64 ボーリン・サンデー
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格を上げること。そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼を倒せというハードモード!
暴との戦いに決着を付けた柴田は、生徒会長選挙へと動き始める──。
「ふうむ、退屈です」
エレクトラが宙で浮いたまま、ごろっと転がる。
「退屈です」
「……」
「たーいくーつでーす」
「……」
わざわざ俺の背後まで寄ってきて、聞こえよがしに言っているが、それをひたすら無視して、机に向かっていた。
明日から期末テストが始まる。
「成績がよろしくない場合、規定ではありませんが出馬の取りやめを強く要請することになります。留意してください」
暴を倒してズダボロになっていた日の放課後、ふらっとノノさんがやってきてそんなことを告げた。
そりゃそうだろう。
学校側も良い顔をしないだろうしな。
そういうわけで付け焼刃ながら、昨日の夜から試験勉強を始めた。
今まで課題はこなしていたし、毎回平均点ぐらいはなんとかいけている。男衾が張っているヤマも教えてもらったし、大丈夫だろうが……。
ノノさんの言う「よろしくない成績」ってのは、どのあたりの基準で言っているのかが怖い。赤点ラインじゃないのは間違いないだろう。悪あがきはしておいたほうがよさそうだ。
「柴田さーん、ヒマデース」
「うわあ!」
エレクトラが逆さまになりながら俺の顔の前に落ちて来たので、思わず飛び上がった。
「おまえ! そういうのやめろよ!」
「だってぇ」
だらしない顔でエレクトラが口を尖らせる。
昨日の夜、試験勉強をすると言ったときは、
「おお、頑張ってください! ぜったい邪魔しませんから!」
とか物わかりの良さそうな口ぶりだったくせに、このざま。
こらえ性がなさすぎる。三歳児か。
それよりもいま断然気になるのは、こいつの姿。
「……もう一度確認するが、お前の神格上がったんだよな?」
「はあ~い、上がりましたよ~。いま50ぴったりです」
暴を倒した後、毎度のごとく夜明けとともにバージョンアップがされてさらにムチムチボインになるのかとひそかに期待していたのだが、なぜだか前のツルペタちびっ子に戻っている。
たぶん初めに出会った時ぐらい。黒ゴスロリがよくお似合いで。
「──なんで?」
「これが新しい能力なんですよ~。好きに自分の容姿を変えられると言いますか」
「じゃあ、お姉さんキャラにしろよ」
「嫌ですよ。成長してからというもの、ことあるごとに柴田さんがイヤらしい目つきで胸やお尻を見てくるじゃないですかー」
空中浮遊しながら、自分の身体を抱くようにガードするエレクトラ。
「ばばば、バカか! そんな目でお前なんか見たことねえし!」
「女はですね、みんな男性のそういった視線に気づいていると思ってください」
「……まじで?」
「過ぎ去りぎわの横目、電車の向かい座席への盗み見、胸を確認したあとのわざとらしい会話など、すべてお見通しです千里眼」
事実としたら、かなり衝撃。
「それに服と身体が合わないのも不格好ですからねー」
「だから。新調していいって言ってるだろ」
結局、暴との戦いで使ったお供えパワーは100万とちょっとだった。残り50万と貯金が150万ほどある。今後のことを考えれば温存しておくべきだけど、エレクトラの服ぐらいは負担というほどでもない。
「んー。やはり今はやめておきます」
ふわふわ浮いたまま、乗り気じゃなさそうな顔であくびをするエレクトラ。
こいつに変な気を遣われると、やりづらいんだよな。
俺の小遣いやバイト代は容赦なく吸い上げたくせに、母親の遺した貯金には妙に遠慮してやがる。
神は人の道徳や正義など斟酌しないとか言ってたくせに。
そりゃ通帳に引き出した記録が刻印されていくのは心が痛いけど……。お前がそんなもの気にする必要もないだろう。
どうせ大学には行かないつもりだし、ゲーム以外で金のいる遊びや結婚なんてありえん。宙ぶらりんなんだから。
「おまえさー、暇なんだったら自分の部屋に戻れよ。そこでスリープモードにでもしてりゃいいだろ」
「そうですねえ~」
エレクトラはスマホを取り出して、それを眺めながら生返事。
暇だ暇だと言うわりに、いつもみたいにせっつく感じではなく、もてあましているという様子だ。
「……あっちは楽しそうですねー」
「あん?」
「……あ、いえ」
「なんだよ、あっちって」
もしかしていままでうわの空だったのは、どこか覗いてやがったからか?
これ以上、おかしなことに巻き込まれるのは御免だぞ。
「勉強のお邪魔ですから、気にしないでください」
「あのな、そういう言われ方すると気になるだろ。なんだよ」
「私に文句言わないでくださいね。──VRMMORPGのほうで、新しいイベントが始まって盛り上がっているようです」
「あー、そうだ! でもな……」
イベントをやりたいという気持ちが半分。
残りは、和やバニャに顔を合わせづらいという気持ち。
試験期間だから二人とも入ってはいないだろうが、もしほかのギルメンによそよそしい態度を取られたらと思うと……暗い気分になる。俺が悪いんだから、どっちの味方するかといわれりゃ、言うまでもない。
考えてもいなかったが、ギルドも抜けたほうがいいのかもしれない。なんだかんだで3年もお世話になってギルド内外でフレンドが増えたけど、現実世界でのぎくしゃくを持ち込むのは迷惑をかけるし、以前の俺なら間違いなく嫌いな部類のもめ事だ。
今度、人の少ない時間帯に入ってそれとなく様子を見てみるか。
人との関係ってのは、それだけで完結するんじゃなくて、繋がっている多くのものを巻き込むんだな。輪が広がっていくということは、一つが切れただけですべて分解しうるということ。
いままでボッチで想像できなかったけど。
「なあ、エレクトラ」
俺はシャーペンを補充しながら、後ろでスマホを弄っているエレクトラに聞いた。
「これからお前はどうするつもりなんだ?」
「え? そりゃあ、柴田さんのお尻を叩いて神格上げに邁進していただくつもりですが?」
さも当然といった真顔が憎たらしくて、久々にムカッと来るわ。
「柴田さんはなにやら悟った顔をされていますが、生徒会長選挙で敗北したあと、華子さんの魔鬼と戦わなくてはいけませんし」
「まだ負けるって決まってないだろ」
「勝てると?」
そうストレートに言われると、自信はないが。
「話を聞いてる限りじゃ、あいつが絶対的人気ってほどでもないのは分かってきたしな」
「億が一、柴田さんが勝ったとしても華子さんとの戦いは想定するべきでしょう」
負けてあいつの奴隷とかは勘弁願いたい。
勝てば勝ったで恨みを買うだろう。
どちらにせよ、か。
「それに神を自称する魔鬼たちの動向も注意しなければいけません」
「……そうだよな」
リョウメンという魔鬼に「騒乱を起こすな」と警告されていたわけだが、あっさりその約束も破っている。今更、自重するつもりもないけど。
「で、お前は神格を上げてどうしたいんだ?」
「どうしたいとは?」
キョトンとした顔でおうむ返しするエレクトラ。
「あるだろ、なんか。ありがたく崇め奉られるとか、あちこちに社殿を立てて信者を増やすとか」
「そうですねえー。……あ、お供えが増えたら、私はハッピーですよ?」
「なんだ、その頭悪い回答」
「失敬な! 幸福に勝る価値観などありませんよ、なにいってるんですか! 人類の営みもすべて幸福になるため。神こそ、その幸せを恵み与えるものです」
「ふーん、なんかフツーだな」
とりあえず明日の科目のおさらいは済んだ。
明後日の分を始める前に、昼飯でも食うかな。
「どっちにせよ、私は今後も柴田さんをこき使っていきますので、そう簡単に逃げられると思わないでくださいね。なんせ契約していますから。ボッチコミュ障のコミュミジンコはやはり直っていないようですし、残念ながらこれは時間がかかりますよ? 重症です。まともに更生させるまで、逃がしませんからね?」
「うるせえなあ、わかってるって」
「……あれ? うっすら笑ってます? なにゆえ? ──もしや、私が言いすぎたせいで、罵倒されると快感を覚えてしまうキモチワルイ性癖に目覚めてしまったんですか?」
「はいはい、キモチワルイキモチワルイ」




