65 不機嫌ルーザー
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格を上げること。そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼を倒せというハードモード!
暴との戦いに決着を付けた柴田は、生徒会長選挙へと動き始める──。
週が明け、期末試験が始まった。
それに合わせて、あの事件以来ずっと学校を休んでいた1年生の女子生徒5人が登校してきた。出席日数やら成績の兼ね合いなんだろう。
エレクトラに生徒たちのSNSを調べさせた限り、それほど話題にはなっていない。和のこともだ。
ほんの1か月前のことだが、当事者じゃなければそんなものなのかもしれない。
順調にというべきか、和の起点レベルも落ちてきている。もう魔鬼はいないけど。
今は試験と、そのあとに来る生徒会長選挙が話題の中心だ。
マンモス校だから、生徒たちが参加するSNSの数も多い。そういうのを斜め読みしていて感じるのは、生徒たちがやたら積極的というか、学校愛が強いということだ。
暑苦しくて馴れ馴れしいのが苦手だった俺は、そういう「俺たち仲間だろ、うぇーい!」みたいなノリをバカにしていた。本当の友情だとか絆ってのは、そんな安っぽいものじゃないだろうと。
そう思いながらも、妄想するのはゲームやマンガをパクった自分に都合のいい話ばかり。登場人物は美少女しかいない。それが本物なのか。
10年後、やつらと俺のどちらが価値のある思い出を持っているのかは明白だ。
俺には信じられないが、こいつらは学校という居場所が好きなのだ。
そういえば和が言っていたっけ。
「流行りの音楽やファッション、好きな人の話題──そんな些細だけど自分を形作っている欠片がとても大切なんです。その欠片でみんなと繋がって世界ができているから」
生徒会長選挙に関心があるのは当然か。
まあ、それならそれで俺にもやりようがあるかもしれない。ただ見た目が良かったり、人気者ってだけで選ぶやつもいるだろうが、学校のことを考えれば……。
試験が終わると、ともかくも1日目を乗り越えたといった雰囲気で、生徒たちが帰り支度を始める。
俺は下校時間まで調べ物をしようかと席を立つ。
教室のドア付近がおかしな様子だ。
俺が出ると、女子生徒が一人待ち構えていた。
「ちょっと時間貰えますか」
リボンの色は1年生。
顔は忘れもしない。
あの時の事件にいた女子生徒──俺のことを「キモい」だの「頭おかしい」だのと言ってくれたやつだ。
「何の用だよ」
「少しだけでいいので。話を聞いてください……お願いします」
「……」
俺は教室を出ると、階段を上る。
最上階。
屋上へ出るドアは施錠されているが、その前のちょっとした踊り場のスペースなら誰も来ないだろう。
俺はそのドアにもたれかかるようにして、腕を組む。
女子生徒は居心地悪そうに俺に視線を向けた。
「すいませんでした」
そう言って頭を下げる。かなり深く。
髪の毛が落ちると首筋が見えたが、シャツの首回りがぶかぶかだった。
あの時の記憶と比べると、かなりやつれているというか、痩せているようだ。──たしかこいつらも、どこかのクラブに所属していた。山崎と同じように、学校を長期間休んだせいで、試合や大会に出れなかったとかそんな話をSNSで見かけた。
「……お前はさ、なにに謝ってんの?」
俺が投げかけると、女子生徒は頭を下げたまましばらく黙り込んだ。
「柴田先輩に失礼なことを言って、暴力を振るわせたこと、眉村さんに嫌がらせをしていたこと、とか……」
「怖い目に遭ったから、あれが俺の仕業だと思って。ビビって頭下げに来たのか」
「それもある……ありましたけど、今はそれだけじゃなくて、本当に悪いことをしたって……眉村さんと話して、そう思いました」
「……」
「あっ、あの……。べつに眉村さんに言われたとかじゃなくて、これはあたしが自分で決めて、謝ろうって思って──」
和がいくら話したって、こいつらの性根なんて変わるわけがない。
どうせ、うわべだけのポーズだ。
「お前、名前は?」
「水川……です」
「西野ミリアはお友達だよな?」
「……はい」
「あいつはこの前もやってくれたし。お前一人に謝られてもなにも変わらないんだけど」
「ミリアにも話します。少しだけ待ってもらえませんか」
ああ、めんどくせえ。
話なんて聞くんじゃなかった。
こいつは謝ればさぞかし気が楽になるだろう。恐怖か、罪悪感か知らないが、そういうものから解放されて。
「苺香……!」
下の階から女子生徒が水川を呼んだ。
──あの事件の残り4人だ。どいつもこいつも血色が悪くて、病み上がりといった顔つき。しかも、後ろに3年の山崎がいる。
4人がこちらに上がってきて、水川の横に並んだ。
「すいませんでした……」
それぞれが頭を下げた。
ふて腐れるでも嫌々でもなく。いかにも申し訳なさそうに。
「あの、ほんとに……ほんとに、ごめんなさい」
水川がそう言うとしゃくりあげるようにして、泣き出した。
それにつられたのか、ほかの奴らもシクシクと泣き出して、身体を寄せ合ったり、袖で涙を拭いたり、手を握り合ったりしている。
「ちっ」
それは何の涙だ?
誰に対する何のための涙なんだ。
また俺は蚊帳の外で、お前らの感動劇場を見せられるのかよ。西野ミリアと眉村尊のときもおかしな展開に巻き込まれたけど、その二の舞だ。
……なんだかバカバカしくなってきた。
和はこいつらと話してどう思ったんだろう。
「はあ……。もういい。西野ミリアにも釘は刺してあるし、勝手に続けてろ。許されたぞ、よかったな」
俺はポケットに手を突っ込んで、階段を下りる。
「あの……柴田先輩!」
水川とは別の女子生徒が小さな紙袋を俺に差し出す。
「これ……」
「……なんだよ」
「お菓子、です」
「いらね」
そんなもんで気なんて晴れるか。
「あたしたち、柴田先輩に投票します」
「……へえ、そう。ならお前らのイケてる友達ネットワークを使って、ぜひとも宣伝してくれ。──清くない一票を、どうぞよろしく」
俺が階段を下りると、今度は山崎がもの言いたげな顔をしている。
またお互いをかばい合う展開になりそうで、うんざりした。
「大丈夫っすよ。なんかもう、やる気が失せました」
そう言うと山崎はほっとしたような顔でうなずいた。
……俺が絡まれるか怖がられるかという違いがあるにせよ、結局はお前らの友情を確認するダシにされたってことか。
お前らの勝ちだ。
あの頃と同じように、お前らが物語の主人公で、俺は脇役のまま変わらない。
でも、和は違う。
こいつらの様子だと、うまくやっていけるだろう。その関係がよそよそしいものか、親密になるのか俺にはわからないが、たぶん。和はきっと、これから和らしい学校生活を歩んでいくだろう。
俺がやれることは、本当になにもなくなった。
暴にとどめを刺すまえ、奇妙な空間で怖が言った言葉──
「……あのままイジメられていたら、俺が独占できたのに」
たしかに、俺は心の奥底でそう思ったのかもしれない。怖に願っていたのかも。
だけど、和の辛そうな顔を見るほうが嫌だ。
間違いなく。
だからこれでいい。
あとは選挙のことを考えればいい。
「上手くやりましたね、柴田くん」
院華子との決着だ。




