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篤志家のハンプティ・ダンプティ

ひさびさに真帆の視点を書いてます。

扉の奥は書斎のような部屋だった。手前には大きく頑丈そうな机が置かれ、部屋の奥には高そうな本がぎっしり詰まった本棚がある。落ち着いた色合いの絨毯は蔦を模した模様が描かれている。机の上に置かれた場違いなキラキラの置物と壁にかかっている変な絵を除いては、なかなかセンスがいいと思う。


部屋の中にいたのは色白でのっぺりした顔立ちの太った男性。年齢は50代ぐらいに見える。この人がフレーゲルさんだろうか。体のあらゆるところにくびれがなく、腹が樽のように出ている。その体型で上等な仕立ての服を着て、体の割に小さな椅子に座っていたものだから、わたしは一目見てハンプティ・ダンプティの挿絵を思い出してしまった。


「君たちはいったい誰かな?」


ハンプティ・ダンプティがいぶかしげな顔でわたしたちを見る。


「急に入ってすみません。ぼくたち、ドレスを着た女の子にここに案内してもらって……」

「きみらはアデライードの友達なのかね?」


アデライードってのはさっきの縦ロールの女の子だろうか。そういえば名前も聞かなかったな。


「いえ、ぼくたちは村から来ました」


そう言って柏くんが自分の名前を名乗り、続けてわたしたちを紹介した。


「ここにあるのは村でお世話になったベルダさんという女性の手紙です。ぼくたちはまだ街のことはよく知らないのですが、ベルダさんのご親戚であるフレーゲルさんなら力になって頂けるのではないかと聞いてここに参りました」


そういって柏くんがベルダさんからの手紙を取り出す。フレーゲルさんは手紙のほうをちらりと見たが、手にとって読もうとはしなかった。


(………やっぱり急に来ちゃったのはまずかったかな。不審に思われてるのかも。)


手紙を渡すに渡せず困っている柏くんを見かねて、お兄ちゃんが横から口を出す。


「突然押しかけてしまったことは申し訳なく思っています。でも、どうかお力添え頂きたいんです」

「君たちの力になる、というのはどういう意味かね」


フレーゲルさんはわたしたち一人一人を探るように見まわした後、最後にもう一度わたしを見た。


「ここにいるうちの妹ですが、先日モンスターに噛まれ、病魔のせいで脚が動かなくなりました」

「ほう………」

「治癒術師でなければ治せないと聞き、探しています。もしご存知であれば紹介して頂きたいのです」


お兄ちゃんの話を聞くうちに、フレーゲルさんの態度は軟化してきたようにみえた。その子が妹かね、といいながらわたしの近くまで歩いてくる。ただ歩いてくるだけなのに、お腹を揺らすような動きはどこかコミカルだ。わたしのすぐ目の前まで来ると、安っぽいヘアオイルの臭いが漂うのを感じた。


「まだ子供なのに、かわいそうなことだ」


フレーゲルさんはしばらく近くでわたしの顔をじっと見てから、視線を脚に移す。


「悪いが患部を見せてもらえるかね。状態を確認したいのだが」

「あの……でも、わりと上の方なので」


噛まれた部分は腿の近くなので、患部を全部見せるには履いているズボンを脱ぐ必要がある。幸いゆるめのズボンを履いているので今の脚の状態でも脱ぐのは難しくないんだけど、なにしろズボンを脱ぐと患部以外も見えてしまうので、人前ではちょっと遠慮したい……。


「別に君の怪我を疑って言っているわけじゃないんだ」


迷っているわたしに、フレーゲルさんが続けて声をかける。


「恥ずかしいかもしれないが、患部の状態によっては治せない術師もいるのでね」

「………わかりました」


仕方ない、術師を探してもらうためだもんね。


机に片手をついて体を支え、腰ひもの当たりを緩める。お兄ちゃんと柏くんが気を使って後ろを向いてくれたので、観念して脛の下あたりまでズボンを下ろす。なるべく下着が見えないように、体を支えていないほうの腕で上着の裾をせいいっぱい前に引っ張った。


ネズミに噛まれたのは膝の少し上あたりで、歯型を中心に脚が腫れて紫色になっている。薬のおかげでだいぶ進行は抑えられているんだけど、この紫色が見る度にじわじわ広がっているような気がして、なんとなく自分では目をそらしたくなっちゃうんだよね……


「ほほう、なるほど」


痛みはないかね、と聞きながらフレーゲルさんの太い指が患部周辺をさすってくる。変色した部分は感覚も麻痺しているんだけど、感覚のある内腿のあたりまで指が当たったのでさすがにぞわぞわした。フレーゲルさんはしばらくわたしの脚をつかんだり撫でたりしていたけど、わたしのほうは体を支えているほうの腕が痺れてくるのが我慢できなくなってしまった。


「……すみません、もういいですか」

「ああ、すまんすまん。おかげでよくわかったよ」


フレーゲルさんが指を離したので、ズボンを引っ張り上げて戻す。


「これはかなり重症のようだ。半端な術師ではダメだろうと思う」


そういってふたたび椅子に腰かけ、腕を組むフレーゲルさん。難しげな顔をしているので、こちらもだんだん不安になってきた。


「知っていると思うがね、力のある術師はほとんど光の神の教団がスカウトしてしまうんだ。だから民間人はなかなか治療を受けることができないのだよ」


光の神ってナニ?と思ったら、柏くんがこっそり説明してくれた。この世界にもいくつか宗教があって、そのうちのひとつらしい。正義と秩序を掲げる教団で上流階級を中心に信者が多い。ちなみに、農村では豊穣神である大地の神の信者のほうが多いそうで、光の神の信者はほとんどいないとか。


つまり、治療を受ける機会は権力者がほとんど独占してしまっているということなのね。


「しかし、わたしとしてはできる限り君たちには協力するつもりだよ」

「どうかよろしくお願いします」


ただでさえ数が少ないという治癒術師だけど、そういう事情があるのなら、なおさら今後どうなるのか不安ではある。でも、この街に人脈が多そうな彼に協力してもらえるというのは心強いことだ。


「なあに、困っている人は見捨てられないたちでね。普段から人のために働くことは多いんだ」

「そうなんですか」

「屋敷の中にかなり若い使用人たちがいたのを見たかい?」


最初に応対してくれた小さなメイドさんたちを思い出しながら、うなずく。


「実は孤児院にも寄付をしていてね。そこにいる子供たちにも働き口を与えたいと思って、何人かうちで雇うことにしたんだ。うちで何年か過ごして仕事を覚えたら他の働き口を紹介して、そして新しい子たちをまた雇う。そうやって子供たちの自立を支援しようと思ってね」


あんな小さな子供が働いているのは不思議だったけど、そういうことだったのね。この世界は義務教育というものはなさそうだから、子供のうちから働いても別にかまわないんだろう。そういえば村の子供も家のお手伝いで農作業をしていたような。


「立派なことですね」


お兄ちゃんが感心したようにうなずく。そうそう、お兄ちゃんもちょっとは社会貢献への姿勢を見習いなさい。毎日食べて寝るだけじゃダメなんだからね。


「なあに、商売をするなら、人脈が大切だからね。人への貢献も将来への投資のようなものさ」


そういってフレーゲルさんはお腹を揺らして笑った。


「とにかく、何かわかったら君たちにすぐ連絡しようじゃないか」


フレーゲルさんが連絡先を聞いてきたので、わたしたちはしばらく街の端にある宿屋に泊まるつもりだということを告げた。


「マホちゃん、きみも何かあったら遠慮なく相談しに来るといい。脚が治るまで大変だと思うが、気を落としてはダメだよ」

「ありがとうございます」


別れ際、フレーゲルさんがわたしの方に右手を伸ばし、にこやかに握手を求めてきた。手で体を支えているためとっさには応じられず、すぐそばにいた柏くんが代わりに前に出る。フレーゲルさんは一瞬面食らった様子を見せたが、すぐに愛想良く柏くんの手をつかんだ。


「………あれ?」

「どうしたんだね」

「………いえ、なんでもありません」


柏くんが微笑み返すと、フレーゲルさんは手を離した。


わたしたちはフレーゲルさんの屋敷を出て一旦宿に帰ることにした。帰り際にのぞいたいくつかの部屋で、あのちびメイドさんたちが小さな手で一生懸命仕事をしている姿を見た。その人数は屋敷の大きさから考えると少しばかり多すぎるように見えた。

なんだかよくズボンを脱ぐキャラだなあ……と自分で書いてて思いました(汗)

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