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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第81話 この国の理、その答え



 林の中を進みながら、バルドがふと足を止めた。


 その視線の先には、聖域の中心へと続く開けた空間が、木々の隙間からわずかに見えている。


「……他国とはいえ、巫女様の御姿を、こうして覗いてしまってよいものなのか……」


 低く呟いたその声には、僧侶としての葛藤と、どこか後ろめたさがにじんでいた。


 カゲトラは無言のまま、ただ静かに前を見据えている。その横顔には、迷いも、ためらいもない。ただ、鋭く研ぎ澄まされた意志だけが宿っていた。


 リュカもまた、言葉を飲み込んだまま、唇を引き結ぶ。彼の胸の内にも、同じ思いが渦巻いていた。


 本来なら、巫女様を直に目にするなど、絶対に許されることではない。


 とはいえ、今は非常時だ。それも、とてつもなく嫌な予感がするほどの。それは、三人が三人とも、言葉にせずとも共有していた焦燥感だった。


 まずは、状況を確認しなければならない。それが、彼らの出した結論だった。


 やがて、林の陰から聖域の広場が見渡せる場所にたどり着いた三人は、そこで思わず、息を呑んだ。


 言葉を失い、動きが止まる。


 その場に立ち尽くし、ただ、目の前に広がる光景を呆然と見つめるしかなかった。


 彼らの視線の先に広がっていたのは、同じ戦闘服に身を包み、整然と並び立つ六十名にも及ぶ女性たちの姿。


 その装いは、ルーセントやレインのものをもっと簡素化した仕様に思える。そして、彼らの歯車として育ってきた世界の統率が取れた軍隊とよく似た、まるで一つの意志で動く機械のような静けさと緊張感を漂わせている。


 全員がフルフェイスのヘルメットを被っており、その素顔は見えない。しかし、口元にわずかに覗く柔らかな輪郭と、戦闘服越しに浮かび上がるしなやかな曲線が、兵士たちが女性であることをはっきりと物語っていた。


 肌が露出しているわけではない。


 それでも、身体にフィットするその戦闘服は、女性らしさを際立たせ、同時に、ただの兵士ではないという印象を強く残した。


 バルドは、思わず数珠を握る手に力を込めた。カゲトラは、無言のまま、ただその光景を見つめていた。リュカは、喉の奥で何かを言いかけて、しかし言葉にならず、唇を噛みしめる。


 なんで……? なんで、こんなにも尊き御方が……。


 その疑問と動揺が、三人の脳裏に同時に浮かんでいた。


 まるで、神聖なものが戦場に降り立ったかのような、現実離れした光景。


 それは、ただの戦力ではない。何か、もっと深い意味を持っている……そんな予感が、彼らの胸をざわつかせていた。


 そして、林の陰から広場を見下ろした三人の目に次に映ったのは、ルーセントとレイン、四戒仙たち六人の前に立つ、見目麗しき四人の女性たちだった。


 その姿は、ルーセントやレインに勝るとも劣らぬ存在感を放っていた。


 いや、違う。彼女たちはただの尊き御方ではない。その佇まいは、まるで舞台に降り立った女神の化身のように思えた。


「……な、なんだ、あの方々は……」


 リュカが思わず声を漏らした。


 その目は、巨大な盾を構えた藍髪の女性と、風に髪をなびかせる若草色の女性に釘付けだった。


「うわ、あの方……盾、でっか……いや、でかいのに、なんであんなに軽そうに持ってんの!? てか、顔ちっちゃ! 華奢なのに、あれ絶対、めちゃくちゃ強いでしょ……」


 彼の視線は、次にふわりと微笑む風花へと移る。


「うわぁ……なんか、見てるだけで癒される……。あの方、風の精霊とか使われそう……いや、使ってるな、絶対。なんか……みてるだけで癒される……って、いやいや、今はそういう場合じゃないって!」


「……ふむ、あの桃色の髪の女人……」


 カゲトラは、花恋の姿に目を細めた。その小柄な体に似合わぬ、どこか底知れぬ気配。無邪気な笑みの奥に、鋭い計略の影が見え隠れする。


「……あの御方、只者ではござらぬな。あの笑顔、油断すれば背を取られる……いや、心を奪われるやもしれぬ。まこと、戦場に咲く花とは、かようなものか……」


 バルドは、無言のまま、一人の女性から目を離せずにいた。


 レモンイエローの髪を揺らし、魔導杖を手にした太陽のような……萌黄。


 そして、その体から放たれる気配は、雷雲のように張り詰めていた。


(……あれは、雷の申し子か)


 彼女の周囲に漂う空気は、どこか焦げたような匂いをはらんでいた。


 今は真剣な顔をみせている、その奥にあるのは、鋭く研ぎ澄まされた集中と、戦場を見据える覚悟。


(……陽の気をまといながら、雷の刃を隠しておる。あの方は、間違いなく雷神の申し子……)


 バルドは、数珠を握る手に力を込めた。その存在が、ただの偶像ではないことを、彼の僧としての直感が告げていた。



 ごくり、と喉が鳴った。


 誰のものだったかは、もう分からない。それほどまでに、三人の意識は、今はただ一人の存在に引き寄せられていた。


 広場の中心。そこに立つのは、白銀の髪を持つ青年。その姿は、神々しさと禍々しさが同居する、矛盾の化身のようだった。


 風が止まり、空気が凍る。


 かのものの周囲だけ、時間の流れが異なるかのように、世界が静止していた。


 リュカは、思わず息を呑んだ。軽口を叩く余裕など、どこにもなかった。どうしようもなく胸の奥が、ぎゅう、と締めつけられる。


「……あの方が……巫女様、なのか……?」


 その問いに、誰も答えられなかった。


 カゲトラは、無言のまま、ただ刀の柄に添えた手に力を込める。戦場を幾度も駆け抜けてきた彼でさえ、あの存在を前にしては、己の呼吸が浅くなるのを止められなかった。


「……拙者の勘が、告げておる。あれは……終わりの気配……でござる」


 バルドは、数珠を握りしめたまま、動かない。その額には、うっすらと汗がにじんでいた。


 そして、祈りの言葉すら、今は浮かばない。


 彼らの記憶の奥底に刻まれた、古の言い伝えが脳裏をよぎる。銀の髪を持ち、額に神の紋を宿す者……それは、世界の理を揺るがす者なりと。


 そして今、まさにその姿が、目の前に在った。


 蒼く輝く紋章が、額に淡く明滅している。その光が放つ波動に、空気が震え、大地がざわめく。


 言葉を失くした三人は、ただ立ち尽くすしかなかった。その場に膝をつきそうになる足を、かろうじて踏みとどめながら……彼らは知った。


 この戦場に立つあの者こそが、すべての中心であり、すべての始まりであり、そして……すべての終わりを告げる存在であることを。


 静寂の中、リュカがふと眉をひそめた。その視線は、雪の露わになった上半身へと吸い寄せられていた。


「……あれ……?」


 ぽつりと漏れた声に、カゲトラとバルドが目を向ける。


「なあ、あの人……俺たちと同じ……男、じゃないか?」


 リュカの言葉に、カゲトラが目を細めた。そして、ゆっくりと頷く。


「……うむ。あの体つき、あの骨格……尊き御方のものとは思えぬ。間違いなく、我らと同じ男子にござろう」


 バルドは、しばし黙していたが、やがて低く呟いた。


「……世界には、女王国が無数にあると聞く。そこには我らとまるで異なる……それこそ尊き御方しか居られない国があると聞く」


 そこで一度、言葉を切る。バルドは遠くを見るように目を細め、ゆっくりと息を吐いた。


「……信じられないことではあるが、この国もまた、そうなのだろう。その証拠に尊き御方しか見かけぬ……」


 その言葉に、リュカとカゲトラが同時にハッとした顔で思い返す。この地に足を踏み入れてから、彼らが出会った者たち。


 ニャルと名乗った、猫のような少女。白と黒の軍服をまとったルーセントとレイン。獣の魂を宿した気高き四戒仙しかり。


 整然と並ぶ六十名の兵士たち。そして、広場の周囲に控える冒険者風の者たちも、みな女性だった。


「……まさか……この国、俺たちの国とは逆で男がいない……?」


 リュカの声が震える。その言葉に、カゲトラもまた、静かに頷いた。


「……されば、あの御方が男子であること……すなわち、我らの国における巫女様と同じ立場……であると」


 その一言に、リュカが目を見開いた。


「ってことは……あの方が、俺たちを招魂したのと同じように……女性の魂を呼び寄せて、女の赤子を生み出す存在ってことか!?」


 その声に、バルドが重く頷く。


「……おそらくは、そういうことだろう。だとすれば、この国にこれほどまで女性しか存在せぬ理由も、合点がいく」


 リュカとカゲトラは、思わず互いに顔を見合わせた。今まで感じていた違和感……それが、ようやく形を持って現れた気がした。


 彼女たちが自分たちに接するとき、どこか遠慮がちで……それでいて、憧れをにじませた眼差しを向けてきたわけだ。


「……なんにしても、これは一大事にござるな。この国にとって、巫女様の暴走は、ただの災厄では済まぬ。理の根幹が、揺らいでおる……」


 そう、彼らの視線の先に立つ巫女様……雪の姿は、あまりにも危うかった。


 その身を包む蒼白の輝きは、神聖であると同時に、どこか破滅の匂いを帯びていた。


 額の紋章は、まるで命の灯火のように明滅を繰り返し、そのたびに空気が震える。まるで、世界そのものが彼の感情に呼応しているかのように。


 リュカが、そっと呟く。


「……やばいな、あれ。なんかもう、ちょっとしたきっかけで……全部、壊れそうな気がする」


 その言葉に、カゲトラもバルドも否定の声を上げることはできなかった。


 

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