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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第4章
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 ……どうして? 

 エリーは驚天動地の展開に目眩を感じていた。

 剣を投げ出して、爪先に近づくくらいに頭を下げる。鬘の長髪がばさっと前に落ちた。


「まさか執務官とは思いもよらず、このような無礼を申し訳ありません……」

「いや、構わない。元々怪しい格好で近づいた俺が悪いんだからな。それよりも、一応お忍びだから、小声で話して欲しいな」


 フェルディンは、王城で会った時のように、にこやかに手を振りながら、馬車から飛び降りた。

 長い黒髪が微かに揺れる。

 ……本物だろうか。

 計ったように現れたフェルディンの意図していることが、エリーにはまったく分からなかった。


「どうして執務官がこちらにいらっしゃるんですか?」

「領主から特別招待されてね。来たついでに、君の様子をちょっと見ておこうと思って」

「……それで、わざわざサンセクトの神殿まで来て、助けてくださったんですか?」

「ああ、偶然通りかかったら、君が大変なことになっていたから、放っておけなくてね」

「はあ……」


 ならば、あの時点で名乗ってくれれば良かったような気もする。


「エリー、この人一度殴っておいた方が良いかもよ。単なる変質者かもしれない」

「ふざけるな。フェルディン執務官に対して何てことを言うんだ! ――って、ティル!」


 はっとしたエリーは、背後に立っていたティルを前に押し出した。


「フェルディン執務官、実はこの者がティルと名乗っている魔術師なんですけど、本物なのでしょうか? 執務官はご存知ですよね?」

「うーん……」


 フェルディンは、長身の体を折って、まじまじとティルを見つめていた。ティルは美しい顔をおもいきり歪めて、横を向く。

 やはり、知り合いのようだが……?


「……でも、俺にこういう魔女の知り合いはいないけど」


 エリーが男だと、きっぱり断言すると、フェルディンは大仰に驚いた。


「もしや、ティルかあ……。知らなかったよ。女になったなんて」


 見るからにわざとらしい演技である。

 だが、ティルも負けてはいなかった。


「私もだよ。私の知っているクレイ=フェルディンっていう男は、眼鏡の銀髪男だからね」

「眼鏡は割れて、髪は染めたんだ」

「へえ? 怪しいなあ。もしかしてフェルディンを騙る偽者? 変装でもしてるの?」


 そう言いつつ、ティルがおもいっきりフェルディンの頬を引っ張ると、フェルディンはその手を叩いた。


「痛いじゃないか。お前なんか、警邏隊に引き渡して宗教裁判にかけてやるからな」


 ……何だか、フェルディンという男は、エリーが想像していた冷静沈着な印象とは異なっていたようだった。

 子供のような台詞で、ティルと互角に喧嘩をしている。


「仲がよろしいんですね?」


 何気無く口にしたエリーの一言で、二人ははっと我に返った。


「こんなことをやっている暇はないな」

「――そうだな。フェルディン」


 ティルはぱっとフェルディンから離れると、前方に巨大な口を開けている城門の中へと、入って行った。


「……おい、ちょっと、待てよ!」


 ミルディア城の両開きになった正面扉の前で、エリーはティルを捕まえた。


「言っておくけど、エリー。私は自分の心に従って行動しているし、断じて国王の手先じゃないからね」

「分かってるよ。手先は俺の方だ」

「だから、この中に入ったら、私は私。あんたはあんたの仕事をすればいい」


 エリーは不可解なティルの言葉に辛うじて、ああ、と頷いた。


「まあ、無茶だけはしないでね」


 ティルは、男だったら惚れてしまうような、しなやかな微笑を浮かべると、さっさと城内に消えて行ってしまった。


「何だ。あいつ?」

「さあ、行こうか」

「うわ!?」


 いつの間にかフェルディンはエリーの隣にいた。

 さすがにローブは脱いだらしく、高位貴族らしい華やかな黒の衣装を纏っている。

 だが、変に目立つ銀色の仮面を再び装着していたので、せっかく飾り立てても、すべてが台無しになってしまっていた。


「執務官、なぜ仮面を被るのですか?」

「仮面舞踏会だからね」

「それはどういう舞踏会なのでしょうか? 宮中の舞踏会なら私も知っていますが?」

「その言い草からして参加するのは初めてか。まあ、何てことはない。仮面をつけて、踊る。ただそれだけだよ。貴族の遊びさ。顔を見せたいお偉いさんもいるし、任意のものだから、君は仮面なんかつける必要はないけど」


 たとえ強制であっても、エリーはそんな暑苦しいものは身に付けたくない。


「俺の招待状がある。君も一緒に入ると良い」


 フェルディンは、そのまま真っ直ぐ受付に進んだ。その後にエリーも続く。 フェルディンの好意に甘えることが得策だと判断したからだった。 

 受付では若い執事が落ち着いた面持ちで、フェルディンを待ち受けていた。

 国王に次ぐ権力者のフェルディンの登場にもっと慌てても良いはずなのだが……。


「貴方は……、フィルセ領主、ワイズマン様ですね」


 執事はフェルディンの差し出した白い封筒の中身とフェルディンを見比べて、そう言った。エリーには一瞬何のことかまったく言葉が分からなかった。


 ――フィルセといったら、王城セイレンの真北の辺境の地である。


 そんな地方領主の名を、国王側近のフェルディンがどうして口にしなければならないのだろうか。

 叫び出しそうなエリーの口をフェルディンの大きな手が塞いだ。

 訝しげにこちらを見上げる執事に、フェルディンは実直な口調でこう言う。


「実は私その息子のヒューズと申します。父が体調不良のために、代わりに伺ったのです」


 そうですか、と若い執事は、表情一つ変えず、あっさりとフェルディンを招き入れた。……いいのだろうか? 明らかに偽名だ。


「ちょっと、執務官。一体どういうことなんですか?」

「言ったでしょう。お忍びだって」


 ティルの言っていた通り偽者じゃないのだろうか。疑い始めたエリーがちらりと横目でうかがうと、しかしフェルディンは鼻歌を口ずさんでいた。上機嫌のようだ。


「せっかくだから、踊っていこう。エリオットくん」

「何をおっしゃっているんですか!」


 もしも、ここに愛用の長剣を持っていたら、危なかったかもしれない。エリーはこみあげる諸々の感情を何とかして沈めた。


「俺、いえ、私は仕事でここに潜入しているんですよ」

「分かっているさ。そうでなければ、君が自分から礼装(ドレス)を着ることはないだろうからね。本当勿体無い。美しいのに……」

「執務官!」


 フェルディンは、おもむろに白い両開きの扉の先を指差した。

 部屋だけでエリーの家が十軒くらい入ってしまいそうな広い会場は、赤い絨毯が見えないほど、人で溢れ返っている。大変な人数にティルの姿を捜すことも困難だった。


「ねえ、これだよ。この混雑の中で君の出来ることと言ったら、踊ることくらいだろう」


 ……偽者だ。

 きっと自分はフェルディンに変装している誰かに嵌められているのに、違いない。

 エリーはそう感じていたが、フェルディンは人の隙をつく天才だった。

 エリーの手を取って、駆け足で宴会場から続く中庭に出る。思いがけない強い力に、エリーは即座に対抗できなかった。


「あそこだと人が多くてね。目立つことも出来ない」


 ……目立ってどうするのだろう。


 唖然とするエリーの手袋に、フェルディンは軽く唇を落とす。それが貴族でいういうところの踊りの開始合図みたいなものだ。

 エリーは宮廷の警備をまかされた時に何度も目撃している。この合図を与えられてしまったら、貴族は一曲踊らなけばならない礼儀だということも知っていた。

 たとえこのフェルディンが偽者だったとしても、中庭にぽつんと二人でいるエリーたちは、とっくに城内の招待客に注目を浴びているのだ。ここで礼節を欠いたら、エリーは大変な目に遭うに違いない。


「勘弁して下さい。私は踊ったこともないんですよ」

「俺に合わせてればいい。結構踊りはうまいって評判なんだ」

「そんな無茶な……」


 弱音を吐いている側から、室内で生演奏が始まった。

 ……無理だ。

 中庭の広大な芝生の上で、エリーは途方に暮れていた。踊ったことなど一度もない。それに、高い踵の靴が邪魔で普通に動くことすら出来ない。


 …………一体どうしたら良いというのだろうか。 


 しかし、フェルディンはエリーが恨み言を口にする前に、颯爽と足を踏み出した。エリーを抱え込み、優雅な舞踏を披露する。

 実際、ほとんどフェルディンが踊っているのだ。

 それなのに、エリーも踊っているように見せることが出来るのは、フェルディンがうまいおかげだった。

 軽快な音楽に、エリーは青い礼装(ドレス)をはためかせて、くるりと回る。初めての経験に、エリーは不本意ながらも、熱中してしまった。


「さすが、鍛えてるだけあるな。上達が早い」

「……し、執務官がうまいんですよ」


 軽やかに流れてくる旋律に、エリーは体と音楽が一体となった気がしていた。 足がもつれそうになりながらも、何とかフェルディンの足を踏むことなく、一曲踊りきった。

 盛大な拍手が湧き上がる。

 恥ずかしさと安堵感が一杯で、集まった観衆を見返すことも出来なかったエリーだったが、ふと、笑みのない視線を察知して、面を上げた。

 見覚えのある初老の男が人ごみの隅にいる。


 ――スタンリーだ。


 エリーはその時になって、フェルディンの考えを初めて理解した。衆目を集めれば、主催者である領主は必ずやって来る。

 やはりフェルディンはエリーの目的を分かっていて、エリーが領主に会わなければならないことを知っていたのだろう。

 エリーは柔らかく肩を押された。


「俺も行こうか?」


 さすがに、その言葉には首を振った。


「私の仕事ですから」


 フェルディンの顔は見えなかったものの、微かに笑っているような気がした。 

そして、エリーは思い出していた。フェルディン執務官は踊りを苦手としている……、という噂話を。


 誰よりも、踊りがうまいと評判だったのは、……確か?


「とうとう、来てしまったのか……」


 結論が出るよりも前に、エリーはスタンリーに呼び止められた。

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