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ケーキと、お茶と、一万四千回転の咆哮

「お近づきの印に、まるたやの『チーズボックス』をどうぞ。浜松の至高の銘菓ですわ」

お嬢様の佐鳴紬さなる つむぎ先輩が、ピンクのコタツの上に、信じられないほど上品な手つきでケーキとお茶を並べた。

ブルーシートの上に広がる、濃厚なレアチーズの香りと、高級ダージリンの湯気。

そのすぐ横には、さっきまで城北凛じょうほく りん先輩が狂ったように磨いていたスズキのエンジンブロックが鎮座している。きわめてシュールな空間だった。

「わあ……! おいしそう!」私の目が輝く。フォークを入れ、口に運んだ瞬間、至福のあまり頬がとろけそうになった。「んん~! おいしい! サクサクのクッキー生地と、サッパリしたサワークリームが最高です!」「ふふ、喜んでもらえてよかった。モノ作りもこれと同じ。異なるレイヤーが完璧に調和してこそ、至高の芸術が生まれるの。私たちのマシンも、美しくなければならないわ」紬先輩が、Appleの新作発表会のような目でフォークを掲げて微笑む。

「……美しさなんて、2の次ですよ」

ボソッと呟いたのは、ツインテールの凛先輩だった。彼女はケーキを一口で口に放り込みながら、すでに目が血走っている。「重要なのは『1円でも安く、1グラムでも軽く』です。このケーキだって、アルミホイルの代わりにサランラップで包めばコンマ数グラムの軽量化が――」「凛さん、ケーキの軽量化は意味がありません」メガネのまとめ役、中田沙織なかた さおり先輩が紅茶をすすりながらピシャリと言った。「それより凛さん。さっきのアルトのキャリパー流用の件、フロントのロールセンターとレバー比の計算、辻褄が合っていません。コーナーで踏ん張りが効かずに、タイヤの接地荷重が抜けますよ」「うぐっ……! でも、スズキの部品ならタダ同然で……!」私は、もぐもぐと口を動かしながら、先輩たちのラリーを眺めていた。(……ええと。可愛いお姉さまたちが、可愛いコタツで、可愛いケーキを食べてるのに……会話に出てくる単語が『きゃりぱー』とか『ろーるせんたー』とか、全然可愛くない……!)「ねえ、浜名さん」沙織先輩が、メガネの奥の瞳を優しく、しかし鋭く細めた。

「あなたは、どうして『フォーミュラ』に興味を持ったの?」「え? あ、はい。小さい頃、お父さんと一緒にテレビでF1を見たんです。よく分からなかったんですけど……あの、車が地面にペタッと張り付いて、ものすごい音を立てて火花を散らしながら曲がっていくのが、すっごく格好よくて……!」

その言葉を聞いた瞬間。凛先輩の肩が、ビクッと跳ねた。

「……地面に、張り付く……? 火花を、散らす……?」

「あ、はい……なんか、車のお尻のところに、飛行機の羽を逆さまにしたみたいなやつがついてて、それで空気をギュッと押さえつけてるんだってお父さんが言ってました」

「――それよ!!!」突然、凛先輩がコタツを叩いて立ち上がった。

「ひゃぅっ!?」私はビクッと肩をすくめる。「車なんて、本来は2本のタイヤで走るバイクに、補助輪を2本足しただけの軟弱な乗り物……! だけど! バイクのエンジンを積んで、空力の力で無理やり地面に 押 さ え つ け る なら話は別です! バイクの限界を超えたコーナリングスピード……! それこそが、この『学生フォーミュラ』の狂気ロマンなんです!!」

凛先輩は、鼻の頭のグリスもそのままに、私の手をガシッと握った。「いいですか、浜名さん! 私たちが作っているのは、車じゃない。地上を飛ぶ、最速の戦闘機です! 試しに聴いてください、この子の産声を……!」「え? 産声?」凛先輩はコタツから飛び出すと、プレハブの奥にある『鉄パイプの骨組み』へ駆け寄った。燃料タンクとバッテリー、そしてマフラーが仮組みされたエンジン。沙織先輩は「あ~あ、また始まった」とため息をつき、紬先輩は「最高のショータイムね」と楽しそうに目を細める。凛先輩がスイッチを入れ、セルモーターのボタンを親指で押し込んだ。――キュキュキュキュ、ドンッ!!!バァアアアン!!! ガガガガガガガガッ!!!プレハブのトタン壁がビリビリと震える。マフラーから吐き出されたのは、女子大のキャンパスにはおよそ似つかわしくない、鼓膜を激しく打つ直列4気筒の爆音。それはまさに、サーキットで聴くレーシングカーの咆哮そのものだった。「ひゃあ……っ! すごい、すごい音……!」私は耳を塞ぎながらも、その音の「圧力」に圧倒されていた。排気の風が、プレハブ内の書類を舞い上がらせる。ガソリンの匂いが一気に濃くなる。凛先輩がアクセルワイヤーを指でグイと引っ張った。――バァアアアン!!! キュイイイイイイイインッッ!!!一瞬で跳ね上がるタコメーター。一万四千回転。それは、私の脳の奥にある「何か」を激しく揺さぶった。ただの鉄の塊。油臭いプレハブ。なのに、この音を聴いているだけで、頭の中を「風」が吹き抜けていくような、強烈な快感が全身を駆け巡る。(格好いい……っ! テレビで見たやつより、ずっと、ずっと生々しくて、格好いい……!!)凛先輩がエンジンを止めると、静寂が戻った。静まり返ったプレハブで、私の心臓だけがドクドクと爆音を刻み続けている。紬先輩が、舞い散った書類を拾いながら、私の前にそっと歩み寄った。「どう? 浜名さん。この野蛮なモンスターに、世界一美しくて、世界一空気を味方にするお洋服を着せてあげたくなったかしら?」私は、自分の両手を見た。まだ何も持っていない。車の知識もない。だけど、この人たちと一緒に、あの爆音の先にある「景色」を見てみたい。私は画用紙をギュッと握りしめ、顔を上げた。ピンク色の髪を小さく揺らし、満面の、とびきりの笑顔で宣言する。「私――ここに入部します! 私に、この子の格好いいお洋服、作らせてください!」

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