怪しい宿屋にご用心!
トオコの話がしばらく続いております。
村を出てしばらくは、それなりに順調に進むことができた。開けた場所が多いおかげかモンスターはウサギみたいなものがいたぐらいだ。ウサギはトモくんの弓の餌食になり、俺たちの夕食になった。
牛馬は馬ほど早く疾走できないようだが、そこそこ速くて力もスタミナもあるようだ。さすがに(場所の都合もあって)3人は乗れないが、マホ1人の重さぐらいどうということもないという顔で、平然と歩いている。しかも頭がいいのか、俺たちの言葉が分かるかのように言うことを聞く。かわいいやつだ。
トモくんが村で仕入れた知識によると、この家畜は村の牛と精霊馬のあいのこらしい。精霊馬ってのは半分水の精みたいな馬のモンスターで、なぜか雄馬しかおらずわりと気性が荒い。たまに村の美しい馬や牛を選んで交配することがあるらしく、こういうハイブリッドができることがあるとかなんとか。牛と馬って偶蹄目と奇蹄目でぜんぜん別物だろって思うんだが、そこはモンスター、細かいことは気にしないのか。
「よし、おまえのことはコウタローと名付けよう」
「なんでコウタローなの……」
「俺も元ネタはよく知らんが、死んだじーちゃんがたまに歌ってたんだ」
さて、コウタローは疲れ知らずだが、俺たちはそういうわけにはいかない。順調な道のりでも徐々に疲労は溜まっていく。ちょこちょこ休憩をして水を飲んだりはしているんだが、野宿するとなると……。俺たちはどちらかといえばインドア派なので、今まで外で寝るような経験はほとんどない。しかも、安全なキャンプ場なんかではなく、ウサギとはいえモンスターが出るような場所で寝るのはいくらなんでも敷居が高い。結果として、ぎりぎりまでは移動して、日が落ちたら寝るに寝られない状況で朝まで過ごすということになった。
しかし、1日目はまだよかったが、2日目となると厳しくなってくる。ただでさえ体は疲れているんだ。眠気で頭がくらくらする。トモくんも歩きながらこっくりこっくりしている。
これは贅沢なことを言っていられない。草の上だろうがなんだろうが、今晩はなんとかして眠るしかないぞ……。
と思っていたところ、昼頃からにわかに天候が怪しくなり始め、ぽつりぽつりと雨が降り出した。最悪だ。冷えれば体力が落ちるし、さすがに泥水の上で野宿するのはハードルが高すぎる。
とにかく今はひたすら進もうと前髪から滴り落ちる水滴を腕でぬぐいながら歩いた。
しばらく進んだ頃、コウタローの上にしがみついていたマホが急に頭を上げた。
「あれ?あれって、家じゃない?」
言われてみれば、結構はなれた場所に建物らしいものが小さく見えている。雨で視界が悪いのでよく見えないが、たぶん家だろう。
「事情を話せば泊めてくれるかもしれませんね」
「雨の中を野宿するよりはいい、とりあえず行ってみよう」
雨に打たれた体はだいぶ冷えている。街への最短経路からは少し外れることになるが、長い目で見れば体力は回復しておいた方がいい。特に真帆は体力が落ちると何があるか分からない。
俺たちはひとまず、家のようなもののある方向に向かった。
近づいてみると、そこは大きな民家といった感じの木造の家だった。大きいといっても村の家との比較なので、バートさんの家と同じかどうかってぐらいだ。古いが手入れされているように感じるので、空家ということはないだろう。扉には鍵がかかっていなかったので、とりあえず入って声をかけてみることにした。
「すみませーーん」
はいはい、という声がして、奥から恰幅の良いおかみさんが出てきた。
おかみさんの話によると、ここは普段はおかみさんと亭主が2人で暮らしているが、部屋がいくつか空いているのでたまに宿屋として旅人を泊めることもあるのだという。そいつは好都合だと思い、早速泊めてもらうことにする。日が落ちるまではまだ時間があるが、どの道この雨ではそうは進めない。
「3人で1部屋なら銀貨1枚だね。2部屋にするかい?」
「銀貨1枚ってどれぐらいなんだ?」
「日本円だと1万円ぐらいですかね」
トモくんの知識では、銅貨1枚が100円ぐらい。銀貨1枚が1万円ぐらい。金貨1枚が100万円ぐらいだそうで。金貨、高すぎだろ。そんなのいつ使う機会があるんだよ。
「宿屋の相場はよく分かりませんが、ちょっと高めかもしれません」
「でも場所的には他に選択肢がないから、高くても仕方ないよな」
おかみさんにお金を払って部屋を借りる。真帆には悪いが、3人1部屋だ。治療費のこともあるから、今は無駄遣いするわけにはいかん。コウタローは雨が当たらないようにして裏の軒下につないだ。暴れるような性格じゃないし、大丈夫だろう。
部屋に入って硬いベッドに腰を下ろすと、眠気が襲ってきた。質素な部屋だが、やっぱり屋根があるってのはいいもんだ。
目が覚めた時には、あたりはすっかり暗くなっていた。暗い中で、トモくんのいびきが聞こえる。俺はトイレに行きたくなり、二人を起こさないようにそっと起きて部屋の外に出た。廊下は明かりがついており、おかみさんたちはまだ起きているようだ。
トイレを探していると、複数の人がぼそぼそと話す声が聞こえた。宿の夫婦にしては人数が多い。他のお客さんでもいたのだろうか。扉がわずかに開いていたので通りがけにそっと中をうかがってみる。
そこにはちょっと柄の悪そうな男が5人ぐらい集まっていた。そして、一緒におかみさんもいる。
「この間の稼ぎはどうだったんだい?」
「見た目よりも結構持ってやがったぜ」
「かみさんと娘を連れてたしな。久々にいい思いができた」
そういって一人の男が舌なめずりをする。
「あたしのほうにも分け前をおくれよ。3割はくれる約束だっただろう」
「ああ、ああ、わかったよ。用意してあるよ」
一人の男がおかみさんに革袋を渡す。じゃりん、という金属がこすれ合う音が響く。
「で、今日のはどうだい?」
「ふたりは子供だからあまり金は持ってなさそうだがね。なかなか上玉だよ」
「ほう、そいつは悪くないな」
男たちがククク、と笑う。
……これってあれですかね。皆さんすごく悪いこと考えてるみたいな顔をなさってるんですけど、やっぱりそういうことなんですかね。考えてみれば、こういう辺鄙なところで宿屋やってても生計立てるの難しいですよね。なんか副業とかあっても仕方ないですよね。
とっても悪い予感がして、背筋がぞぞっとする。この震えはトイレを我慢してるからだけではないはず。
俺は音をたてないようにそーーっと部屋に帰り、真帆とトモくんを起こした。
「……えっと、つまり?」
トモくんはまだちょっと寝ぼけているようだ。ぼさぼさ頭で今にも目が閉じそうになっている。
「うん、つまり、ここはどうも悪い人たちの溜まり場のようなんだが」
「……それって危ないってこと?」
真帆がぎゅっとこぶしを握る。トモくんが目をこすり、眠気を払うように頭を振る。
「逃げたほうがいいんじゃないかなってお兄ちゃんは思います」
勘違いだった場合、無断でチェックアウトしちゃうことになるけどね。まあ、料金は先払いだから別にいいよな?
「ここから街までは、1日か2日ぐらいだと思うので。そこまで頑張っていけば、安全になると思う。休むのはそれからにしよう」
俺の言葉に二人がうなずく。
「えっと、とりあえずコウタローも回収しないといけない。幸い彼らはお話し中みたいだから、今のうちにそっと窓から抜け出して、コウタローのところに行こう」
俺たちは脚の悪い真帆を支えるようにしながら、窓をくぐって外に出た。外はまだ雨が降っている。ぬかるむ地面を滑らないように注意しながら、コウタローがつながれている場所まで行く。
出てきた俺たちを見て、こころなしか嬉しそうな様子を見せるコウタロー。「静かに」というジェスチャーをすると、理解しているのか鳴くこともなく大人しく俺たちに顔をすりよせた。本当にかわいいやつだなあ。
「コウタローには3人は乗れない。とりあえず真帆とトモくんが乗って、俺はできるところまで走る。疲れたら、悪いが交代してくれ」
トモくんがうなずく。
俺たちが出発しようとした途端、宿のほうが急に騒がしくなった。俺たちがいないことに気づいてしまったらしい。すぐに宿から柄の悪そうな男たちがわらわら出てくる。
「逃げるぞ!」
俺とコウタローは走り出したが、いかんせん足元が悪い。そして、俺は疲れもたまっている。足がもつれ、徐々に距離を詰められていく。
トモくんが小弓を取り出し、男の1人に放つ。矢は男の腕に当たり、怪我をした男が腕を抑えてうめく。しかし、残りの男たちがかまわず距離を詰めてくる。トモくんがさらに矢を放つが、揺れるコウタローの背の上からは狙いが定まらずなかなか当たらない。
そのうち、足の速い男の1人が俺の服の袖を掴んだ。
「透さん!」
他の男たちも追いつき、俺を抑え込む。地面に抑え込まれ、冷たい泥水が俺の服の中に入り込んで来る。強い力で上から抑え込まれ、肺が圧迫される。俺は思わず咳き込んだ。
コウタローが俺を助けようと振り返るが、俺は首を振って叫んだ。
「走れ、コウタロー!このまま街まで逃げろ!」
コウタローが俺の方を見て一瞬悲しい目をするが、理解したように走る速度を上げる。本当にかわいいやつだ……。
「トモくん、真帆を頼む」
本気を出したコウタローは速く、後ろから追いかける男たちをぐいぐい引き離していく。2馬身、3馬身……コウタローの姿は段々遠くなり、やがて降りしきる雨の中に消えてしまうと、男たちも追うのを諦めた。
これは貞操の危機……なのでしょうか。
次は一回トモの視点が入って、またトオコかもしれません。




