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非日常、そして学園へ。

◇◇◇◇◇◇◇

新しい家。新しい隣人。そして――。

開け放たれたドアの向こうに、月杜つきもりさんの顔を発見した瞬間、わたくしは比喩ではなく心臓が凍りついたかと思いました。

今まで努力してきたことが全て吹き飛んでしまうかの様な、絶望に打ち拉がれてしまいました。

でも、わたくしのそんな暗い気持ちはすぐに吹き飛ばされてしまったのした。


――――あ……っ。


大きくて温かい手の平。

全てを優しく包み込んでくれる様な包容感。


月杜さんに頭を撫でられた瞬間、何故かわかりませんがわたくしの心は安心という名の温かさで満たされてしまったのです。


ですから、本日の朝食も食べていただきたかったのに!

お弁当も腕によりをかけましたのに!

生まれて初めて、誰かと一緒に学園へ登校出来ると思っていましたのに!


もうっ、非道いです月杜さん!



◆◆◆◆◆◆◆

宵乃宮:靜《よいのみや:しずか》の様子がおかしい。

おかしいと云うより……ぶっちゃけ、不機嫌である。


黒く艶やかな髪を姫カットにした、純和風の容貌。

性格のみならず、胸までも慎ましやかな大和撫子。

そんな靜の背後には、現在焔を纏った般若が居た。

勿論そんなものは幻想であり、目の錯覚だ。

しかし、彼女の醸し出す鬼気迫る雰囲気が、本職である俺にそんな紛い物を見せるのだった。


御前様こと靜と俺、月杜:御影みかげはアパートだけでなく、クラスでの席も隣同士というなんかへんな運命とか感じてしまいそうな遭遇率なのだ。


昨日なんかは靜の歓迎会も行い、それなりに良好な関係を築けたと思ったのだが……。


呪い猫を捕まえ帰宅した後、このまま寝てしまうと学園に絶対間に合わなくなると思った俺は、夜明けのモーニングコーヒーを飲んで寝たのだった。


そして昼休みに登校してみると、俺の姿を見た靜がプイッとそっぽを向いたのである。

無言で。

俺が自分の席に着き「こんばんは~」

って云っても、まるっきし無視だ。


そこは普通、「おはようございます」って云って、「はやくないですよ、もうお昼です」だろ? 的な遣り取りをする場面だ、とかのお約束をするべきだ!

そうだろ!?


……。……………………。


ヤバい。

優しくて、礼儀正しい靜に無視されてしまったのが相当ショックだったらしく、頭の悪そうな一人芝居をしてしまった。


あ~、恥ずかしい!!

クソぉ、クールキャラで通してきた俺としたことがっ。

何三枚目的なことやっちまってるんだよ。

や~、身悶えてしまう~。







◇◇◇◇◇◇◇

この出来事は、わたくし――宵乃宮:靜がおぞん荘へ越してきて三日目のことでした。

今思えば、その頃のわたくしは怪奇のことも、おぞん荘で暮らす皆さんのことも、月杜さんの想いも何一つ知りませんでした。

その事を不幸と取るか幸運と取るかは人それぞれととして、【破局のプリクラ事件】を通じてある程度の知識を得た今のわたくしは、知ってよかったと思っています。

あくまでも“ある程度”であり、断片的なことしか知りませんが。


とにもかくにも、【破局のプリクラ事件】がわたくしの今後の在り方、進むべき道に大きな影響を与えたのは間違いありません。

そしてわたくしが【破局のプリクラ事件】と関わることになった始まりは、おぞん荘三日目なのでしょう。

もしかすると、おぞん荘へ越してきたことが始まりかもしれませんが、それはプロローグの様なものだとわたくしは考えています。

前置きが長くなってしまいましたが、それではあの日の朝から話をしたいと思います。


おぞん荘へ越してきて三日目の朝――月曜日。

本日からまた、学園が始まります。

普段通り目覚まし時計が鳴る五分前――五時五十五分に目を覚ますと、これまた普段通りわたくしは、目覚まし時計のタイマーを切り制服へ着替えると顔を洗い身嗜みを整えるのでした。

昨日さくじつまでは、今までと物の配置が異なり動きがぎこちなかったのですが流石に三日目ともなれば、朝のルーチンワークをスムーズにこなせるというものです。

ここで一般的な女子学生ならば、シャワーでも浴びるのでしょうが生憎貧乏なわたくしは引っ越しをする前から、その様な習慣は有りませんでした。

その為、自室にお風呂が無いことにも大きな抵抗は感じませんでした。

寧ろ、親しい友人や家族の居ないわたくしにとって、住人の皆様と一緒に銭湯まで出掛け、一緒にお風呂へ入るということはとても幸せな一時と云っても過言では有りません。

昨夜の幸せを噛み締めつつ、わたくしは朝食の支度に取り掛かりました。


冷蔵庫を開け必要な食材を取り出します。


――――あ、そう云えば……。


包丁を動かしながらわたくしは、引っ越してきた当日に、月杜さんに夕食をご馳走したことを思い出しました。


「ご馳走なんて豪華なものでは有りませんでしたけど」


でも月杜さんは、そんなわたくしの貧乏料理を嫌がりもせず美味しい美味しいと食べてくださいました。

心がぽかぽかしてきます。


「また御飯をお作りしたら、月杜さんは美味しいと食べてくださるでしょうか……」


そして、優しく頭を撫でて――。

我知らず呟いた欲求に、思わず作業の手を止めて口に手を当ててしまいます。

わたくしは、何はしたないことを考えているのでしょう!?

頬に熱を感じます。


やはり、いきなり朝食とかってご迷惑でしょうか?

お弁当とか作ったら重い女って避けられてしまうでしょうか?


「若い殿方には量が多い方がよろしいですよね」


何だかんだ云いつつ、食材の追加をするわたくしなのでした。



◇◇◇◇◇◇◇

先程作った朝食を持って月杜さんの部屋を訪ねてみると――、残念ながら月杜さんはいらっしゃいませんでした。


「お兄ちゃんなら、メアちゃんといっしょに夜中にでかけたっきり帰ってきていないよ~」


褐色の肌にオッドアイという神秘的な美しさの女の子――ミミさんが、そんなことを教えてくださいました。


月杜さんとメアさんが、真夜中に!?


お二人は何をなさっているのですか!?


と申しますより、メアさんの様な小さな女の子を真夜中に連れ出すなんて月杜さんは何を考えていらっしゃるのですか!!


「し、しずかお姉ちゃん、なんか顔が恐いよ……」


「ミミさん?」


「は、はひっ」


「月杜さんとメアさんは、よく夜中にお出掛けなさるのですか?」


「はひ、そうであります! サー!!」


「そうなのですか、お二人は随分仲がよろしいのですね……夜中に二人してお出掛けなさる程に」


「ひー!! お兄ちゃん何やらかしたのー!? しずかお姉ちゃんメッチャおこってるよー!!」


何故か凄くモヤモヤしてきました。

きっと、夜中に小さな女の子を連れ出す月杜さんの非常識さに、憤慨しているのでしょう。


その後わたくしはミミさんを食事にお誘いし、一人で登校しました。


「ふぇ~ん、お兄ちゃんのバカ~っ! 恐いよ~っっ」


気掛かりなのは、食事中収支涙を浮かべていたミミさんでした。

食事がお口に合わなかったのでしょうか?

もっと精進しなければ、いけませんね。

わたくしは決意を新たに、学園へと向かいました。



◇◇◇◇◇◇◇

月杜さんが学園へ登校してきたのは、四限目の英語が終わった昼休みでした。


わたくし達の通う、私立TOKYO学園とーきょーがくえんは午前中四時間、午後二時間の六時間授業となってします。

ワックスのかけられた床に、木製の天版に鉄の脚の机が整然と並んでいます。

教室の前後には濃緑の黒板。

一クラス約四十人からなっており、殆どの場合男女半々になるよう分けられています。

窓際の最後尾、そこがわたくしの席であり、隣が月杜さんです。


現在はお昼休みということで、皆さん思い思いの席に移動したり席をくっつけたりして昼食を取っています。


そこかしこから、皆さんの楽し気な笑い声が聞こえてきます。

そんな中わたくしは特に席を移動することもなく、自分の席に座っていました。


恥ずかしい話、親しい友人のいないわたくしは、一人で二つあるお弁当のうち一つを広げていたのです。


ついつい、食べ手のいないお弁当と空の席を恨めし気に見詰めてしまいます。


もしかしたら本日は、わたくしも皆さんと同じ様に楽し気に昼食を取ることが出来たのかもしれませんのに……。


その考えも想いも何もかもが、身勝手な独り善がりだということは重々承知です。


何故なら、わたくしと月杜さんはお友達では無いのですから……。

でも、どうしても期待してしまうのです。


メアさんを見ている月杜さんの瞳が、凄く優し気でしたから。


もしかしたら、わたくしにもあの優し気な視線を向けてもらえるのではないか、と。


もし、月杜さんに優しくされたら――


「あぅ……っ」


想像した瞬間、ポンと顔が熱くなってしまいました。


どうしてでしょう?

急に風邪を引いたのでしょうか。

初めての出来事に、わたくしはただただ戸惑うばかりでした。


そんな時でした。

月杜さんが登校してきたのは。


「お~! 皆様、おつとめご苦労さんッス!」


彼はそんなとぼけたことを曰いながら、堂々と教室に入ってきました。


『おいおい、重役出勤だなー』


『今日もう半分以上終わってるじゃん』


『何しに来たんだ、アイツ?』


『飯食いにじゃね?』


クラスのあちらこちらから、失笑がこぼれました。

しかしどの声にも悪意の籠もったものが無い辺り、月杜さんの人望が伺えます。

わたくしとは全然違います……。


月杜さんは自分に対する様々な言葉が飛び交う中を悠々と歩いて自分の席――わたくしの隣までやってきました。


そして


「よ、靜。こんばんは~」


と、何事も無かったかの様にわたくしに挨拶してきたのです。


~~~~ッ!


何が「こんばんは~」ですか!


ふざけないでくださいっ。


先程までとは違った感じで、顔に熱がこもるのがわかります。


何となく赤い頬を見られたくなくて、わたくしは顔を窓の方へ背けてしまいました。


視界の端で月杜さんが「お約束」とか呟いたり、くねくねと不思議な踊りを踊ったりしています。


霊能力者に伝わる秘伝の舞踊か何かでしょうか。



◆◆◆◆◆◆◆

頬を赤らめてそっぽを向いてしまった靜さん。


「あ、あのぅ……、靜さん?」


「…………(つーん)」


「御前様?」


「――――(キッ)」


靜で無視されてしまったので、御前様と呼んでみたところ振り向かすのには成功したが、思いっ切り睨まれてしまった。


やれやれ、そんなに力んで何死に急いでんだい? 愉快な奴だなぁ――などとは勿論口にしない。

恐ろしいから。


「それで、何かご用ですか月杜さん?」


靜の美しい唇から、冷ややかな言葉が発せられる。


あー……うーん……、ゴメン。

特に用は無いんだよね。


只、何で不機嫌なんだろうなぁ、とか。


「用件が無いのでしたら、わたくしから一言よろしいでしょうか?」


「は、はい!」


「では、何故今更登校さなったのですか?」


否、本当は遅刻なんかする積もりは無かったんだよ。

ホントだよ。


多分遅刻するだろうなぁと、予測はしていたけど――って、ハイハイ、そんな睨まないでよっ。


「夜遅くに出掛けて、朝も帰ってこないで……」


う゛。

靜の恨みがまし気な視線が身に沁みる……。


「何しに――」


「靜のお弁当を食べに来たんだ!」



◇◇◇◇◇◇◇

はぅっ!?


わたくしの言葉に被せる様に発せられた月杜さんの言葉に、わたくしは頭が真っ白になってしまいました。


はぅ、あぅ、ど、どうすれば、どう答えれば良いのでしょう!?


はぅ~~~~!


考えが纏まりません。


どうすれば、どうすれば、と焦れば焦る程、わたくしの心は迷走していきます。


どうしてわたくしがお弁当を用意していたことを知っているのです!?


確かにお弁当の貰い手はいません、けど!?


でも、わたくしは月杜さんに腹を立てて……?


でも、でも……本当にいけないのは、贅沢ではなく無駄にしてしまうことでして――


「ど、どうぞ。お口に合えばよいのですが」


わたくしは月杜さんに、と作ったお弁当を差し出しました。



◆◆◆◆◆◆◆

「えー、ですから、三年前に終結したエジモル戦争は――」


まさか、本当に弁当が出てくるとは……。


睡眠誘発率九割を超す、午後一発目の世界史の授業。


「えー、エジモルは三年前までエジモル王国と名乗っており――」


大して頭を使う必要が無く。


「えー、そもそもエジモル戦争は王国への革命が皮切りでして――」


『えー』が口癖の、おじいちゃん教師のユルユルボイスもあり。


「えー、最初は国内での争いだったのが、早期終結を図る為に国連の連合軍が介入したのが泥沼化の原因でして――」


勿論、寝ることが趣味・特技である俺も普段なら夢の世界に飛び出している時間なのだが。


「えー、結局連合軍が乗り込んでから終結まで五年の歳月を費やすこととなり――」


残念ながら俺の目は完全に冴えてしまっていた。


「えー、革命の名が示す通り、当時の国王マル・ホル・エジモルの処刑をもってエジモル戦争は終結したのです」


原因は云わずもがな、靜のお弁当である。


「えー、因みに成功すれば革命であり、失敗すると反逆と歴史の教科書には載るのでして――」


勢いで適当に云っただけだったのに、まさか本当に出てくるとは。

ビックリである。


「えー、当時連合軍は王族派に加勢しており、これは間接的な国連先進国の敗北を意味し――」


だが、俺よりビックリしたのは、クラスメイト達だった。


「えー、そもそもエジモルは東南アジアの小国でまだまだ発展途上国だったのですが――」


無理もない話である。

御前様と称される清楚で慎ましやかな、学園のアイドルが特定の男に手作り弁当を渡したのだ。

そりゃあ、騒ぎになるのも当然だろうて。


「えー、このエジモル戦争は先進諸国が発展途上国の一部勢力に負けたという、他に前例のない非常にレアなケースであり――」


その結果、昼休みが終わり午後一の授業が始まってもクラスメイトの関心の目が集まってしまい、俺はおちおち寝ていられる状況。


「えー、連合軍が敗れた理由には諸説あり、その中の一つに革命軍には優秀なスナイパーがおり、その者が連合軍の指揮官を次々暗殺した為指揮系統が乱れ――」


あー、落ち着かん。

そこかしこから好奇の――否、野郎共からの嫉妬に狂った視線が俺の身体に穴を空けようとしてきやがる。


「えー、えー、……何の話をしていたんでしたっけ?」


更に恐ろしいのは、一部女子も野郎共と同じ視線を放っているということだろう。


『キーンコーンカーンコーン……』


授業の終了を告げるチャイムが鳴った。


「えー、それでは今日の授業はここまでで」


おじいちゃん教師が終了を告げると、日直が「規律、礼」を流れる様な動作で宣言した。

だらだらと、締まりがないとも云う。

実にやる気が感じられない号令である。


因みに今日の日直は俺だ。

昼休み靜から聞いた。


さて――


「おいおい、月杜どういうことだよ!!」


早速きやがったか。


「何で御前様がお前なんかに弁当作ってきてるんだよ!? ちゃんと説明してもらうかんなっ」


はぁ……やれやれ。

だから号令かけたくなかったんだよなぁ。


「おい、黙ってないで何とか云えよ!」


先程から熱心に俺へ訴えかけているのは、我がクラス――否、我が学園が誇るバカである。


「どうした、バカ? 弁当食う時間は、とうの昔に終わっちまったぞ」


「な! オマエまたオレのことをバカ呼ばわりしたな!?」


「はっはっは! ――お前さんなんかバカで十分だろうが」


なんせ、靜に“御前様”なんて渾名を付けた張本人だし。

“御前”だけで敬称になるのに、更に“様”の上掛け。

明らかに二重敬称である。

それを憚りもせず、堂々と云い切る奴なんかバカで十分だろ?


そのバカは何故が水を得た魚の如く、自信満々に俺のことを見下していた。


「月杜、バカって云う方がバカって知ってるか」


「……………………」


…………。……………………。


「ははっ、そうだな! ゴメンよ」


「…………なんか月杜、オレのこと憐れんでね?」


「気のせいじゃね?」


「気のせいか、そうか!」


「ああ、そうだ」


「おう、わかった! ありがとな、月杜!」


「何、気にするな。それじゃあな!」


「おう、またな!」


そう云ってバカは意気揚々と自分の席へ帰っていった。

クラス中から憐れみを含んだ溜め息がこぼれ落ちる。

だがおかげで、俺に詰問する雰囲気はぶち壊れた。

そのままグダグダと時間は過ぎていき、俺は何とか今日の学園を無事終了することが出来たのだった。

勿論クラスメイト達がバカひとり犠牲いけにえにした程度で納得するはずもなく、何かにつけて俺と靜の関係を発掘しようとしてきたのだが、その度に俺が詰め寄ってくるクラスメイトの間隙(瞬きや視線の動き等)を縫ってかわしたり反らしたりしていたのだ。


まぁ、明日になればそれなりに鎮静化するだろう。

それに流石のクラスメイト達も靜に詰め寄れないらしく、遠巻きに眺めているだけだから彼女を置いて俺だけ帰っても問題なさそうだ。

帰りに神社へ寄ろうと思っていた俺は、そう結論付けるとソソクサ教室を後にした。



◇◇◇◇◇◇◇

一緒に登校が無理でも一緒に下校が残っています。

その様な淡い想いは、もぬけの殻になった隣の席によって脆くも崩されてしまいました。

わたくしを含めた殆どの方が自分の席にまだ居るというのに、なんという早業でしょうか。


「…………月杜さんの、ばかぁ」


いけないことだとわかっているはずですのに、つい罵倒の言葉が口をついてしまいます。

しかしその一方で、これでよかったのだと納得しているわたくしもいます。

理由は単純明快。

わたくしがお弁当を作ってきたことで、クラスの中に、月杜さんとわたくしがお付き合いしているのではないかという噂が飛び交ったしまったことです。

勿論その様な噂は事実無根なのですが、ここで一緒に下校等すれば火に油を注ぐ様な事態に陥ることは、流石のわたくしでも容易に想像出来ました。

わたくしの様に、面白味のない人物とお付き合いしている等という不名誉な噂はきっと月杜さんの迷惑になるはずです。

ですから、これで問題ないはずですのに……。


――――何故でしょう、この心にぽっかり穴が空いたかの如き空虚さを感じるのは。


「おやおや、天下の御前様とも在ろう方が、何大好きなご主人様に置いてかれたワンちゃんみたいにショボくれてんのよ!」


よいっちにイヌミミとしっぽが着いてたら、確実に垂れ下がってんね。

と、後ろから元気な声を掛けられました。


わたくしのことを“よいっち”と呼ぶ方にはひとりしか心当たりが有りません。


「二ノにのみやさん」


故にわたくしは、声の主が誰なのか確信しながら振り返りました。


「ハロー、よいっち!」


予想通り振り返った先には、二ノ宮さんの姿が有り、彼女は右手をおでこの前に持っていく敬礼の様な挨拶をしていました。

ショートカットに明るく活発な性格の二ノ宮さんは、新聞部部長兼放送委員長を兼任するクラスメイトです。

その二つを兼任するところからわかる通り、彼女は学園の噂や色恋事について情報を集め公開するのが趣味の迷惑人間だと、以前月杜さんが仰っていました。

また「新聞部も放送委員会も二ノ宮ひとりしか居ないのに“長”とか偉そうなの着けんなよ」とも。


それはともかくとして、二ノ宮さんはぐっとわたくしに顔を近付けると


「うーん。よいっちの顔を見る限り、よいっちとつきっちの噂は白かぁ」


残念そうに呟きました。


「でも、よいっちとしては、つきっちとラブラブになることはまんざらでもないんでしょー?」


「――――!?」


「おうおう、柔らかそうなほっぺたを真っ赤にしちゃって、まあ! カーいいなぁーよいっちは」


「わたくしはべ、別に月杜さんのこと何とも思ってっ、で、ですがっ! それは決して月杜さんが魅力的では無いという意味ではなく……。月杜さんはとても優しくて――」


「ハイハイ、わかったから! 落ち着きなって! どうどう」


…………本当にわかってくださったのでしょうか。

それとわたくしは馬では有りませんのに……。

このこめかみに走る鈍痛は、決して病気とかでは無いはずです。


わたくしが頭を押さえていますと、二ノ宮はわたくしの前に回りました。

そしてわたくしの机に両の手を組んでこの置くと、顎を乗せ


「んー、今の状態は憧れとか信頼レベルかな。でもこういうのが案外、恋心の起爆剤になるんだよねー。燃え上がるって云うか、何処までも貪欲になるって云うか、さ」


意味有り気に微笑んできました。


「確かに月杜さんのことは、優しくて頼り甲斐のある素敵な方だとは思っていますが」


「おうおう、今の言葉、そんな言葉よいっちの口から掛けられれば大抵の男は昇天ノックアウトダゼ。でも、気を付けなされよ。男は所詮オオカミ。甘いこと云ってると、直ぐ喰われちまうぜ」


二ノ宮さんがウインクひとつ、冗談めしかけてわたくしに忠告してきました。

殿方がオオカミ云々は兎も角として、二ノ宮さんの話には無下に出来ないものがあります。

これといった確証もなく人を疑うのは良くないと重々承知の上で、月杜さんにはわたくしに対して思惑が有るように感じました。

あくまでも感じただけですが。

それと同時に月杜さんに優しさが無かったかと云えば、決してその様なことは無いわけでして。

引っ越し初日のことや、昨日の銭湯の前でのことは、演技や偽善等では無かった様に思えます。

故にわたくしはもっと月杜さんのことを知りたいと思いました。

月杜さんが何を考えて、わたくしに何を望み、どの様な目標を抱いているのか興味が湧いてきたのです。

そしていつかわたくしにも本当の優しさを、温かさを向けていただけたら。


――――それはとても幸せなことです。


「じゃ、自称情報通の二ノ宮さんから、そんなチョッチ恋する乙女っぽいしずっちに耳寄りな情報をひとつプレゼントしようじゃありませんか」


「耳寄りな情報ですか?」


“自他共に認める”情報通の二ノ宮さんからの耳寄りな情報となれば、凄く気になります。

しかし、わたくしは恋する乙女では無いですのに……。


「そ、今のしずっちにとって、最もいんぽーたんとな情報。――それは、『デートで決して選んではならないスポット』!」


「はぅッッ!?」


で、デーート――――ッ!!!?


「そう、しずっちの云う通りラブラブな男女が人前でイチャイチャを見せびらかすアレのことですよ」


「ちょっと待ってください! わたくし今、驚きの声しか上げていませんでしたよねっ!?」


「大丈夫、しずっちの気持ちはわかってるから。心配しなくても勿体付けたりせずに教えて上げるよ」


二ノ宮さんの“わかっている”は、わかっているか・わかっていないかで表すと、紙一重で全くもってわかっていないに分類されると思います。


「じゃあ早速本題へいこう」


わたくしを置いてきぼりにして、二ノ宮さんは話を本題へと持っていきます。


「では、教えちゃうよ。デートスポットとして絶対に使ってはいけない場所。それは――【破局のプリクラ】なのですよー」



これが、わたくしが【破局のプリクラ事件】について初めて知った瞬間でした。

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