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ダンジョン時代と人見知り  作者: 酉名酉丁
第四章 忙しい日々と冒険不足

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66話:なんか買ってみたいね

 三人は一度ホールから出て廊下のソファで休憩をする。

 そろそろ落札されるものが出始めた。

 落札されれば出品者のスマホに通知が来るようになっているので、蒼たちのものはまだ落札されていない。


 自販機でジュースを買って一息つく。


「ドラゴンの装飾が付いた剣とか欲しくなった」


 なんか買ってみたいねとは蒼の言。それに返した姫羅の一言。すごく分かると肯定感。

 ドラゴン装飾はカッコいい——もはや全脊椎動物に刻み込まれた遺伝子と、蒼と姫羅は多弁に熱弁。


 そんな脊椎動物二人と無脊椎動物一人、先ほどの姫羅の一言から出品物の話になった。

 姫羅はドラゴンの装飾が付いた剣。伽代はなくて、蒼はペンダント。


 ウィンドウショッピングなんて概念が存在しているくらい、人間は買い物気分が好きである。高くて手が出せないものに思いを馳せる。それになかなかに楽しいじゃない。

 なんか買ってみたいね——なんて言っちゃって。眺めるだけでも楽しいものだ。


 姫羅の推しの剣について調べてみる。風の刃を飛ばすとかの能力はないが、装飾のドラゴンが動くらしい。

 めっちゃ欲しい。そう思っても手は出せない。入札額は500万を超えている。すでに学生身分にて出せる金額ではない。


 蒼自身が挙げたペンダント。ダンジョン産のギミック付きで120万ほど。これもちょっと手が出せない。

 パープルフィルムと名付けられたペンダント。ドラゴンソードとの一番の違いはその名前、すでに命名済み。

 ギミックは大して凝ったものでもなく、鑑賞用にしかならない。ドラゴンソードも同じようなものだと考えると、500と120の間の差には多少なりとも名前の有無が関係しているに違いない。ドラゴンソードを買った人は命名できてしまうわけだから。


 命名権の有無でこんなにも値段が変わるとは、なんとも恐ろしい世界。怖い怖い。


 ∑(゜Д゜)


 蒼は自身がマタサノスと名付けたことを思い出し、怖かったので忘れた。



 §



 蒼がそのペンダントを選んだ理由はシンプルである。ギミックが付いてるってなんかカッコいいから。

 ギミック自体は普通のもので、そこにダンジョン産である必要はない。ダンジョン産のメリットといえば異常な耐久性がまず挙げられるが、そもそも鑑賞用だとか思っているので耐久性は気にしない。

 つまるところ、蒼は話題に上げただけであって本気で欲しいとは思っていないのであった。



 それはこのペンダントに120万の値をつけた入札者もそうである。


 ——ほーん、なんかカッコよさげなペンダントあるやん。ちょっと高いけど買ったるわ。ウチ金持ちなんで。


 そんな精神で手を出したペンダント。

 ダンジョン産のアクセサリーというだけでそれなりに自慢ができるため、120万は見栄張り適性価格の範囲。


 手を出した本人は網出内代(もうで ないよ)、30代の経営者。小規模だが飲料メーカーの社長。そこそこの収入を持ち、そこそこ高い税金を納めている。そこそこの金持ちと言って差し支えない。

 ほんの少し背伸びして、見栄のために手を出した。


 落札も決まりそうになったのに、ぴょんと新しく入札。

 そのまま転がるように値段が釣り上がっていく。



 §



「うおお! 200万だよ!」


 なんの気なしに眺めていた出品物が急に値上がりしたものだから、蒼のテンションも同じように上がる。オークショニアの真似もし始める。

 蒼は一人盛り上がり、姫羅は呆れる。伽代はスマホとにらめっこ。微妙にズレた空気のまま、オークショニア蒼の実況はヒートアップ。

 数字の変動が落ち着いても、意味もなく適当に数字を刻む。その様は、競り人もしくは毒舌ラッパー。ペラペラペーラ、ペラペーラ。


 そのうち落札が決まって、ガベル代わりに膝へ空き缶を叩きつける。280万円で落札。最初の倍の額。


 これがダンジョン界隈……。

 網出さんは落ち込んだ。アクセサリー1つに280万円も出せるほどの金持ちではない。涙を呑んで諦める。

 ステータスシンボル大好き網出さん。衝動買いか自棄買いか、浮いたお金で指輪買う。ちょっと奮発して有名なブランドのお高いやつ。


 網出さんのことを知る由もない三人。場に流れるのは喜びの空気。

 発生源は伽代。愉しげだった蒼でもなく伽代。


 おやおや何かがおかしいぞ。

 そう思う蒼に、スマホの画面を見せつけた。


「買えたよ!」


 そこにはペンダントと落札額の280万円。

 蒼が欲しいと言ったから、伽代が勇み競り落とす。なんと自然な流れだろうか。


「おいおい、コイツの顔。死にそうだぞ」


 予定調和も予定調和。あまりにも自然すぎて、蒼の顔は血の気が引いた黄土色。

 本音を言うとそこまで欲しくもないペンダントを手渡されたときの気持ちはどんなものだろうか。目の前で280万円で競り落としたのも見ている。


「貢ぎ癖でもあるのか……」


 気まずさを感じる蒼とは対照的に楽しそうな姫羅。それは本人の性格と蚊帳の内外にもよるところだが、それ以上にその手の中に持つ情報が影響している。

 三人のスマホに一律に届く通知。三人が出品したマタサノスの落札を示す。

 この場の流れに流されていない姫羅だけがそれを見た。


 500万のドラゴンソードも、280万のペンダントも圧倒的に抑えての落札額。

 980万円の落札額。姫羅にとって思った以上の儲かり具合。元の話通りに山分けでそれぞれ300万円ちょいずつ。


 だから目の前の光景は笑い話。


 一つ売ってウン百万と儲かる世界。もしくはそれを払う世界。まともな金銭感覚ではやっていけない。


 伽代もそれを分かってる。多分……。

 もしかしたら——元からこうなのかもしれない。

 あまりにもノータイムの貢ぎ方が、姫羅にそう思わせた。

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