電気じかけのモンスターと、電子を操る眠れる天才
「はぁ……。それにしても最近の車って、本当に電気じかけで家電みたいよねぇ」部室のピンクのコタツ。私、浜名唯香は、オートベックスのバイトで覚えたての知識を自慢げに披露しながら、紬先輩が淹れてくれたハーブティーをすすっていた。「そうね、自動車産業は今、歴史的な転換期にあるわ」お嬢様の佐鳴紬先輩がノートPCの画面を見せながら、エレガントに頷く。「見てちょうだい。あの泣く子も黙る跳ね馬――フェラーリでさえ、ついに完全な電気自動車(EV)を世界に発表した時代よ [1]。これからは、エンジン単体の性能だけでなく、それをどう電子制御するかがマシンの価値を決めるの」「フェラーリのEV……! 時代の波ですね」まとめ役の中田沙織先輩も感心したようにメガネを上げる。しかし、その横で、ツインテールの城北凛先輩はコタツの布団をギュッと握りしめ、魂が抜けたような顔でボヤいていた。「フェラーリがEV……? ハッ、そんな贅沢病のハイテク高級車なんて関係ありませんよ……。私たちは、いま目の前にある『スズキの神様』にさえ、まともに火を入れてあげられないんですから……!!」「あはは、凛先輩またブツブツ言ってる」私が笑うと、凛先輩はガタッと立ち上がって電卓を振り回した。「笑い事じゃありません! バイク用の高性能エンジンを4輪のフォーミュラカーに積む場合、一番の難所は『電装』と『ECU』の載せ替えなんです! バイクの純正ハーネスはウインカーやライトの配線だらけで重くて複雑怪奇。それを一本ずつ解いて不要な線を『間引く』作業だけでも脳が破裂しそうなのに……。そこから汎用ECUに繋いで、点火タイミングのマップをゼロから組むなんて、実務経験のあるプロのチューナーじゃなきゃ無理です……! 既製のフルコンキットを買う予算なんて、うちには1円もありませんよ!!」「つまり、電子の動きとプログラムの両方を完璧に理解して、マシンに命を吹き込める『電装のプロ』が必要ということね」紬先輩が、アップル製品の頭脳を任せられるエンジニアを探すような目で、キャンパスの奥を見つめる。「電子の天才、ですか……。そういえば、うちの大学の歴史を遡ると、世界で初めてブラウン管に『イ』の字を映し出した、日本のテレビの父・高柳健次郎先生の魂が眠っているはずですが……」沙織先輩が顎に手を当てる。「よし! 『現地・現物・現認』です! プレハブに籠もっていても配線は繋がりません! キャンパス中を探して、電装の奴隷を拉致してくるのです!」凛先輩の号令により、私たちはさっそく工学部の研究棟へと繰り出すことになった。情報工学科の研究室、電子工学の実験室……。しかし、どこを当たっても「バイクの純正ハーネスを間引いて、汎用ECUに載せ替える」なんて狂った芸当ができる学生は見つからない。「うう、全滅です……。やっぱりスズキの配線は、素人が手を出せる領域じゃなかったんだ……」夕暮れのキャンパスで、凛先輩が膝をついて絶望する。その時だった。部室の裏手、古い計測器のパーツや金属ゴミが捨てられているゴミ置き場から、「ハァハァ……っ、く、くすくす……♪」という、明らかな不審者の吐息が聞こえてきた。「ひぇっ!? なに、オバケ!?」私がビクッと肩をすくめる。恐る恐るゴミ置き場の影を覗き込んだ4人の目に飛び込んできたのは――信じられない光景だった。ひっくり返ったプラスチックコンテナの上。小柄な少女が、ツナギのフードを目深に被り、目の下に濃いクマを浮かべながら、トランス状態で指先を猛烈に動かしている。彼女の目の前には、凛先輩たちが「複雑すぎて諦めた」スズキ・GSXの純正ハーネスの束が、バラバラに解かれて広がっていた。「ああ……美しい……。この無駄に絡まり合った銅線のカオス、たまりません……。一本ずつ……丁寧にピンを抜いて……不要なヘッドライトの配線、ウインカーの配線、全部間引いて……完全な一本のストレートにするの……ふふ、ふふふふ……」少女は、まるで最高級の知恵の輪を解くかのような恍惚の表情で、ニッパーとピン抜き工具を操り、目にも留らぬ速さで配線を『間引き』していく。さらにその横には、なぜかゴミ置き場に転がっていた他サークルの汎用ECUユニットが置かれ、彼女のノートPCと接続されていた。画面には、完璧に最適化された点火タイミングの3Dマップが躍っている。「こ、これ……っ!!」凛先輩の目が飛び出さんばかりに見開かれた。「私たちが昨日まで配線図とにらめっこして諦めた、クランク角センサーのトリガー設定……! 汎用ECUへの載せ替えが、完全に終わっている……!?」「あ……」少女は私たちの視線に気づくと、ハッと我に返った。急に羞恥心に襲われたのか、ニッパーを抱え込んでコンテナの上で丸くなる。「……み、見ないで……。私、複雑な回路とか、スパゲッティみたいに絡まった配線の束を見ると……どうしても自分の手で綺麗に解きほぐして、完璧にコントロールしたくなっちゃう病気なんです……。気づいたら、この落ちてた配線の束を全部間引いて、4輪用に燃調マップを最適化してました……ふわぁ……」少女は大きなあくびをして、極度の寝不足からか、そのままノートPCを枕にしてウトウトし始めた。静まり返るキャンパス。凛先輩、沙織先輩、紬先輩、そして律子ちゃんの4人が、目の前の『電技お化け』を見て、完全に息を呑んでいた。複雑怪奇な配線網を解き明かし、電子の動きをプログラミングで支配する、最後の天才――天竜梓ちゃんとの、最悪で最高の出会いだった。「……凛、紬。今すぐその子を拉致しなさい。我がチームに必要なのは、あの狂気です」沙織先輩がメガネをキラリと光らせて静かに言った。




