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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第2章
12/40

 ――二人の話は長かった。


 正確には、二人ではなく露天を営む商人のほとんどが会話に入ってきた。

 勿論、仕事もしているので、そんなに多くの事柄を個別に話すゆとりはなかったのだが、彼らの言い分ははっきりしていて、単純なエリーには分かりやすかった。

 要するに、金が入ってこないということだ。いくら働いても、金が税金として取られていく。それを、皆が全員国王のせいだと信じ込んでいる。

 エリーには何かと不審な点も多かったが、あえてその場では、誤解を解こうとか、自分の身分を明かすような真似はしなかった。

 まだ調査段階である。

 まずは現状を把握すること、町の人の声を聞くことが大切だ。

 日が高くなってきたところで、エリーは町をぐるりと回った。なぜかティルも一緒だったが、もう文句は言わなかった。一週間前から町に滞在しているティルの存在は、エリーにとっては貴重なものとなっていた。

 狭い町ではあるが、道が入り組んでいるので迷いやすい。ティルの案内が必要だった。


「確かにこの町はおかしいな。ティル……」


 一通り、町を観察してから、エリーとティルは、表通りに面している洒落た料理店に入った。昼時とあって、混み合い、繁盛しているようにしか見えないが、もうエリーは素直に受け止めることが出来なくなっていた。


「やけにしおらしいじゃないの」

「しおらしくもなるさ。こんなややこしい問題、どうすれば良いっていうんだ」


 運ばれてきた料理に、手をつけることも出来ずに、エリーはうなだれた。

 正直、自信がない。剣での力勝負ならば、エリーにも勝算がある。だが、この町で起こっている事件は、剣の腕だけではどうにもならないことばかりだった。


「お前だって、よくこんな状態を目の当たりにして、暢気に食っていられるな」

「この店に入ろうって言ったのは、そっちじゃないか……」

「それはそうだが、注文しすぎだろう。俺はこんなに食べられないんだからな」

「じゃあ、この芋の揚げ物もらって良い?」


 言うが早く、ティルはエリーの食器から、山盛りになっていたおかずのほとんどを持って行ってしまった。呆れるのを通り越して、感心してしまう。

 そういえば、昨夜のティルも葡萄酒を飲むというよりは、胃袋に流し込んでいた感じだった。あれは、男だとばれないように、食事を控えめにして、酒で腹を満たそうとしていたのだろうか。


「食べろよ。お前男だしな。そんな小盛りじゃ足りないだろう……。もっと食べろ」

「はあっ? 気持ち悪いなあ。何かそう言われると嫌だな。仕方ないな。半分返すよ」

「いらん!」


 そんなやり取りを繰り広げるエリーとティルの周囲には、高そうな衣服を着た男たちが楽しそうに喋りこんでいた。

 ほとんど何を喋っているのか分からないのは、彼らが外国人だからだろう。

 つまり、この町で暮らす人たちは、食堂を利用していない。家で食べるのが好きなわけでも、この食堂の味付けが悪いわけでもないことを、エリーはこの短い時間で知ってしまった。彼らは外食をしたくても出来ないのだ。


「俺は本当馬鹿者だな。昨日この町に入った時点で異変に気付くべきだった」

「無理でしょう。だって、あんた、昨日は私に気を取られていたんだから……」

「しかし、俺は見習いとはいえ近衛騎士だ。なのに、陛下の御心を理解しようとしなかった。愚かだよ。無理難題を押し付けられ、体よく左遷させられたのかと思っていた」

「国王の心なんざ、誰にも分かりはしないよ」

「そ、そうだな。陛下の御心を俺ごときが量れるはずがないよな」

「違うよ。国王の心なんか分かったって、それが良いこととは限らない」

「それは、陛下を愚弄しているのか?」

「いいや。真実を伝えて、あんたを慰めているんだ」


 慰められているというより、からかわれているような気がする。

 ティルの威勢の良い食べっぷりに、むしろ食欲が減退したエリーは、視線をずらして外を眺めた。二階にある食堂の窓からは、港の景色を一望することができる。

 青い空の下、幾艘もの大きな船が出入りしていて、船の下を大勢の人が商品の出し入れをしていた。青空市場を移動しているのは、外国の行商人だろう。色とりどりの民族服を身につけた人たちは熱心に品物を選んでいる。金銭の流通はうまくいっているはずだった。これで、金が入ってこないはずがない。


「この町で唯一富んでいるのは、外国の行商人だってな。元から住んでいる人はどんどん貧乏になるように、仕組まれているって……」


 裏通りで見た、痩せて、動かなくなっている親子をエリーは思い出していた。

 白亜の建物が並ぶ、温暖湿潤な町サンセクト。その昔は、「グローリアの楽園」と呼ばれて、観光地にもなっていたというのに、今はどうだろう。一歩道を入ったら、まるで戦時中のグローリアだ。


「ああ……、一つに税金だったよねえ。唯一私たちにも分かるのは、国王が悪いというよりも、町長が独断でつりあげているということだろうけど」

「どうして、この町の人たちは町長ではなく、陛下に怒りの矛先を向けているんだ?」

「さあね。他の町での国王の評判を知っていたなら、そうそう文句は言わないものだと思うけどな。悔しいけど、偉大なる国王陛下は、今のところ不平不満が募るような政治はしていないようだし……」

「今悔しいと言っただろう。確かにそう言ったよな、ティル?」

「さあ、言ったかな?」

「どうして、そう平然としていられるんだ。お前は一週間前に来ていたんだろう。当然この現状を知っていたはずだ」

「知ってたよ」


 その開き直ったような一言に、エリーは思わず腰を浮かせたが、やめた。

 ゆっくりと椅子に戻る。


「――そうだったな。あの首飾りの件は最悪だったが、すべて計算づくで俺をあそこに誘導したんだろう。魔術師ティル?」

「へえ、持ち上げてくれるじゃない?」

「茶化すな。これは、陛下に進言しなければならない問題だ。税率は国で一律に決められているものだ。新王が立ってからは無理のない程度に安くなった。そんなに負担になる額ではないはずなんだ。それをこの町の人は陛下のせいだと思っている」

「そうなんだよね。どの町も同じ目に遭っていると思い込んで、外の町のことも知ろうとしない。いったいどうしてなんだろうねえ?」

「町長が悪いんだろう」

「町長一人の仕業だと思うの?」


 ティルは、見惚れるくらいの美貌を僅かに歪めて腕を組んだ。先ほどまで、溢れていた食卓の上の料理はすべて空の食器に変化している。いつの間に食べたのだろうか。


「意味深に言いやがって、結局分からないんだろう?」


 エリーは眩しいものに蓋をするように、水を喉に流し込んだ。

 遠くで、神殿の鐘の荘厳な音が鳴り響く。

 町にある神殿の鐘は、だいたい朝、昼、晩で鳴るようになっている。神官の主な仕事というのは、そんなことくらいだと幼いエリーは思っていた。

 だが、故郷と似た鐘の音を久々に聞いて、和んだのもつかの間だった。

 周囲の人々がにわかに騒ぎ出した。エリーは立ち上がり、その様を注視する。


「聖女様のおでましだぞ!」


 ――聖女?

 確かに、そんな声が聞こえた。


「あのー、すいませんがお客様、お店を閉めますので、御代をよろしいでしょうか?」


 気弱そうな店の主人が申し訳なさそうに、エリーの前で頭を下げた。店の客は、既にエリーとティルを除いて、ぞろぞろと外に向かっている。


「主人、今『聖女』という言葉が聞こえたのだが、店を閉める理由はそれか?」

「えっ。ええ……。ヴァール神様が遣わした、聖女様の説法を聞きに行くのです。なかなかある機会ではないので、どうしても聞きたいのですよ。申し訳ありませんが」

「ティル?」


 見ると、ティルはとっくに立ち上がっていた。代金は少し多めに二人分、置いてある。

 さっさと、人ごみを縫って歩き出したティルにエリーは唖然と呟いた。


「――やっぱり、お前、金持ってたんだな」

「この状況で、そのセリフを持ってくるとはさすがだね。エリー」

「俺はエリオットだ! わざと呼ぶな。俺にはまだ状況が分かっていないんだぞ。聖女って何者だ? そんな話、聞いてないぞ。……神殿だったら、普通神女(みこ)だろう?」

「聖女っていったら、一人しかいないでしょ」


 ティルは熱い人ごみの中で、涼しい笑顔を浮かべた。


「フェルディン執務官から聞いたんじゃないの? 救世主といえば、聖女アイリーンのことでしょう?」

「お前、やっぱり知っていたんだな?」

「私の目的の一つはそれだからね」


 人の流れに従って、エリーとティルは海辺から離れた。

 昨日エリーが馬に揺られながら見上げていた町の象徴でもあるシザ山に向かって行く。山裾に築かれた石造りの建物は、そんなに大きくはない年代物の神殿だったが、収容力はあるらしく、大勢の人は吸い込まれるように中に消えていった。エリーとティルも、躊躇なく神殿の中に入って行く。

 ティルが率先して前を進むのが、どうにも気に入らなかったが、どうせこの男はすべて承知だったに違いない。

 何だかいつも出し抜かれている感じだ。

 緊張感が抜けたエリーは再び、語気を荒げてティルを小突いた。


「そういうことはなあ、もっと早く言えよ」

「だから、言ったじゃないか。私だって初めて会うんだ。なかなか姿を現してくれない相手のことをあんたに言ったところで、どうにもならないでしょう?」

「お前が本当にティルだとして、アイリーンとは面識があるのか?」

「その辺の説明はされなかったんだ?」

「国王の知り合いだということは聞いた。でも、アイリーンとティルの二人がどういう関係だったのかは知らない」

「そう。――で、あんたは、まだ私がティルだって思ってくれているわけ?」

「保留中だ」


 エリーがそっぽを向くと、ティルが笑いを引っ込めた。


「そら、お出ましだ」


 日頃、神殿で神官が説法する、一段高い場所に細身の人物が唐突に現れた。

 だらりとした茶色いローブの裾が彼女の歩幅にしたがって、ひらひらと揺れる。

 フードが彼女の顔にかかって影を落としているため、その顔は分からなかった。

 しかし、ティルと同じ金色の髪が窓から差し込む陽光に輝いていた。


「聖女様!」

「アイリーン様!」


 民衆は口々に呟いて、手を組み合わせ、拝んでいた。本当に名前はアイリーンと言うらしい。


「まるでヴァール神そのものだな」


 エリーが皮肉げに呟くが、しかしティルは何も言わなかった。

 ティルは、瞬きもせずに女性を見つめている。ティルとアイリーンが顔見知りだというのは、どうやら本当のようだ。

 ならば、一体アイリーンとティルはどういう関係なのだろう。

 フェルディンから聞いた史実によれば、ティルとアイリーンは、歴史上入れ替わるようにして登場しているらしい。

 二人の特徴や年齢など、詳細について、エリーは何も聞かされていない。接点があったなんて、まったく分からないのだが……。


 ――まさか恋人同士とか?


 そんなことを考えて、下世話な想像だったと反省したエリーは、神殿内部をぐるりと見回す。広くはなかった。大神殿なんかとは比べようもないほど質素な建物だった。エリーの故郷と変わらない石造りの寒々しい内装でもある。しかし、壇上にいる彼女のせいなのだろうか、独特の緊張感があふれていた。


『女神ヴァールは大空の女神。かつてキアロ大陸を席巻したイズヤ教の聖人ユトを地上に遣わした女神として、現在は有名です』


 玲瓏たる美声が、ぎっしりと人で一杯になった空間に突如として響き渡る。

 エリーは名前くらいしか知らないが、いまだにイズヤ教は、グローリア以外の国で信仰を集めている宗教だ。何でも一千年前に存在したユトとかいう人間を、神の化身として崇め奉るらしい。その中の一神がヴァールだという。一時は、グローリアでも国教としていて、ユトを祀る神殿だらけだった。やがて人数が減ったヴァール信仰者は、魔女として弾圧されたのだ。


「イズヤ教にヴァール神は吸収されたんだ」


 ティルが不機嫌を隠さずに、独り言のように呟いた。


「新しい、古いで言うのなら、ヴァールのほうが断然古い。グローリアの王族は他国の王族を妃に迎えるのが慣例化しているでしょう? その影響で神話が歪められたんだよ」


 つい最近の内乱や大まかな国の歴史しか知らなかったエリーにとって、宗教の歴史は、まったく未知の領域だった。

 ただ分かることといえば、今そこにいるアイリーンが神に等しい存在感を発揮していることくらいだ。大きな窓から差し込む光を一身に受けた彼女は、まるでその背後にあるベールを被ったヴァールの神像が、そのままこの世に出現したように神々しく感じられた。


『今でこそ、『女神』とされているヴァール神ですが、過去の一時代、不幸にも邪神として、扱われていたことがありました。私たち魔女が歴史に認められて、神女(みこ)として、今のような地位を得るようになったのは、三百年前のユスティナとの大戦がきっかけでしょう』


「――おおっ」


 と町の人間は、地鳴りのような声を上げ、熱心に聴いている。


 ユスティナの名前は知っていても、昔その国と戦ったことがあるなどとは、知らない人間がほとんどだろう。

 現にエリーも知らなかった。


『王は戦功をあげた魔女を見直し、ヴァール神に感謝をし、民に愛情を注ぐことを誓いました。王はその約束を守り、それから長い平安な時が続きました』


「まるで、歴史の勉強をしているみたいだな」


 ティルは欠伸をしながら言った。その言い草からして、頭巾(フード)の女性は、アイリーンの偽物なのかもしれない。ティルはそう見切ったのだろう。しかし、エリーには、彼女の祭壇に立つ凛とした立ち姿や、堂々たる声は、とてもただ者とは思えなかった。


『魔術とは即ち、神の奇跡……』


「聖女さま!」


 切迫した声がアイリーンの説法の途中で響く。振り返ると、エリーの丁度後ろにいた男が手を上げて彼女に急を訴えていた。


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