特異点修復者シリーズ (刑事編)出向 #9
9: 半年後 出向
護は、連行してきた夾雑物を特異点進入路側にある保安ブースに連行し、その身柄を保安員に引き渡した。
簡単な書類交換の後で、保安員二人が挟むようにして連れ去っていく壮年の男。
その右目の周りには、くっきりとした痣があった。
護が特異点内で男に負わせた打撲痕だった。
その右目の下の頬が引き連れる。
嗤ったのか歪めたのか、、とにかくその男は、保安員に連れ去られながら振り返って護にこう言ったのだ。
「これが最後のチャンスだったんだ。あんたを怨むぜ。」
「・・・怨まれる筋合いはないな、むしろ感謝して欲しいもんだ。」
護はそう返したのだが、その声が遠ざかっていく男に届いたかどうかは判らない。
むしろその言葉を聞いたのは、護の隣にいたゲッコだろう。
「まだ不幸は続くのにな、、。特異点内部を一度でも覗き込んだ一般人は秘密保持の為に、脳の一部を焼かれる。その記憶の消し方は、半端じゃない。人によってはいろんな後遺症がでるそうだ。運良く力を得てもリペイヤーに捕まれば機構で実験材料として一生飼い殺しだ。お前さん、そう言う意味では、怨まれても仕方ないんじゃないか。」
「普通の人間が特異点の中で力を得る、、、見方を変えれば、人間が強烈な放射能に被爆して身体に異常をきたすのと同じ事だ。俺達、リペイヤーの中じゃ、夾雑物が力を得るのは、特異点と繋がるレシーバーみたいな癌細胞が、奴らの体内に発生するからじゃないかと考えられている。俺もその点については同意見だね。やっぱり俺たちは感謝されてしかるべきなんじゃないかな。」
「変わったな、お前は、、。」
「よしてくれよ、俺は昔から夾雑物には厳しかったし、あのドジの後から生活が荒んだって訳でもないだろう。」
「ああ相変わらず拿捕率はトップクラスというか、いやダントツの成績だな、、休養なんか全然取ってないんだろう?オフの時でも機構の宿舎でずーっと待機したままだって話だ。」
「奴らがダイビングした直後は暫くグレーゾーンにいる、俺達の内の誰に墜ちるかはまだ決まっていない。そういう時はルーレットが回るのを待たないで、奴らの真下にこっちから移動して、ネットを広げて待っていればいい。移動式の蟻地獄だな。」
「仲間の評判はよくないぞ。そのやり方だと人の獲物を横取りしてる可能性がある。」
「なんだ?わざわざそれを言うために、こんな所までやって来たのか。トンネルでいつでも話が出来るじゃないか。」
「あっちに行く直前は、誰もがナーバスになる。そんな場面で難しい話はしたくない。管制官としては当たり前だろう。それにお前は最近ずっと、俺の事を避けている。ゆっくり話をしようともしない。」
あんただけを避けてるわけじゃない、と思わず言いそうになった護だが、その場は肩をすくめるだけにして歩き始めた。
「お前のことで、サーフスターに色々と苦情が上がっているそうだ。彼は自分が動く前に、なんとかならないかと俺に相談を持ちかけてきた。」
サーフスターはリペイヤー達にとっての直属の上司だ。
「まさか、この俺が夾雑物を横取りしてるとかで文句垂れてる野郎がいるのか?俺達の仕事はノルマ制じゃないし、俺だってこっちに墜ちてくる奴らを全員処理できてるわけじゃない。」
「それでも拿捕率は、リペイヤーにとって勲章みたいなものだ。」
「だったら俺みたいに夾雑物がグレーゾーンにいる内にスタンバイすればいい。その時、夾雑物がどっちの世界に墜ちるかは、それこそ運の問題だ。」
「リペイヤーの中には家族持ちだっている。きちんとした勤務時間やシフトがあるから私生活が成立するんじゃないか。」
二人で並んで歩いていた護が、急に立ち止まってゲッコを睨み付けた。
「俺達はサラリーマンじゃない。それにサラリーマンだって残業もあれば休日出勤もあるぞ、あんたは、わざわざそんな事を俺に言うためにここに来たのか。」
「マモル、お前、銃も持たずに特異点に入ってるだろ。」
「銃は無くした、あんた知ってるだろうが、」
「いいや、銃はちゃんと支給されている。なんでそれを持っていかない!」
「武器は、あるさ、」
「特異点から拾って来たあの大鉈だろ。いつまで拘ってるんだ。特異点の中で侵入者に逃げられた事は、今まで何度かあったじゃないか?どうして今度のだけは、そんなに拘るんだ。」
「・・・・ケリが付いていない。あのドジだけはな。」
「特異点の中で力を得た人間が、もう一度特異点に戻って来るっていうケースはほとんどないだろ。だから、お前さんの頑張り方では、ケリの付けようがないんじゃないか?いくら拿捕率を上げてみたって、あの件は無くならない。そんな忘れ方なんかしたって無駄だってことさ!そんな無茶をやり続けたら、そのうち特異点に取り込まれるぞ!」
ゲッコの言葉は最後、怒鳴り声になっていた。
自分の命が欲しくて俺は奴のいいなりになり自分の左手を切った。
そんな事は当たり前だと思う自分もいれば、その左手が過去において他人の命を奪ったのだという思いもあった。
更に、そんなゲームを面白半分で仕掛けて来たあの男がどうしても許せないような、あるいは男の仕掛けたゲームにのった自分が許せないような、全てがない交ぜになった思いが護にあったのだ。
それらの思いは未だに護の中で整理が付いていない。
そのもやもやを護は拿捕率を上げる事で吹っ切ろうとしていたのだ。
ゲッコが「お前は変わった」と言ったのは、まさにそれを指していたのだろう。
「、、、。」
護の顔は無表情のまま凍り付いている。
こうして年上の友人の偽らざる心情に触れると、自分が抱いていることなど、下らない拘りだと思わない事もない。
だが、己が犯した過去の人殺しの罪を事故だったと忘れ去ることが出来ないように、命ほしさに自分の手首を切ったこと、更にそのような状況に追い込まれる侮辱を受けた事実は忘れ去ることは出来ないのだ。
「、、もうすぐサーフスターからの呼び出しがあるだろう。これからは大人しく通常勤務で頑張りますと言え、それがお前の為だ!」
ゲッコはそう言い残すときびすを返した。
後日程なく、サーフスターから呼び出しがあった。
サーフスターは不思議な男だった。
特異点内部に自由に出入りが出来る人間が存在すると判って、機構はそんな人間達を組織して調査チームのようなものを作った。
それがリペイヤーの原型なのだが、サーフスターはその内の一人だった。
元の職業は軍人でも警官でもなかった。
サーファーだったのだ。
彼の移動デバイスは、特異点内部で生成された空中浮揚するサーフボードだった。
陽気に特異点内部へ空飛ぶサーフボードに乗って突入する彼の姿を見て、機構の人間は彼のことを「サーフスター」と呼んだのだ。
だが現在のサーフスターには、その頃の面影など微塵もない。
残っているものがあるとすれば、日焼けした肌とボリュームの薄くなった長髪だけだ。
その目は殆ど海を見ることもなく、書類とディスプレイと政府の役人達の顔しか見た事がない。
その天才故に、機構のトップとして、まさに好き放題の事をやっているヘンデルとグレーテルに対して、サーフスターは、現場上がりでしかも実働隊のトップでありながら、実務一辺倒の正に中間管理職のような仕事をこなしていた。
特異点に直接携わる人間と、政治や組織運営に関わる人間との繋ぎ役になれる人物は、初期のリペイヤーにはそれほど数がいなかったのである。
一部の隙もない、かちっとしたスーツを身にまといながら長髪を止めないのは、彼の中に少しだけ残っているサーファーとしての意地だったのかも知れない。
テーブルの上の第2執務補佐官というプレートが鈍く光っているのを見ながら、護はサーフスターが書面から目を離しこちらを向くのを待っていた。
「相変わらず見事な成績だな。レズリー・ローの遙か上を行く、、。しかし給料は増えんぞ、歩合制じゃないからな。」
サーフスターに呼び出しを喰らった者は、彼の部屋でじりじりと絞り上げられると聞いていたが、意外に話は早く進むように思えた。
「君の同僚から色々な不満の声が挙がっている。だがそれもすぐに解決する。いや一時棚上げになると言った方が正確か、、ヘンデルが、なぜ今回の件をのんだのか少し判る気がするよ。君も社会勉強をすれば、少しは大人になるかもしれん。」
サーフスターは、今まで読んでいた書類を脇に寄せると、引き出しの中から新しい書類を取り出して、それをテーブルの上で滑らせてよこした。
書類はトランプのカードのように滑って、テーブルの前に突っ立っている護の目の下の位置に止まった。
「君への命令書だ。本日をもって、君は湊市の碇湾岸署へ研修生として出向する事になる。目的は警察業務、特に刑事事件捜査について実地研修しその本質を知る事によって機構での活動に役立てること。実際は、向こうさんから現場レベルでの交流を求めて来たのがきっかけだったんだが、何故か、こんな形になった。文句を言うならウチのトップにいいたまえ。」
護は書類を手に取ろうともせず、直立したままその字面を読んだ。
命令書の最後にはヘンデル直筆のサインとグレーテルの刻印があった。
この様な書類に、二人のサインが記入されるなど異例中の異例のことだった。
「なぜ、私なんですか?」
「ヘンデルに呼び出されたとき君は、随分、失礼な物言いをしたそうだな。レズリーが憤慨していたぞ。だが勿論そんな事も、そして君が犯した過去の失態もこの事とは関係ない。君の顔にそうじゃないか?と書いてあるから、予めそう応えておく。なぜ君なのかという答えは、先方が君をご指名だったからだ。その理由は、君が排除率ナンバーワンのリペイヤーだからだ、そうだ。」
「納得できません。」
サーフスターが、うんざりしたような顔つきで護の顔を見た。
「私はここに入る時に、秘密の厳守を誓わされました。そしてその意味を直ぐに納得しました。特異点の中では、総ての事が可能になります。例えば、、例えば、空飛ぶ絨毯が欲しいと願えば、本物の空飛ぶ絨毯が与えられるんです。その空飛ぶ絨毯が、普通の世界に姿を現したら、それだけで世界はひっくり返ってしまいます。人間は自分の持っている力を最大限に振り絞って、文明を進歩させます。医療など、進歩が届かないが故に起こる不幸は不幸と見なさないとしたこと、数百年前の人類が夜空を見上げて星座の名前をつけ、現在の人間がようやく宇宙空間に乗り出したということ、その歩みの遅さはそれでいいと、、棚ボタ式に与えられる進歩は、人間にマイナスしか及ぼさない。各国家間で、そういった認識にたどり着き、当面、特異点の管理については、我が国に依頼するという結論を得たことは、人間にとっての最良の決断だったと俺は思っています。」
サーフスターは、熱弁を振るう護を不思議な生き物のように見つめた。
そして護が空飛ぶ絨毯と言ったのは、自分が昔、現役だった頃に使っていた移動デバイスが、サーフボードだった事を遠回しに言っているのだと気づいた。
そして沈黙を守り、部下が無駄な抗弁を続けるのを、珍しく許した。
「そんな秘密厳守を前提とするリペイヤーが、警察組織に研修に出るのですか?しかも相当長期にわたるものです。特異点の事や、ここでの活動について、一切の秘密を守りながら研修するなどという事が私に可能だとは思えません。」
「至極、ごもっともだな。だがこの命令書を決済したのはヘンデルとグレーテルだ。ヘンデルはともかく、グレーテルは十年先の未来を完璧に予測すると言われている存在だぞ。そのグレーテルが今、君が教えてくれたような可能性を考えなかったというのかね。」
「繰り返しますが、俺は新しい任務下で特異点の秘密を守り抜ける自信はありません。」
「本人がそう言ってるのだから、グレーテルの未来予測もアテにならない、、そう言いたいのか。」
サーフスターは、面白そうに言った。
グレーテルの能力の高さは、間近でその事例を見た者でないと、本当の意味では理解できないのだ。
だからうわさ話のレベルでのグレーテルの評価しか知らない人間には、この部下のような反応が出てくる。
サーフスターは、今まで国内外を問わず、何人もの要人達がグレーテルに多方面他分野のアドバイスを求めに来ているのを知っているし、この変人奇人の寄せ集めのような人間達が中核になっている機構自体が、潰れもせずに機能し世界的に見ても重要視されてるのは、ひとえにグレーテルのおかげだという事を痛感している。
グレーテルの判断は絶対だった。
「一つ教えて置いてやろう、君が研修先で口を滑らせてしまうような、内容など秘密の内に入らんという事だ。ダイビングポイントで特異点に潜り込もうとする不埒な人間の中には、君以上に特異点内部の情報に詳しい奴もいるぞ。我々が懸念したのは、そんな事ではなく、湊に潜り込んでいるスパイどもに君が捕まって、人体解剖され君の特異点に見せる親和性を調べられることだ。国家間協議で特異点テクノロジーへの手出しは凍結と決まったが、それは表向きの話だ。実際はどの国も特異点テクノロジーを我がものにしたがってる。で、今回の出向の条件なら、その点は安全だとグレーテルは判断を下し、尚かつ、この出向が機構にとって有利に働くと、その神の目で先を読まれたんだ。私は今までグレーテルの判断が間違ったのを見たことがない。そしてヘンデルは、これが藍沢護というリペイヤーを指名したものでなければ、話は違っていたかも知れないと仰っていた。」
護が最後の言葉をどう考えて良いか迷っている間に、サーフスターがもう部下と付き合うのには飽きが来たという口調で最後の言葉を添えた。
「271会議室は知ってるな。そこに警察からの人間が一人来てる。形式上では君のサインがその人物が持参した書類に書き込まれない限り、この出向は正式なものにはならない。勘違いするなよ、あくまで形式の話だ。我々機構は既に君に対して命令書を出している。気持ちよくサインして来るんだな。」
護は、もうこれ以上この場所での抵抗は無駄だと知って礼をしてから退室しかけた。
「・・・ああ、もう一つ、言い忘れた。271には君の保護者であるゲッコがいる。彼はここに、君に対する同僚の苦情や申し立てを、なんとか穏便に処理してくれるようにと頼み込みに来てたんだ。君を待ってる警察の御仁のお相手に、丁度いいんじゃないかと思ってね。接待をゲッコに振ったんだ。そんなに大事な友人なら、こいつに会っとかない手はないぞとな。それに私の部署の部下では、この手の人間には役不足だ、、。直接会う前に、ゲッコから情報を仕入れておくといい。君は、これからこの機構の、いやリペイヤーの代表になるんだからな、なめられるんじゃないぞ。」
勝手に言ってろと、腹の中で思いつつ、護はその場でもう一度頭を下げて部屋を出た。
管制官としては古株のゲッコとサーフスターは昔組んでいたという話を聞いたことがある。
二人は旧知の間柄なのだろうが、部署の違う人間に、本来自分が仕切らなければならない役割を押しつけるサーフスターに、ちょっとした苛立ちを護は覚えていた。
部下が心許ないというのなら自分で相手をするのが当然だろう。
それとも既に、その人物との最初の面談で、サーフスターに負担を感じさせる何かがあったのかも知れない。
口先では手慣れた様子で、先ほどのような内容を喋ったサーフスターだったが、機構内部のリペイヤー部門の人間で、現場の警察の人間と生で渡り合った人間はいないはずだった。
サーフスターが「君の保護者」と呼んだゲッコが271会議室側近くの廊下の壁にその長躯を預けていた。
そして近付いて来る護の顔を見て、その表情は一瞬明るくなって、又、暗くなった。
ゲッコの方から護に近付いてきて、271会議室に行く手前で、護を止めた。
「サーフスターが接待を俺に振った理由がよく判ったよ。奴は、とんでもない食わせ物だ。」




