10話:驚くほど
転移能力を使えるようになり、我が世の春を実感した蒼。
今日は昼まで寝ていた。
ちょうど父も母も弟も家を空けていたからできたことだ。今家にいるのは蒼一人。
両親はともかく、弟がいたら無理矢理にでも起こしに来ただろう。
それ以外にも口うるさい弟は、今日は家にはいない。友達と遊びに行ったから。
そういうわけで、友達のいない蒼は朝食を兼ねた昼食を取り、ふたたび自分の部屋に舞い戻ったのであった。
今日はダンジョンには行かずに、家で過ごすことにする。
ベッドに横になり、キッチンから持ってきたポテチの袋を開く。
壁にスマホを立てかけて、昨日ダンジョンで撮影した動画を見ながらポテチを食べる。
正直、あまり面白くなかった。
動画の中の自分は真面目な顔をしているが、しかし何も起きない。
転移が発動した様子は、充電切れで撮れていない。
「一体、何の録画なんだろう」
つい自分でそう言ってしまうほどの内容だった。
転移能力の実験の様子の動画である。
しかし、何の意味も無かったわけではない。ある気付きを得ることができた。
驚くほどポーズがダサい。
脳内イメージではもっと不敵な感じだったのに、動画の中の自分は凄いへっぴり腰だった。
あと掛け声もダサい。
改めて聞くと、非常に気の抜ける掛け声だ。何も言わない方が断然良い。
過去の自分からの予想だにしない攻撃を受け、本格的に気力が削られた。
何もやる気が起きない。
元からなかったやる気がさらに削がれ、今の蒼はスライムにでもなってしまいそうだった。
§
スマホで動画を眺ることで気力を回復した蒼。
きゅうりに驚く猫ちゃんが蒼のことを癒やしてくれた。
ダサいポーズが嫌なら、カッコいいポーズをすればいいじゃない。
カッコいいポーズなら、漫画にたくさん転がっているじゃない。
これは蒼の脳内に住むアントワネットの名言。蒼は感銘を受け、本棚からお気に入りの漫画を引っ張り出す。
漫画のカッコいいポーズと自分のダサいポーズを交互に眺めて、あるひとつの結論が出る。
映像とイラストでは違いがよう分からん。
似ているポーズなのに、自分のポーズは致命的にダサい。
漫画がダメならアニメを見ればいいじゃない。
脳内のアントワネットが名言を連発。蒼は再び感銘を受けた。
アニメを見ながら、自分がカッコよく戦う姿を妄想していた蒼。
気付くと家族がみんな帰ってきていた。
もうそんな時間かと思いつつ、カッコいいポーズ習得計画は次の段階へ。
鏡の前でいざ実践、である。
えっちらおっちらと姿見を出す。
夜中に鏡を見るとちょっと怖いので、いつもは押入れの中に仕舞っている。
予習と妄想のおかげか、それなりに見れるポーズになってきた。
蒼はそれから、鏡の前でカッコいいポーズを取ることに夢中になった。
どのくらい夢中になっていたかというと、夕食だと呼びに来ていた弟の声が聞こえないくらい。
「夕食だって呼んでん――」
扉を開けた翠の前にいたのは、姿見の前で珍妙なポーズを取る自身の姉。
その光景を見たときの翠の脳内に広がる感情。恐怖、困惑、いや――呆れ。
「ごゆっくりどうぞ~」
いつも通り変なことやってんな。
そう思った翠は、何事もなかったかのように扉を閉めて出ていった。
弟と鏡越しに目があった蒼は、暫くの間硬直して、そののち赤面。
§
夕食後、蒼は姿見を記憶とともに封印することにした。
えっちらおっちらと押入れに片付けて封印完了。
これで先程の恥はなくなったことになった。あとは弟が言いふらさないように口止めをする必要がある。
弟の部屋に行き、口止め交渉を行う。
最終的に、ポテチを生贄に交渉成立。弟の好きなお好み焼きソース味を2袋だ。
2袋で320円。
前までの蒼であれば、少し負担に思ったかもしれない値段。
しかし今は違う。
ゴブリン三体くらいの命と等しい値段なので、ダンジョンに潜れば稼げる。
魔石は買い取ってもらうのが面倒で放置していたが、これからは集めておいて一度に買い取ってもらおう。
自室に戻ってきた蒼は、そのままベッドにダイブして漫画を読み始めたのであった。




