中で燃えている薪も偽物だった。
熱を発する事のない偽物の炎が規則的に揺らめいている。
「なんだい、がっかりしてるのか?」
ロバート長谷川が護の隣で案山子達と一緒に火にあたっていた。
「これぐらい予想出来ただろうが、、誰がやったって人間っていう生き物が一番作りにくいと思うぜ。それにお前が自分の妄想世界に他の人間を入れたいと思うわけがないじゃないか。この世界にいる人間はお前と俺だけさ。」
「・・・・それはちょっと違うだろう。あんたは人間じゃない。この世界にいるのは俺と幽霊だけだ。」
「ほう、やっと、俺をロバート長谷川の幽霊だって認める気になったか。褒めてやるよ。ご褒美にほれ、あっちをみてみな。」
そういってロバート長谷川が指さした方向には、さっきまで無かったものが出現していた。
巨大と言っていほどの大きなアメリカンタイプのオートバイだった。
ロバート長谷川がそちらに向かって歩いていく。
引き寄せられるように護もそれに続く。
「ワルキューレ・ルーンだよ。良いものは色あせないな。覚えてるか、こいつの写真、初めて見せてくれたのはお前だぜ。」
ロバートはオートバイのメタリックな塗装が施されたガソリンタンクを撫でている。
確かにそのオートバイの形には見覚えがあった。
「・・・俺とお前、あの頃はお互いまだライバルと呼べるような関係じゃなかったな、」
「あんたは最初から天才だった。」
「お前だって天才だったぜ。だが俺が初めて見たあの頃のお前はその自覚が無くて、試合の休憩時間には仲間の選手とだべったり、音楽を聴いたり雑誌を読んでたり、出来の悪い普通の高校生だった。」
「それが当たり前だろ。いくらフルコンタクトの空手だってやってるのは遊び盛りの高校生達だ。ましてやあの頃の俺は予選をまぐれで突破したんだ。そんな空手命みたいな感じになれるか、、。ところがあんたは、試合に来ても暇があれば学校の勉強をしてるかトレーニングをしてた。既に十分強くて頭がいいくせにだ。しかも気負いもなくクールにだ、、。」
そう護は言ったが、実際の彼の状況は少し違っていた。
当時、護は蒸発してしまった父母の代わりに母方の祖父母に引き取られており、この祖父が昔から空手をやっていたので、この祖父の為に話し相手と恩返しの積りで空手を始めたのに過ぎないのだ。
生活は苦しく、遊びたくとも遊ぶだけの余裕もなかった。
「・・あの頃唯一の俺の趣味がオートバイだった。実物は両親からお預けをくらってたがね。俺がお前の存在を知ったのは、お前が休憩時間にたまたま開いてたオートバイ雑誌のおかげさ。」
話に登場するそのオートバイ雑誌も護が自分で購入したものではない。
逆に長谷川の家庭は裕福で、息子に買い与えるオートバイの金などいくらでもあった。
「、、、ああ、思いだした、、あの時か。俺はあんたの事を知ってた。いや誰でも知ってたな。常勝チャンプのロバート長谷川だもんな。口の悪い奴はセレブファイターロバートって言ってたぜ。そのロバート長谷川が俺のいる場所に近付いて来て、それ見せろよ、、だもんな。しかし二人の共通項の趣味がオートバイだったなんて、今知ったよ。」
「だろうな、俺は周りの人間にずっと優等生扱いされて来たし、俺もそれを演ずる事に異存はなかったからな。ハイティーンのガキどもが興味を持ちそうなものなんかまるで眼中になくて、さすがって言われる事に興味があるのがロバート長谷川ってわけさ。」
ロバート長谷川はオートバイにまたがるとハンドル近くに差し込んであったイグニッションキーを引き抜き、人差し指に付属のリングを入れてそれをぐるぐると回した。
「1800cc水平対向6気筒OHC搭載か、、、しかし便利だよな、この世界って、何でも思ったモノが手に入る。ガソリンは満タンでおまけにキーまで付いてる。さあこの私に乗ってくださいって奴だ。」
そういうとロバートはオートバイのキーを護に投げてよこした。
護がそれを受け取った瞬間、ロバート長谷川の姿は消えていた。
学生時代のロバート長谷川の知られざる素顔について彼ともう少し話していたかったが、何せ相手は幽霊だった。
好きな時に現れて好きな時に消えていく。
それでもこの案山子達よりはいくらかはましだと思いながら護は凱歌に近付いていった。
移動デバイスはちゃんとジッグラトの側にあった。
護は乗ってきた凱歌をデバイスの隣に止めると、ジッグラトに向かって歩き始めた。
ジッグラトの地上にある正式な出入り口を暫く見つめてから、護はそこからジッグラト内部に入ることを諦めた。
ジッグラトの外壁を取り巻くようにして作られた階段はこの前の爆破で寸断されてしまったから、男が爆弾を仕掛けた窓や、護が中ずりになっていた場所に近付くためには、ジッグラト内部の階段を使うしかないのだが、、、。
それでも護はジッグラト内部に入る気になれなかった。
それに、あの出来事が起こった場所は、爆発の中心地でもあり、そこに近付いたとしても、そこにあるのは破壊跡だけで何か特別な発見があるとは思えなかった。
それより護の気持ちは自分の足下に飛び散っている瓦礫に集中しはじめていた。
やはり予想通りだった。
爆発の真下、つまり護が墜ちた場所には、レズリーが言った砂山はなく、代わりにいくつもの巨岩が爆砕された瓦礫が堆く積もっていた。
特異点内部世界が、今は護の意識にシンクロしていて、護の体験に辻褄をあわせたのだ。
するとドクターヘンデルが言ったように、護が救出された時の内部世界はレズリーのものへ書き換えられ始めていた可能性があるのかも知れない。
だから俺は一命を取り留めたのか、、、いや違うと、護は考えた。
少なくとも俺は自分の左手首を爆発が起こる寸前に切断し、そのお陰で爆死から逃れる事が出来た。
レズリーがこの世界に来たのはその後の事なのだ。
しかし手首を自らの意志で切る所までははっきりと覚えているのに、その直後からは、記憶が蒸発してしまっている。
その空白で何かが起こったのだ。
・・・いや総ては幻か、もしかしたら、自分では偽の報告書としてヘンデルに書き送り、口頭で応えた内容こそが真実なのかも知れない。
特異点の中では何でも起こりうる。
護は瓦礫の山を少し登ってみたり、探ってみたりした。
「何を探してるんだ。もしかして自分の干からびた左手か?」
瓦礫の山に腰を下ろしたロバート長谷川の幽霊が、護を見下しながら言った。
「うるさいな、ちょっと静かにしてろよ。」
何も見つからないと思いながらも護はムキになって自分の足下の岩をひっくり返している。
「お前が機構本部の救急室で目が覚めた時、左手にマニキュアがあったろう。あれがヒントなんだよ。お前、俺が名付けた生け贄王女と一緒に階段から落ちたんだよ。」
「何が言いたいんだ?」
「何が言いたいって、お前には判っているはずだ。判っている筈なのになぜだか覚えてないふりをしてる。そんなお前に、なんで俺がご親切に真実を教えてやる必要があるんだ。こうみえても俺はお前に殺された人間の幽霊なんだぞ。・・でもな、同じ趣味を持つモノ同士として今日は一つだけサービスしてやるよ。お前の左足の下だ。そこをもう少しほじくり返して見るんだな。」
そう言い終わるとロバート長谷川はまるでシャボン玉がはじけるみたいに姿を消した。
護は消えた幽霊の言った通りに自分の足下の瓦礫を再び掘り始めた。
ロバート長谷川の言葉を、信用するしないの問題ではなく、それしかやることがなかったからだ。
しかしそれは、幽霊が言った通り、護の左足が乗った位置から出てきた。
、、、血錆で覆われた大鉈。
護の左手首が僅かに疼いた。
カルロスは腹の底からこみ上げてくる笑いを必死で堪えながら、波止場の倉庫街に向かって走った。
何がおかしいのか自分でもよく判らなかった。
カメラや照明器具、自分たちを遠巻きにして取り囲んでいたへなちょこ共の顔を見て、ようやく自分が撮影現場とやらに紛れ込んだ事が判った。
特異点で手に入れた力を使って飛んだ先が、ヤクの取引現場、俺はなんてツイているんだ!と思った。
しかもあれほど見事に度胸が決まって、相手の頭を二人分ふっとばしたというのに、その相手がただの素人とは、、、これが笑わずにいられるか。
昔なら酒に逃げ込みながら、己の早とちりが起こしたこの現状から逃げ出すための逃亡プランを必死に練っていただろう。
だが今は違う、己の犯したヘマも余裕で笑い飛ばせる。
これから実現するであろう、100の成功の前に、1のドジは単なるジョークに過ぎない。
俺はヒトを超えた。
パトカーのサイレンが聞こえる。
非常線が張られているだろう。警察犬がそこら中を嗅ぎ回っているかも知れない。
だがそれがどうだというんだ。
人間はこの俺を絶対に掴まえられない。
現に見ろ。
とカルロスが念じた瞬間、彼の姿はその場からかき消え、次の瞬間にカルロスは、そこから遠く離れた馴染みの娼婦の部屋にいた。
どの様な姿勢で次のポイントに出現するかをイメージで描けば、そうなる事をカルロスは2回目の跳躍で理解していた。
床の上に立っている自分を想像したカルロスは、波止場のように空中に飛び出す事もなく、情婦の部屋の床の上に立っていた。
特異点の力に「座標」を与えてやればいいのだ。
そうすれば後の面倒な事は総てやってくれる。
理屈など考える必要はないのだ。
最近の多くの家電製品は人間自体がリモコンの役目を果たしている。
手の一振りに機械側が感応して作動する、あれと同じだ。
恐らく、カルロスの頭の中にだけある空想の場所を想像してジャンプしようとすると、特異点の力はそれに最も近い現実の場所を割り出して、そこに彼を連れていってくれるだろう。
だから逆に言えば、カルロスが知っている場所なら世界中のどこへでも行けるのだ。
カルロスは、次に自分の脚で部屋の片隅にある情婦のベッドに飛び込んだ。
ベッドに大の字になって横たわり、先ほど二人の人間を撃ち殺した大型軍用拳銃の銃口に口づけをした。
「気に入ったぜこの銃。新しく生まれ変わったこの俺の記念の意味も込めて、大事に使わせてもらうぜ。どじで間抜けなリペイヤーさんよ。」