暴露
「え…。 またですか」
帰っていったグレイ様は翌日また来た。シア個人としてはうれしくもあったのだが、アステリア様に扮して舞踏会に出ていたことを調べにきたのだと思えばおそろしくもある。
「気がすすまないのなら、断っていいわよ。 理由なんて作れるものだから」
アステリア様はシアを落ち着かせるためなのか、本当に気にしていないのか、実に淡々とした様子だ。
「えっと…」
本音を言えば会いたい。あまり知り合いのいないシアにとって昨日や一昨日のグレイ様との出会いは世界が広がったような錯覚を感じていたから。
「もちろんシアが会いたいのなら、会ってもかまわないわよ」
シアの心を読んだようにアステリア様が付け足す。少しためらったけれどシアは会いたい、という気持ちの方を優先することにした。
応接間に顔を出すと、グレイ様は昨日より幾分かやわらいだ表情をしている。詰問されるのが苦手なシアは相手が優しい顔をしていることにとりあえず安心した。
誘われるままにグレイ様と一緒に街に出ると、警戒していたことは頭から飛んでしまった。
「わあ…! すごいですね」
シアは久々に出る街の姿に目を奪われていた。子供の頃はよくこうして街中を歩いていたことを思い出す。手を引いてくれたのは母親だったのか、父親だったのか…。もうあまり覚えていない。
商店が立ち並ぶ通りを抜けていくと大きな公園にたどり着く。
懐かしさを感じて、シアが思わず立ち止まると、隣を歩いていたグレイ様も足を止める。
見上げるとシアを見ている黒い瞳と目があった。
そのまま目をそらせないでいると、周りを見回したグレイ様が口を開いた。
「君の本当の名前はなんだ?」
核心をついた問いにシアの思考が止まる。しかしグレイ様の瞳に責める色はない。
「糾弾はしない。ただ知りたい」
シアは少しだけ迷った。グレイ様を信じていいのかと。
わずかな逡巡をグレイ様の声が消す。
「教えてくれないか?」
素直に頷く。ごまかせないと感じた以上にグレイ様の真摯な瞳に嘘をつきたくないと思った。
「わたしの名前はシア、シア・カロルです」
「シア…。 しかしカロル家には娘が一人しかいないと聞いている」
「はい、わたしはアステリア様の従姉妹にあたります。 父はカロル卿の弟、ステア・カロルです。
幼いときに父と母を亡くしたあと、伯父様に引き取られアステリア様と姉妹同然に育てていただきました」
シアは自らの来歴を語り、最後にグレイ様に頭を下げる。
「申し訳ありません。 アステリア様に代わって舞踏会に出席したのはわたしです」
顔を上げられないシアにグレイ様が言う。
「糾弾はしない、と言っただろう」
呆れた声にシアが顔を上げる。
「別に正体を暴いて捕まえようとしたわけじゃない。 気になったら確かめないと気がすまいない性分なだけだ」
「ほ、本当ですか? じゃあ、アステリア様にも責任が行くことはないんですね?」
「ああ、言ったとおりだ」
「よかった…」
シアが一番心配していたのはそのことだった。自分のせいでアステリア様の王宮入りが阻まれたら、申し訳なくて今までのように傍にいることは出来なくなってしまう。
「そうか、従姉妹なのか」
「はい。 わたしは両親が亡くなるまでは街で暮らしていたので、貴族や王宮のことは詳しくなくて…。 あの夜も失礼しました」
失礼をしたと、実は少し気にしていた。グレイ様はシアのそんな心配を笑い飛ばした。
「廊下で迷わなければ、俺も気づかなかっただろうな。 そう考えれば、迷ってくれたことに感謝しなければな」
その朗らかな笑顔はシアが見たなかで一番まぶしく、輝いていた。
「どうした?」
グレイ様に指摘されて初めてシアは相手に見惚れていたことに気がついた。そんな自分に気づくと、急激に顔に熱が集まっていく。その変化はグレイ様も驚くほどだった。
「大丈夫か? もしかして、体調が悪かったのか」
心配そうに問うグレイ様に、シアは未だ赤く染まった顔を横に振る。
「大丈夫です、どこも悪くないですから…」
「そうは言ってもまだ顔が赤いぞ。 落ち着くまでは安静にしていたほうがいい」
本当に心配しているらしく、シアをベンチに座らせてグレイ様は飲み物を買いに行った。
グレイ様が離れていってシアは深呼吸をする。ようやく少し落ち着いたが、頬の赤味はまだきっと残っている。
「うう…。 困ります」
人の顔をじろじろと眺めるなんて無礼をした上に心配までさせてしまった。病気ではないのでどうしたらいいのかシアにもわからないのだ。
「どうしましょう。 思い出したらまたどきどきしてきました」
頬が赤くなるのも胸のどきどきもシアには止める方法がわからない。
グレイ様が飲み物を持って近づいて来るのを見て、またゆっくりと胸が高鳴る。
シアにできるのは心配をかけないように笑うことだけだった。
シアは知らない。
今朝まで『いい人』だった人が特別な人に変わることがあるということを。
シアはただ、胸のときめきを持て余し、瞳があうのを避けるように街の風景について話すだけだった。




