第229話 五人は勧誘され、一人は守られていた
その時、クラウが何かへ思い至ったように眉を寄せた。
「俺も……いや、私も、まだ内密にしてほしいと言われていた話がある」
「クラウも?」
「ああ。先ほどフェルマが言った通り、我々の間で隠し事はなしというのであれば、共有しておいた方がよいのだろう」
ストレイが「その理屈を採用してよいのか」と小さく呟いたものの、クラウは聞こえなかったことにして続けた。
「十理会直属となる新たな魔法騎士団を創設する計画があるらしい。その団長へ就任してもらえないかと、打診を受けた」
「……団長?」
「あくまで打診だ。私も、こちらの事情をよく知らぬ異界人へ騎士団を預けるなど、本気とは思えなくてな。礼を失しないよう話だけは聞いたが……あれは本当に、正式な勧誘だったのか?」
騎士団長ともなれば、単に戦闘力が高ければ務まる役職ではない。部隊を率い、規律を定め、時には政治的な判断さえ求められる。忠義を何より重んじるクラウにとって、召喚された直後の異界でその座へ就くなど、あまりにも軽率に思えたのだろう。
しかし、リュカは引きつった笑みを浮かべていた。
「フェルマの話を聞いた後だと、たぶん……本気なんじゃないか?」
「某も、似たような話を受けたでござる」
今度はカゲトラが、静かに手を上げた。
「この地に道場を開き、剣術指南役を務めてほしいと頼まれ申した。必要な土地、建物、修練用の設備は、すべてこちらで用意すると」
「お前まで!?」
「しかも、先方は『どうせ建てるならば、世界一の道場にいたしましょう』と、たいそう明るく笑っておられた。某はてっきり、異界の客人を和ませるための愛想か、豪快な冗談と思っていたのでござるが……」
カゲトラは腕を組み、珍しく困り果てた様子で考え込む。
「……もしや、あれも本気であったのか?」
「ここまで来たら、本気だろ」
リュカの声にも、もはや最初の軽さは残っていなかった。
すると、これまで黙って話を聞いていたバルドが、数珠を撫でながら重々しく口を開く。
「拙僧も……宗教施設を建てるので、その長となってほしいと言われた」
「宗教施設?」
「最初は大教会と仰っていたが、拙僧が教会に属する者ではないと説明すると、では寺院か、あるいはお社を造りましょう、と。拙僧を教主、枢機卿、法主……いずれの名がよいか、後で相談したいとも言われた」
「全部、宗派も役割も違うんじゃないか?」
「おそらく先方も、まだ理解しておらぬのであろう。拙僧も冗談と思い、その場では深く受け止めなかった。されど……」
バルドは記憶を確かめるように目を伏せ、静かに首を振った。
「あの方々の目は、確かに本気であった。少なくとも、嘘を口にする者の目ではなかった」
フェルマは世界最大規模の研究部門における最高顧問。
クラウは十理会直属の魔法騎士団長。
カゲトラは世界一を目指す道場の剣術指南役。
バルドは新たに建てられる宗教施設の頂点。
異界から迷い込んだ一介の冒険者たちへ提示する地位としては、どれも常識を逸脱している。だが、先ほどまで自分たちの価値を故郷の基準だけで考えていた六人にとって、それはこの世界が彼らをどう見ているのかを、否応なく突きつける話でもあった。
四人分の告白を聞き終えたところで、全員の視線が自然とリュカへ集まる。
「……な、なんだよ」
「お主にも、何かあったのであろう?」
カゲトラに促され、リュカは居心地が悪そうに鼻先を掻いた。
「俺は別に、そんな大層な役職じゃないぞ。ただ、世界最大の劇場を造る計画があるから、そこで公演をしてみないかって言われただけで……」
「十分に大層だと思うが」
「いや、俺だってそう思ったよ! でも向こうは平然と、十万人規模の観客を集められる会場にして、同時配信なら最初から一千万人を狙えるとか言い出したんだぞ!?」
リュカは両手を広げ、当時の混乱を再現するように声を張った。
「十万人だぞ、十万人! 俺一人の演奏を聴かせるために、街が丸ごと入るような劇場を造るって言うんだ。それだけでも意味が分からないのに、同時配信一千万人って何なんだよ!? 観客がその場にいないのに、どうして同時に聴けるんだ!? そもそも一千万人って、俺らの国の住民全員集めるぐらいかよ!」
「配信技術を使えば、数字の上では不可能ではないらしい」
ストレイが冷静に補足すると、リュカは勢いよく彼を指差した。
「そういう問題じゃない! 俺は酒場の隅で、客が楽しそうに飲んでくれたらそれで満足な吟遊楽士なんだぞ!」
「しかし、十万人を楽しませられるのであれば、吟遊楽士として本望ではないか?」
「そりゃ、できるなら最高に決まってるだろ! 想像するだけで震えるくらい楽しそうだよ! だからこそ怖いんだよ!」
興奮と恐怖が同時に押し寄せているらしく、リュカは頭を抱えた。それでも口元には隠しきれない笑みが浮かんでおり、世界最大の舞台という言葉が、彼の吟遊楽士としての心を激しく揺さぶっていることは明らかだった。
そして、五人分の破格の勧誘が明らかになったところで、全員の顔が最後に残った一人へ向く。
ストレイだけが、その視線の意味を理解できず、眼鏡を押し上げながら首を傾げた。
「……何だ?」
「何だ、ではない。お主はどうなのでござる」
「私?」
「そうだよ。俺たち五人にまで話が来てるんだぞ。無冠の灯の参謀で、神聖魔術と空間魔法の両方を扱えるお前にだけ、何もないなんてことはないだろ?」
リュカに問われ、ストレイはしばらく記憶を探っていたが、やがて本当に心当たりがないらしく、静かに首を振った。
「いや。私は何も言われていない」
「本当に?」
「ああ。研究協力の要請も、魔術師団への勧誘も受けていない。そもそも、十理会の者とまともに話す機会すらなかった」
その答えに、五人はそろって顔を見合わせた。
ストレイほどの魔術師を、十理会が評価していないとは考えにくい。彼は戦場全体を見渡す参謀でありながら、高位の神聖魔術に加えて空間そのものへ干渉する術まで扱う。少なくとも、何らかの研究機関や魔術部隊から声が掛かっていても不思議ではない。
しばしの沈黙を経て、最初に答えへ辿り着いたのはフェルマだった。
「……ああ、なるほど」
「何がなるほどなのだ?」
「うたたさんだよ。きっと、うたたさんがストレイへ近づこうとする人を、全部追い払ってたんじゃないかな」
その一言で、五人の脳裏に、ストレイの隣へぴたりと寄り添うこの世界で、地雷系と呼ばれる黒衣の少女の姿が浮かんだ。
気だるげな微笑み。
袖の中から伸ばされ、ストレイの衣服を決して離そうとしない細い指。
彼へ用がある者が近づけば、眠たげだった瞳が静かに開き、濃密な魔力が周囲へ広がっていく。その姿は可憐な少女でありながら、守りの堅さだけなら、どのような城塞にも勝るだろう。
「うたた絶対防御領域か……」
リュカが神妙な顔で呟いた。
「いかなる交渉人といえど、あの御方を突破してストレイへ辿り着くことは困難でござろう」
「拙僧も同感である。あの執着……いや、庇護の意思は、並の結界よりも強固に思える」
「待て。なぜ、うたたさんが私への面会を妨げる必要がある?」
当のストレイだけが納得していなかったが、残る五人の中では、すでに完全な共通認識として成立していた。
十理会がストレイを不要と判断したのではない。
勧誘を持ちかける者たちが、うたたの絶対防御領域を突破できなかっただけなのだ。




