情報収集
同じくトオコの視点でお送りします。
夕食のソーセージサンドを食べ終えてから、俺たちは情報収集のために酒場へ行くことにした。酒場に行くんだったらそこで夕食を食べればよかったなと今になって思う。
「トオコちゃん、今日は休みじゃなかったのかい?」
常連のおっさんが俺を見つけて嬉しそうに声をかけてくる。
「休みだから、今日はお客として来たんだよ」
「休みだったけど俺の顔が見たくなったってか。嬉しいね」
渋く整えられた顎鬚をこすりながら、マスターがカカカと笑う。俺はマスターに軽めのアルコールを1つと、ソフトドリンクを2つ注文してからカウンターに座った。
しばらくして俺たちの前にグラスが置かれる。すぐに離れようとしたマスターの手を押さえて、俺は彼に話しかけた。
「マスター、教えて欲しいことがあるんだけど」
「俺なら現在独身で、嫁さん募集中だ」
「いや、そういうことじゃなくて」
握り締められた手をあわてて引っこ抜くと、冗談だといって笑われた。
「仕事の話なら代金はもらうが、金がないのはよく知ってるから従業員割引を考慮してもいいぞ」
「そうしてもらえると助かります」
俺はマスターの前に手持ちの銀貨を並べて見せた。まずは、フレーゲル商会のオーナーについて聞いてみることにしようか。
「もともとは行商人から成り上がった商会だが、最近代替わりしたようだな」
新しいオーナーの名前はやはりモッペルというらしい。初代オーナーの親戚だということだ。
「人物については?」
「継いでから主に貿易の方面で儲けを出しているようだし、一部の貴族なんかとも人脈がある。まあ、やり手だな。孤児院や貧しい家庭なんかの援助にも金を出している、篤志家って噂だな」
「それって、本当なの?」
「……本当かどうかを知りたいのか?」
俺がうなずくと、マスターはテーブルに置かれた銀貨を一枚取り、俺のグラスに酒を注いだ。
「儲かってるのも本当だし、寄付をしているのも本当だ。ただまあ、かなり胡散臭い男だがな」
「……どんな風に?」
「あまり首を突っ込まないほうがいいぞ」
マスターが顔をしかめたので、それ以上は追及しないことにした。
「ほかには?」
「へんなこと聞くけど。奴隷っているの?」
「お前、奴隷が買いたいのか?まさかそれでフレーゲル商会を探ってるんじゃないだろうな」
「買いたいってわけじゃないけど」
まあ、いい。これはサービスだ。そう言ってマスターが教えてくれる。
「知ってるだろうが、この国では50年ほど前から奴隷制度は廃止されている。だから、表向きこの国には奴隷はない。奴隷じゃなくたって金銭で縛られることはあるし、自由のある人間ばかりじゃないけどな。国外には奴隷制度のある国のほうが多い。近いところでは火の国だな」
50年ほど前からってことは、それ以前には制度があったということか。まあ、結構ファンタジーな世界だからな。元の世界になかったからピンとはこないが、そういうものなのかもしれない。
「表向きはないことになっているが、需要があれば裏では取引されることもある。主に商品になるのは獣人などの亜人種や未開地の蛮族などだが、街の人間が借金のかたに売られたり、子供が誘拐されて売られることもないとは言わない。それなりに乱暴な連中というのはどこの町にもいるんでね」
「この町にも?」
「この国は奴隷制度を取り締まっているから国民があまり商品にされることはないが、外国の金持ちに子供が高く売れるとは聞く。密輸品と同じように船倉に隠して輸出するわけだが」
隣で真帆が顔をしかめている。こういう話はお嫌いらしい。俺だってしっくりはこないが、世界観としては仕方ないのかなあと思う。ちょっと外に出れば魔物も盗賊もいるし、平和な日本とは違うからなあ。
奴隷の輸出か。
お嬢様の話では「人相の悪い男が子供を連れていく」ということだったな。舶来ものを扱い、貿易もしているというフレーゲル商会。ひょっとするとひょっとする……か?
そういえば、あのお嬢様、国外に逃げたいようなことを言っていたな。それも聞いておくか。
「例えばもしこの国から国外にいく場合、何か必要だったりするのか?ほら、パスポートとか」
「パスポート?なんだそりゃ」
パスポート、通じなかったか。なんといえばいいんだろう、アレ。
「身分証明書みたいなもの?」
「ああ、まあ、犯罪者なんかを制限してるから身分の証明は必要だな。有力者の紹介状とかな」
「有力者かあ……どうやったら紹介状書いてもらえるんだろう」
「一般人じゃまず無理だろ。領主とか貴族にコネがあるなら話は別だが」
それこそ貿易をやっているフレーゲル商会ならツテになるんだろうけど、お嬢様はそこから逃げたいわけだからな。足がつくようなことは無理だ。
「紹介状なしで国外に行くのは無理……?」
「正規の手段じゃ無理だな」
「……正規じゃない手段だったら?」
「おいおい、どうしたんだ。うちの看板娘ときたら、今日はずいぶん悪い子じゃないか」
もう酔っちまったのか?そう言って俺の額を指でつつくマスター。
「おまえさんたちは、金がないくせに妙に育ちがよさそうだから心配になるんだが。あまり妙なことに関わらないほうがいいぞ。人間、まっとうに生きるのが一番だ」
俺はマスターの指を捕まえて握り締める。
「教えてよ。国外に出る方法はあるの?もしあるなら知りたい」
マスターはため息をついたが、俺が指を離さないのを見ると、仕方なく話し始めた。
「この町から馬車で半日ほど行ったところに港町がある。その町にたまに海賊が来る。海賊は主にこの国と火の国の間を縄張りにしている。もちろん、商船のように町に入るのに正規の手続きなんかとらない」
「その海賊と一緒なら、他の国に行ける?」
「おいおい、そんなに熱烈に見つめるなよ。惚れちまうだろうが」
うっかりマスターの指を握ったままだったことに気づいて、思わず顔が赤くなる。
「海賊なんか、犯罪者だぞ。運悪く軍に見つかれば一緒に牢獄行きだし、そうじゃなくたってお前さんみたいなのはもてあそばれた挙句に売り飛ばされて終わりだ」
一瞬盗賊に捕まったときのことを思い出して、ぞくりとした。海賊もあんな感じなんだろうか。
「その海賊は、お金を払って密入国を手伝ってくれたりはしませんか」
真帆が横から口を挟む。
「おいおい、今度はお嬢ちゃんか。酒場でミルクを飲むような子供がしていい話じゃないぞ」
子ども扱いされた真帆はキッと目を吊り上げ、俺の前にあったグラスをつかむ。
「おい、真帆」
俺が静止するより前にグラスの中の琥珀色の液体は真帆の華奢なのどを通り抜けてしまっていた。ぷはぁとアルコール臭のする息を吐いて、どうだとばかりにマスターを睨む真帆。目が据わっている。
「で、どうなのよ。お金しだいでどうにかなんの?」
睨まれたマスターは真帆の手から空になったグラスを取り上げて、やれやれと肩をすくめた。
「一応、話のつく海賊もいる。だが、まとまった金額が必要だな。お前さんたちに用意できるのか?」
「お金は何とかする。だから、話をつけてよ」
真帆がドンとテーブルをたたくと、マスターは「この酔っ払いめ」と呆れたように呟いた。




