薬師への道?
能力は微妙なトモくんですが、いろいろ努力はしております。
この村についたばかりの頃はやや肌寒く感じたものだけど、思えばあれはまだ春先だったんだろう。あれから気温は高いけれど湿気のない夏が過ぎ、栗のような形のナッツが実る秋が過ぎ、土も凍りつく冬が過ぎて……そして今は、雪解け水をたっぷり吸った黒土の中から草の芽が顔を出し始める季節だ。最初は言葉も分からなくてどうしようかと思ったけど、やってみればなんとか暮らせるものだね。
真帆ちゃんとトオコさん(本人の希望もあって一応そう呼ぶことにしている)は村でも中心人物のひとりであるバートおじさんのところでずっとお世話になっている。ぼくも最初はそうだったんだけど、今は彼女たちとはほとんど別行動だ。というのも、ある人のところに住み込みで仕事をするようになったから。
その人は、村ではババさまと呼ばれているけど、本名はぼくも知らない。村の端っこ、ぼくたちが最初に出てきた森のすぐ近くに古びた小さな家が建っていて、そこに住んでいる腰の曲がったお婆さんだ。ババさまは知識が豊富で、自分の育てている薬草畑や森の動物や植物、たまにはモンスターから手に入れる素材などを組み合せて様々な薬を作ることができる。この村には医者がいないので病気になると皆がババさまに薬をもらいに来るんだ。村の人がお礼として置いていく食べ物や、たまに行商人に薬草をおろしたお金でババさまは暮らしている。
ぼくがババさまのところで働くようになったのはあのへんな能力がきっかけだ。あれが何なのかが分からなくて、バートおじさんに相談したところ、博識なババさまなら何か知っているのではないかということになり、紹介してもらったんだ。結局ババさまもそんな能力は聞いたことがないと言っていたのだけれど、薬を扱う際に役に立つかもしれないので自分のところで働かないかと誘われた。もともと村にいる間は何らかの仕事はするつもりだったから、これも縁だと思ってババさまのお世話になることにした。
ババさまは魔女のような鷲鼻でいつも不機嫌そうな顔をしていて、見た目通り性格も厳しいのだけれど、ぼくにいろいろなことを教えてくれる。薬草や毒草、そこからできる薬の知識だけではなくて、この世界の読み書きもババさまに習って少しできるようになったし、この付近の地理についても教えてもらった。そうそう、この村はこの世界の言葉で「森の横の村」という意味の名前らしいね。そして、少し西のほうにはに「川のある町」という名前の少しだけ大きな町があるのだとか。
ぼくはババさまに半分弟子入りしたような格好になっていて、水汲みや畑の世話のような家のことをしながら、ほぼ毎日近くの森に薬草採りにも行っている。薬草採りは思ったより大変で、なかなか見つからないこともあるし、時にはモンスターに遭遇することもあるんだ。あまり強いのは出ないみたいだけど。
念のため、いつも森に出かける時はババさまが貸してくれた小さい弓と最初に持っていたナイフで武装している。弓なんて扱ったことなかったから最初は全く違う方向にしか飛ばなかったけど、ババさまに怒られながら練習して、今はわりと的に当たるようになっている。矢もナイフもあまり武器としては殺傷力はないけど、これに動植物からとった麻痺毒を塗って使うと、なかなかの効果なんだ。
森に「チャック レベル1」という(ババさまは「大ネズミ」と呼んでる)モンスターがいて、50cmぐらいの大きさのモルモットみたいなやつなんだけど、そいつは見かけたら狙うようにしている。この「チャック」はさほど動きも素早くなくて、強くない。そして毛皮が売れるし、肉も美味しい。特にきのこと煮こんだものは美味。いっぱいとれたら真帆ちゃんたちにもおすそわけしているよ。
朝早くから夜遅くまで森に行ったり家で働いたりしているので毎日結構くたくたになるんだけど、最近は慣れたせいかちょっと体力がついてきたようにも感じる。チャックを何匹か倒してレベル3になったからかもしれない。体も元々はちょいぷよ気味で、口の悪いクラスメイトには「白豚」なんて呼ばれてたぐらいなんだけど、適度な運動と日々の粗食のせいかすっきりしてきた気がする。残念ながら、筋肉はあまりつかなくてマッチョ体型にはなれそうにないんだけど。あの能力のほうも最初は10回が限界だったのに、いつのまにか15回まで使えるようになってた。これって、ゲーム的には体力とか精神力とかのステータスがアップしたってことかな?
こうやって毎日忙しくしているとつい元の生活を忘れそうになることもある。でも、一応森に行くときにはいつも何か帰る手掛かりがないかと思って目を凝らしてはいるんだ。ほら、なんか最初に出てきたところによその世界とつながるゲートみたいなのがあるのはおやくそくだし。今まで、これといって何か見つかったことはないんだけどね。
うちの母さんはかなり心配症なので、ぼくが急にいなくなって今ごろ大騒ぎしているかもしれないんだよね。父さんは大人しい性格なんだけど、母さんはパニックになると父さんを責めるので、今ごろ大変かもしれないなあ……。それより何より、家を出る前はまさかこんな風になるとは思ってもみなかったから、ぼくの部屋にはいっぱいお宝が残されたままなんだ。あれを残したままではいけない気がするな。
そういえば、部屋の積みゲーの中に「月面天使」っていうタイトルの美少女ゲームがあるんだけど、ヒロインが電波系すぎて全くストーリー展開についていけないってことで「今このクソゲーが熱い」って本のランキングで5位になった話題作なんだ。クリアしたらHPのレビューサイト(「TOM」のハンドルネームで書き込んでいる)で紹介しようと思ってたんだけど、こうなると知ってたら前日の夜にでもやって記事を載せておくべきだったなあ。
それと、発売当時は全く人気がなくて売れなかったんだけど、何年もしてからゲームに出てくるセリフがAAにされたのがきっかけで有名になり、現在はプレミアが付いている「漁師たちの滴」ってガチムチ兄貴系18禁ゲームがある。あれも話のタネにレビューを書くつもりだったんだけど、母さんにみつかったら大騒ぎになりそう……。そういえば、発売直後に製作会社が倒産して現在は超レアになってる「お尻を出した子一等賞」ってタイトルのショt……
……うん、やはり帰れるならできる限り早めに帰ったほうがいい。死んだと思われて部屋を調べられないうちに。ひょっとしたらもう手遅れなのかもしれないけど。
「なにをぼーっとしてるんだい!」
ああ、いけないいけない。手が止まっていた。
「朝言っておいたキナ草はとれたのかい?!」
不機嫌そうに眉間にしわを作っているババさまに中が見えるように籠を傾ける。
「ふーん、ま、そのぐらいありゃとりあえずはいいね」
ババさまがうなずく。
「ババさま、どうして森に来たの?」
「あんたの様子を見に来たのさ」
最近ぼくが薬草を採りに来る時にババさまが同行することはめったにない。単に様子を見に来るとか迎えに来るなんてことは、今まで一度もない。
「ちょっと気になることがあってね」
そういうとババさまは森の奥の方に視線を向けた。
「今日のところはもういい。一度帰るよ」
そういって歩き出したババさまの後ろをぼくも追った。
「これは……ひどいな」
家に帰り着いたとき目に入ったのは、無残に荒らされた裏の畑と薬草園。薬草園は踏み荒らされ、畑のほうは食い荒らされた作物が散乱していた。
「結構大きい足跡があるね」
「たまにチャックなんかが作物を荒らすからワナをしかけてるんだけどね。そいつも踏み壊されてたよ」
柔らかく耕された地面に残る足跡は、15~20cmぐらいあるだろうか。喰われた作物に残る歯型も、かなり大きい獣のものであるということを示している。足跡からして、森の方から来たもののように思われる。
「トモ、あんた何か見たかい?」
「いや、今日は特に何も……」
今日見たのはチャック1匹ぐらいだ。発見が遅かったせいか、捕まえる前に逃げられてしまったけれど。
「こういう足跡に心当たりはある?」
「いや、この辺ではわたしも覚えがないね」
でも、作物の味を覚えたならまた後で来るだろうね……ババさまが険しい表情でつぶやいた。




